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出港(2)

 ギャラクシー77は、ドックを出港し、第四十八太陽系外縁部へと進路をとっていた。


<タグボートT-8、1.2減速。コース修正。第七惑星をスイングバイ>

<Tー8、了解。減速>


「コロンブスー1、コロンブスー3、レーザー通信回線オープン。航法データリンクを開始」

<コロンブスー1了解。ネゴシエーション終了後、暗号プロトコル、銀河標準C規格でオンライン>

<こちら、コロンブスー3、システム、オンライン。タイマー同調>

「確認した。惑星間図共有。位置情報、アップデート」


 ギャラクシー77のブリッジでは、航法士が随伴艦と頻繁に連絡を取り合っていた。

 対海賊用のフリゲート艦である。これからの航海には心強い味方だ。


「船長、フリゲートから通信。今後の航海のブリーフィングを行いたいそうです」

 ブリッジで当直をしていた通信士が伝えた。

「分かった。本日、1330時に本船大会議室で行うことを打電。本船のメインスタッフにも伝達」

 船長がそう言うと、通信士はコンソールを操作した。


 船長は、ぐったりとキャプテンシートに身体を預けると、溜息を吐いた。これから外洋に出たら、いつ宇宙海賊が襲ってくるか分からない。護衛艦との調整は必要だ。だが、本当にそれだけで大丈夫なのだろうか? 船長は、理由の分からない不安に苛まれていた。



「えーっと、航法支援システム、オンライン。星間マップ、アップデートっと」

 その頃、茉莉香(まりか)は操船室で、外洋に出た時の準備をしていた。

「第四十八太陽系がここだからぁ、第七十七太陽系に行く航路に戻るにはぁっと……、少しふたご座の方向に移動しなきゃならないか。やっぱり、航海長さんの立てたコースの方が適切だなぁ。でも、それだと、『大ジャンプ』をしなけりゃならないし。出来れば、『ショート・ジャンプ』で、随伴艦同時ジャンプのテストをやりたいんだけどな。航海長さん、許してくれるかなぁ。あーあ、憂鬱」

 茉莉香はメインパネルを見ながら、あれこれと航路を試行錯誤していた。そんな彼女のところに、陽気な声で入ってきた者がいた。機関長である。

「よう、お嬢。何やってんだ。難しい顔は、お嬢には似合わないぜ」

 そう言った彼は、左手に少し大きめの紙袋を下げていた。

「何ですかあ、機関長さん。今、星系内を航行中ですよ。持ち場を離れちゃダメでしょうが」

 茉莉香が釘を刺すと、

「硬いこと言うなよ。星系内じゃ、どうせタグボートに引っ張られるだけなんだから。機関室から一人くらいいなくったってぇ、大丈夫さぁ。なにせ、うちの機関士は優秀だからな」

 と、彼は答えた。また、いつもの言葉だ。この自信は、一体どこから来るのであろう。茉莉香は、心の中で呆れていた。

「それよりお嬢、シュークリームを作ってきたんだぜ。一緒に喰おうぜ」

「え! シュークリーム。食べる食べる」

「おうさ、美味しいシュークリームだぜぇ。かりふわのシューに、極上のカスタードクリームさぁ。これを逃す奴がいると思うかぁ」

「いない、いない。お茶とシュークリームで、おやつだぁ」

 と、茉莉香も簡単に落城してしまった。

 航路選定なんてややこしいことは、航海長に任せよう。美味しい物は美味しいうちに食べないと、モッタイナイオバケが出てくる。


 茉莉香は、即座にパイロットシートから飛び降りると、台所に向かった。電気ポットのお湯の温度を確認すると、戸棚からティーカップを二揃えと、ティーポットを取り出した。ポットに熱いお湯を注いで温めている間に、茶葉を用意する。彼女は、戸棚の端にある、四角い金属製の容器を取り出すと、台所のテーブルに一旦置いた。

 ポットが温まったのを確認して、そのお湯をティーカップに注いでおく。カップが温まる間に、ポットに茶葉をスプーンで三杯分入れると、熱いお湯を注いだ。彼女はポットに蓋をすると、砂時計をひっくり返した。砂が落ちきるまで、茉莉香は鼻歌を歌いながら、茶葉の容器を戸棚に戻していた。

 その頃、機関長は、紙袋から四角い紙箱を取り出すと、操船室のテーブルの真中に置いた。箱のフタを開けると、カスタードの甘い匂いが漂ってくる。その香りと、ちょっとしっとりしたシュークリームの外見を見て、彼は満足気に頷いた。上出来である。

 そのうちに、砂時計の砂が落ちきった。飲み頃である。茉莉香はカップの中のお湯を捨てると、そこにポットから出来立てのお茶を二人分注いだ。


「フンフンフン、おやつ、おやつー」

 彼女は鼻歌を歌いながら、カップの乗ったお盆を持って、機関長のいるテーブルにやってきた。

「うーん、いい匂いだなぁ」

「今日のお茶はセイロンだよ。正真正銘地球産(・・・)の高級品なんだ。心して飲め」

 と、茉莉香がうやうやしくソーサーに乗ったカップをテーブルに置いた。

「よーし、じゃぁ喰うぞ。とっておきのスペシャルシュークリームだ」

「おー」

 と二人は、意気揚々とおやつタイムに入った。


 そんな時、操船室のドアをノックする音が聞こえた。

「はーい。開いてますよぉ」

 と、茉莉香はシュークリームを飲み込むと答えた。

 シューという音とともに、入り口のドアがスライドした時、そこにいたのは航海長だった。彼は顔色を曇らせると、こう言った。

「全くもう、君たちは。船長からメインスタッフに集合の連絡が出ているぞ。どうせ、気がついてないんだろうがな」

 それを聞いて、茉莉香は急いでパイロットシートへ戻ると、端末を確認した。


──本日1330時に、護衛艦の艦長たちとブリーフィングを行う。時刻までに大会議室に集合の事


 とのメッセージが届いていた。


(うう、全然気が付かなかった。航海長さん、怒ってるかなぁ)


 茉莉香は、恐る恐る後ろを振り返った。そこには苦い顔をしている航海長が立っていた。

「もう、十分しかないぞ。急いで支度をしろ」

 彼は、腕を組んで茉莉香と機関長を睨みつけた。

「えー、いいじゃないか。あと十分もあるんだろう。それよりお前も喰ってみろ。美味いぞぉ」

 と、機関長は、何も気にした風もなく、航海長にシュークリームを差し出した。

「そんなものは要らん。さっさと片付けて会議室に行くんだ」

「まぁ、そう言わずに」

 ひつこく食べさせようとする機関長に、航海長は諦めたのか、差し出されるシュークリームを一口かじり取った。口中に甘いカスタードクリームの味が広がる。その美味しさに、航海長の顔が思わず緩んでしまった。

「なっ、美味いだろう。もう一口喰うかぁ」

 機関長がニヤニヤしながら、更にシュークリームを差し出した。航海長は、ハタと気づいて、顔を元に戻すと、

「これくらいで籠絡できると思ったか。とにかくブリーフィングだ。今すぐ大会議室に行くぞ」

 と、照れ隠しのように大きな声を出した。

『はぁーい』

 茉莉香と機関長は、シュンとして航海長に従った。二人はブツブツ言いながらテーブルの上のものを片付けると、航海長に続いて操船室を出た。


(ブリーフィングかぁ。あたしなんかが出ても、チンプンカンプンなんだけどなぁ)


 そんな茉莉香の気持ちを読み取ったかのように、航海長は、

「茉莉香くん。君も、もう正式なパイロットなんだ。心して行動するように。まだ、星間マップの見方など、分からない事も多いと思うが、だからこその家庭教師だ。明日から本格的に授業だから、しっかりと勉強してくれ」


(ああー。やっぱりそうかぁ。勉強……やだな)


 相変わらずの茉莉香ではあったが、基礎知識を覚えることは避けて通れない道だ。でないと、ギャラクシー77の乗組員全員を銀河の迷子にさせてしまう。

 その重大さは分かっているものの、イマイチピンと来ない茉莉香であった。




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