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第四十八太陽系(6)

「それじゃ、お母さん、行ってきまーす」


 元気な声が聞こえた。今日から操船室が使えるようになった。やっとこさ、修理が終わったのである。

 ドックに停泊中は、実質的にパイロットの出番は無いが、ESPエンジンの調整や、同調訓練は必要事項だ。茉莉香(まりか)にとっての休暇は、これで終わりである。


 操船室まで歩いて十分。これが、自宅との距離である。茉莉香は鼻歌を歌いながら、短い通勤路を歩いていた。休みの間は、母に、やれ掃除だ、やれ片付けだ、と言われ放題だったのである。何もすることのない操船室でダラダラ過ごす方が、よっぽど気が楽だ。


 茉莉香が何日かぶりに操船室のドアを開けた時、そこには二人の人物が居た。航海長とチーフエンジニアである。

「やあ、茉莉香くん。早いね」

 航海長が、そう茉莉香に話しかけた。

「お早うございます。こんな朝から何でしょう?」

 茉莉香が不思議に思って尋ねると、

「いや、操船室の修理が、やっと完了したからね。茉莉香ちゃんに、ちゃんと修理出来ているか、確認してもらおうと思って」

 と、チーフエンジニアが応えた。

「要は、この書類にハンコが欲しいんだよ。これが無いと、修理代金が落ちないんだ」

 彼は、頭を掻きながら、書類を見せた。

「はぁ、そうなんですか。分かりました。えーと、何から見ればいいでしょうか?」

「ご協力ありがとう、茉莉香ちゃん。まずは、ユーティリティーからだね。水道とか電気とかだよ」

「分かりました」

 茉莉香は頷くと、チーフエンジニアとともに、台所やトイレ、シャワーなどを確認していった。

「ここの照明も大丈夫ですね。ユーティリティーは、問題無いようです。冷蔵庫も電気が来ているみたいだし」

「そうだね。じゃぁ、まずは、こことここにハンコをお願いね」

「分かりました。……んーしょ。これでよろしいでしょうか」

「うん、ありがとう。次はっと、……メインのシステムだね。システムを起動して、航法支援コンピュータにアクセスできるか、確認してくれないかな」

「分かりました」

 茉莉香は、パイロットシートに座ると、コンソールを操作し始めた。システムの起動方法は、休みのうちにマニュアルを読んで頭に入れてある。茉莉香は、チェックシートを見ながら順番に各システムを起動していった。

「パイロットシステム、起動。メインコンソール、自己診断プログラム、スタート。メモリチェック、オーケイ。ストレージチェック、オーケイ。メインパネル、診断映像、異常なし。……システム自己診断終了。船のメインコンピュータに接続。航法支援システム、オンライン。システム・ログイン……接続完了。ESPエンジンと接続開始。チェックプログラム、スタート。認証開始……コンタクト……」

 茉莉香は、シートのチェック欄を埋めながら、システム起動のプロセスを確認していた。

「あれれ、サブストレージの八番から十二番が応答しません。どうかしたんでしょうか?」

 彼女が問題を発見すると、チーフエンジニアは、コンソールを操作しながらこう言った。

「ああ、これね。ここはまだ修理中なんだ。予定では、今日までに直ってたはずなんだけど。……容量を増やそうということでね、ドライブの調達に時間がかかってるんだ。直ったら知らせるから、その時に接続テストをしてもらえないかなぁ」

「分かりました。えーと、後はですね……、右のサブパネルの明度とカラーバランスが、おかしくなっています。それから、サブプロセスの十四番がタイムアウトでエラーになりました」

「十四番のサブプロセスだね。一応、繋がってはいるようだけど……ああ、名前解決に失敗してるな。ええーと……DNSとプロキシの初期設定か。ちょっと待ってね、直すから。……よし、これで繋がるはずだけど。どうかな?」

「あ、繋がりました。これで、全システム、チェック完了です」

「ご苦労さん。サブストレージとモニタパネルの方は、ここ二~三日中に直すから、その時にまたチェックしてね。そいじゃぁ、ここに確認のハンコを下さい」

「ええーと、こことここですね。……はい、これでいいですか?」

「オーケイ、オーケイ。いやぁ、助かったよ。じゃ、おかしなところがあったら、連絡ちょうだい。そいじゃぁね、茉莉香ちゃん」

「お世話様でした」

 と言って、茉莉香は、部屋を出て行くチーフエンジニアを見送った。後に残ったのは、茉莉香と航海長だった。それに気がついた茉莉香は、

「あのう、航海長さんは、何か御用でしょうか?」

 と、おずおずと話しかけてみた。この航海長は、なんだか苦手な茉莉香だった。

「ああ、茉莉香くん。実は勉強の件で話があって、来たんだ」

 それを聞いた茉莉香には、嫌な予感がした。

「べ、勉強って、何ですか」

 それに対して、航海長はこう言った。

「ギャラクシー77では、十八歳までが義務教育なんだが、茉莉香くんはパイロットに抜擢された事もあって、学校の授業には出られなくなってしまった。そこで、必要な各教科に家庭教師をつけることになったんだ」

 確かに家庭教師については、以前から話に登っていた。しかし、突然に言われては、茉莉香も驚くしかない。

「ええー! 家庭教師ですかぁ。別にそんなのいいですよ。先輩パイロットから記憶を受け継いでいますから、操船には支障が無いはずです。それに、勤務中に勉強する時間なんて、取れないですよぉ」

 パイロットになって折角勉強から開放されたのに、家庭教師なんてとんでもない。でも、上司からの命令じゃぁ、断るわけにはいかないだろう。パイロットは、一応、航海部の管轄下だ。

 とは言え、茉莉香は何とかして被害を最小限に食い止めようと、頭をフル回転させていた。

「やはりね、我々が『無理にお願いして』パイロットになってもらったんだ。ちゃんと義務教育修了に相当する教育は保証させて貰わないといけないと思うんだ。これは、船長の判断であるし、君のお母さんの意向でもある」


(くっそう、お母さん。そんなこと気にしなくていいのに。余計なことを)


 茉莉香は、心の中で母を呪った。

「でも、教えてくれる先生もお忙しいだろうから、通信教育で大丈夫ですよぉ」

 そう。通信教育。これなら、答えを見ながらレポートを出せばオーケイ。簡単でナイスな選択だ。茉莉香はそう思った。

「まぁ、それも選択肢の中にはあったんだがね。でも、特に汎銀河宙域マップや、ギャラクシー77の船内規定については、きっちり覚えて欲しい。宇宙工学についても、聞き覚えでは覚束(おぼつか)ない部分もあるだろう。そこで、『やはり家庭教師が必要』ということになったんだ。なぁに、学費は免除だから金銭的な心配は必要ないよ」

 と、航海長はサラリと言ってのけた。そして、言葉の最後に決め顔。

「は、はぁ、そうですかぁ」

 航海長の論理的な説明に、茉莉香は反論することが出来なかった。

「じゃぁ、明日から家庭教師の先生が来るように手筈するから。教科のスケジュールは後でメッセージで送るよ」

 彼はそれだけを言うと、総船室のドアへ向かった。勿論、最後に決め顔を忘れることはない。

 航海長の爽やかな笑顔がスライドドアで遮られた後には、茉莉香がただ一人ぽつんと残っていた。


「もうっ、お母さんたら、どうして家庭教師なんて余計な事を言うのよ。あたしは、この操船室の中で、のんべんだらりと過ごしたいだけなのに。今日、帰ったら、しっかり言っておかなくちゃ」

 家庭教師の件について、茉莉香はお冠のようであった。元々、ズボラで勉強嫌いだったのだ。やっと学校に行かなくて良くなったのに、台無しである。

 茉莉香は、明日から始まる個人授業をどうしたものかと頭を抱えていた。


 そんな時、パイロットシートのコンソールが着信を告げた。


<パイロット、機関室。総船室の補修工事は終わったか? 返答されたし>

「ああっと、ヤバイヤバイ。……機関室、パイロット。工事完了しています。ESPエンジンとのコネクトも問題なし」

<オーケイ。じゃぁこれからESPエンジンの方のテストをする。お嬢、エンジンの自己診断プログラムを起動してくれよ>

「了解しました。十五秒待って下さい。……えーと、ESPエンジン、システムオンライン。ESPキャンセラー、一部解除。エンジンに同調開始。……来た! ESPエンジン、自己診断プログラム、起動。システムチェック、スタート。これでよしっ。機関室、パイロット。ESPエンジンの自己診断プログラムを起動。現在、システムチェック中」

<こちら機関室。了解した。『ショート・ジャンプ』を頻繁に繰り返したからな。エンジンへの負荷状況を知りたい。お嬢、チェックが終わったら、レポートを提出してくれ>

「こちらパイロット、了解しました。システムチェックを続行します」

 さっき直ったばっかりだというのに、早速仕事が舞い込んできた。


(ほらね。だから家庭教師なんて、無理なんだよ)


 と、茉莉香は心の中で舌打ちしていた。


「あーあ。何か面白いことないかなぁー。先輩もこんな風に、いつ終るかわかんない、暇なような、忙しいような時間を過ごしてきたのかなぁ。こんなんで、本当にあたしにパイロットなんて勤まるのかなぁ」


 そんな茉莉香の思いを知ってか知らずか、ESPエンジンは黙々と自己診断を続けていた。




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