第四十八太陽系(3)
今、総船室ではギャラクシー77のメインスタッフと、第四十八太陽系守備隊のマッケネン司令との間で会談が始まろうとしていた。そして、その中には、茉莉香も含まれていた。
「いや、しかし、聞いてはいましたが、……想像以上の戦闘だったようですね。これが素手の人間同士の戦闘とは、到底思えません」
総船室の中を見渡していたマッケネン大佐は、こう感想を述べた。
彼の言う通り、総船室の中は、まだこの間の戦闘の傷跡が深く刻まれていた。あちこちに黄色のトラテープや、ブルーシートがかけられていた。所々は、壁の中の構造材がむき出しになっているところもある。
「はぁ。正にエスパー同士の戦いでしたからな。常人の想像を超えています」
船長が「やれやれ」という感じで答えた。
「私も銃を手に対抗しようと試みましたが、年寄りの冷水でしたよ」
船長は、実際に海賊に対峙し、その超能力で重症を負ったのだ。
「私もダイジェストを拝見しましたが、想像にかたくない戦いだったようですね。そこのパイロットの、……ええと、ミス・タチバナも巻き込まれたんですよね」
大佐が、茉莉香の方を見て言った。
「はい。あたしは大した事は出来なかったんですが、……先輩のパイロットが亡くなられました。それと、友達の子が大怪我をしてしまって……」
茉莉香は、先日の戦いを思い出すと、少し俯いてそう返事をした。
「そうですか。辛かったでしょうね」
大佐は、軍人らしくない優しい声でそう言った。
「詳しい資料はここに。保安部長、例のものを」
「はい。これです」
そう言って保安部長は、テーブルに小さな強化樹脂製の箱を置いた。中には、先日の戦闘時の記録をコピーした光メモリチップが保管されている。
大佐は静かに頷くと、隣の副官が箱を手にとって、持っていたブリーフケースに大事そうに仕舞った。
「これからの宇宙海賊への対策には、『超能力者の部隊』が必要になるかも知れませんね」
厳しい顔をしていた副官は、そう言った。それは、奇しくも、先日の戦闘の直後に、船長が考えていた事と同じだった。
「その通りでしょう。しかし、それは、我々が生み出し引き継いできた『罪』と、真正面に向き合うことになります」
権田船長は、マッケネン大佐にそう言った。
「そうですね。『ESPエンジン』か……。確かに夢のエンジンだった。しかし、人類の希望とも言える『ESPエンジン』が、恐ろしい罪を内包していたとは……。我々はパンドラの箱を自ら創り上げてしまったのかも知れません」
宇宙海賊シャーロットは、ギャラクシー77のESPエンジンに組み込まれている生体脳の子孫だったのだ。
彼等に抗う正当性など、ギャラクシー77の乗員には無かったのだ。シャーロットは、ただ、先祖の脳神経を取り返す事が望みだったのだから。
「しかし、希望はあります。先日のデータを詳細に解析しなければいけませんが、パイロットとESPエンジンの間に働いた、ESP波の逆流現象──我々はこれを、フォース・フィードバック・フェノメノン、略してFFPと呼んでいますが、これは今後の戦いに欠かせない力となるでしょう。その意味で、ギャラクシー77の皆さんには、今後のパイロットの育成と、ESPエンジンの解析を継続していただきたい。必要とあらば、軍の専門家を乗船させても良いと考えています」
船のメインスタッフを前にして、マッケネン大佐は、そう語った。
「専門家……ですか」
船長は、少し訝しげにそう言った。しかし、その言葉を引き継いだのは、保健衛生センターの所長だった。
「お言葉ですが、我々には、超能力者の育成に関しては、百年以上の経験があります。それは、軍のそれ以上であると言っても過言ではありません」
そう言って、所長は反論した。
「なるほど。確か、君は、『エトウ財団』の中央研究所の出身でしたね」
マクドナルド副官が、少し攻撃的な態度で応えた。
「はい。財団は、ESPエンジンの開発・運用と超能力の研究では、世界をリードしています。失礼ですが、軍に我々以上のスタッフがいるとは思えません」
所長はそう言い終わると、お茶を口に含んだ。それを見た茉莉香は、恐る恐る羊羹に切れ目を入れると、その一欠けを口に含んだ。口の中に甘みが広がる。思わず茉莉香の目元が下がる。そんな少女の表情を見とめたブロンドの秘書官は、クスリと小さく笑った。茉莉香が、一瞬、頬を染める。
「確かにESPエンジンの運用に関しては、エトウ財団が一歩も二歩も先を進んでいることは、認めましょう。しかし、超能力の研究に関しては、公になってはいないが、軍にも専門の研究部隊が存在している。その成果は、辺境の太陽系で、少しずつですが、確実に活かされているのです」
所長に負けじと、マクドナルド副官も、強い口調で答えた。
「ESPエンジンの発明は、人類にとっては両刃の剣と同じです。我々は、その闇の面に対して眼を瞑ってきた。今、そのしっぺ返しを受けているのかも知れません」
船長は、落ち着いた面持ちでそう言った。
「そうなのかも知れませんな。だからこそ、研究が必要なのです。超能力者の生体脳を必要としない、新しい超光速エンジンの開発を、軍では行っている。あなた方には、それに協力する義務があるのではないかね」
マクドナルド副官の言葉に、ギャラクシー77のスタッフは、一瞬、口ごもってしまった。
──エスパーの生体脳を必要としない『新しいエンジン』
それは確かに理想と言えるかも知れなかった。
しばらくの間を置いた後、船長が口を開いた。
「分かりました。少なくとも第四十八太陽系にご厄介になっている間は、ご協力しましょう。我々は、決して軍と敵対したい訳ではありません。今、共通の敵は、宇宙海賊です」
「ふむ。分かりました。軍としても、ギャラクシー77の修理には、協力を惜しみません。連絡将校として、秘書官のハウゼン少尉を残しましょう。何かの時には、必ず助けとなるはずです」
マッケネン大佐のこの言葉で、会談は一応終了した。
「ドックまでの曳航と修理の間の護衛は、軍が責任をもってあたります。ご安心下さい」
別れ際に、大佐はこう言った。
「ありがとうございます。ご協力、感謝します」
船長はそう言うと、再びマッケネン大佐と握手を交わした。
会談が終了して、操船室のドアが閉まった時、茉莉香は「ふぅ」と溜息を吐いた。
「あんな偉い人達と会談なんて、あたしには荷が重いよう。緊張しまくっちゃった」
彼女は、もう一度、テーブルの前の椅子に腰を降ろすと、そう愚痴をこぼしていた。なにせ、ついこの間までは、普通に中学生をしていたのだ。
「しょうがねぇぜ、お嬢。軍の頼みとあっちゃ、断るわけには行かねぇ。それより、おやつの続きだ。ケーキを喰おうぜ。中途になっちまったからな」
茉莉香とともに操船室に残っていた機関長が、そう言った。
「機関長さん、本当に機関室には戻らなくていいの? 怒られない?」
茉莉香は、ちょっと気になって、機関長に尋ねた。
「なぁに、タグボートに引っ張られている間は、軍が責任を持ってくれるんだから、いいんだよ。それに……」
「機関室のスタッフは優秀だから、機関長一人ぐらいが居なくっても大丈夫。ですか」
と、彼の言葉を引き継いだ者がいた。
連絡将校として残された、ハウゼン少尉であった。彼女も、操船室に残っていたのだ。
「おう、美人の姐さん。あんたも、ここに残ったのかい。なら、一緒にお茶しないかぁ。今なら、漏れなく美味いチーズケーキがついてくるよ」
機関長は、何の意図があるのか、彼女を誘った。
「あら、見かけによらず、ナンパは得意なようね。ええ、勿論お付き合いしましょう。私も気になるわ」
「ケーキがかい?」
「いいえ、あなたがよ。ナイスガイの機関長さん」
そう言うと、ブロンドの美女は「クスリ」と笑った。
「それじゃ、あたしはお茶を淹れなおしますね。今度は三人分」
茉莉香はそう言うと、台所に向かった。機関長は、冷蔵庫からケーキの入った箱を引っ張りだすと、テーブルに運んだ。改めて、食器棚からお皿とフォークを、今度は三人分取り出す。
「あら、美味しそうね」
ハウゼン少尉が、テーブルのケーキを見ながら、そう評した。
「見かけだけじゃなくって、味も抜群だぜ、少尉さん」
機関長が新たにケーキを切り分けながら、そう言った。
「ベスでいいわ。私の名はエリザベス。皆、愛称で呼ぶの」
「ふぅん、そうかい。じゃぁ、ベス、突っ立っていないで座りなよ」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
そう言って、彼女は椅子に座った。軍服のタイトスカートから覗く太ももは、気密処理されたストッキングに覆われていても魅惑的だった。
「お茶、はいりましたよぉ」
しばらくすると、茉莉香の声が聞こえてきた。彼女は、ティーポットの乗ったお盆を持って、テーブルに近づいてくる。
「あら、ミス・タチバナ。ご苦労様。香りがここまで漂って来るわ。いい茶葉のようね」
「茉莉香でいいですよ。茶葉は、先輩パイロットの『取って置き』を使ってますから。美味しいですよ」
少女はそう言いなから、ティーカップをテーブルに置くと、ポットからお茶を注いだ。
「どうぞ。お砂糖やミルクはお好みで」
彼女はそう言って、砂糖とミルクのパッケージの入ったトレイをテーブルの中央に置いた。
「ほれ、こっちも出来たぜ。機関長様が直々に焼いたベイクドチーズケーキだ」
彼も、切り分けたケーキを少尉の前に並べた。
「どうぞ。ご遠慮無く……えーと、ハウゼン……少尉?」
「ベスでいいわよ、マリカ」
「あ、はい。ベ、ベスさん」
「べスよ」
「はい、……ベス」
と言って、茉莉香もテーブルの前に座った。
「会談なんて、肩がこったぜ。やっぱりお茶会がいいな。あんたも、そう思うだろ、ベス」
「その通りね、ミスター。では、遠慮無くいただくわ」
ベスはそう言うと、ケーキを一欠片、フォークですくって口に運んだ。
「あら、ほんとに美味しい。いい奥さんになるわね、ミスター」
「いい奥さんか。なら、俺が退職したら、ベスのお婿に貰ってもらって、養ってもらおうかな」
機関長の言葉に、ブロンドの美女は、
「あら、ご冗談を。私は、料理の上手い夫よりも、タフガイが好みなのよ、ミスター」
得意の毒舌にあっさりとそう返された機関長は、二の句が告げなかった。
茉莉香は、美人将校のベスがいて少し居心地が悪かったが、三人で再開することになったお茶会を楽しもうと思いなおした。ドックにさえ着けば、少しだけだが時間が出来る。その間に、ESPエンジンとのシンクロ率を上げる練習をしよう。
(これからは、あたしが皆を守るんだから)
そんな茉莉香の心の内を見透かしてか、ブロンドの美女は、ミステリアスな微笑みを浮かべて彼女を見つめていた。




