第四十八太陽系(2)
「よっ、お嬢、元気してるかぁ」
ここは、第四十八太陽系内を進むギャラクシー77の総船室だ。
そこを訪ねたのは、船の機関長だった。右手に白い紙の箱を乗せていた。
「機関長さん。この忙しい時に、何ですか?」
茉莉香はビックリして訊き返した。
「いや、なぁに、約束通りチーズケーキを焼いたからな。持ってきたんだ、一緒に食べようと思って」
機関長は、ニヤニヤしながらそう応えた。
「ホント! やったー、ケーキだ、ケーキ」
茉莉香は小躍りしてパイロットシートから飛び降りると、機関長を出迎えた。
「ほぉうら、コレだ。ベイクドチーズケーキだぞう。Bブロックの有名ケーキ屋にも負けねぇぜ」
機関長は、箱からケーキを引っ張り出すと、テーブルに置いた。
「うわぁ、良い匂いですね。あっ、あたし、お茶を用意しますね」
「おう。じゃぁ、俺はコイツを切り分けるぜ」
「ケーキ、ケーキ、おやつ、おやつ」
茉莉香は鼻歌を歌いながら、ティーバッグで二人分の紅茶を淹れていた。その間に、機関長は食器棚から、皿とフォークを二人分取り出すと、ケーキを切り分け始めた。
「しかし、なんですね。いいんですか、機関長さん。こんなところに居て」
「いいんだよ。今はタグボートに引っ張って貰ってるから、機関室は暇なんだよ。それに、うちのスタッフは優秀だからな。一人くらい居なくったって、モーマンタイよ」
「そうなんだ。おっと、お茶、持って行きますねぇ」
「おう。お嬢、今日は、何かめかしこんでんじゃねぇか」
「いや、やっぱ『ジャンプ』みたいな時は、極めておかないと気合が入りませんからね」
「そうか。勝負服ってやつだな」
「そうそう。あ、お茶どうぞ」
「ほいな。……いい香りだな。お嬢、爺さんのとっておきを使ったな」
「えへへ、何かそのまま置いとくのも勿体なくて」
「いいさ、いいさ。この大銀河。明日がどうなるか分かりゃしねえ。旨いもんは旨いうちに食っとくもんだ。ほらよ、お嬢。出来たてだぞぅ」
「ども。うわぁ、美味しそう。いただきまぁす」
茉莉香はそう言って、チーズケーキを一欠け口に放り込むと、幸せそうな顔になった。
「おーいひぃ。さすが、機関長さんですね」
すると機関長は自慢気に、
「そうだろう。取っときのチーズを使ってるからな」
と、答えた。自分も、皿のケーキを食べ始める。
「ほんとに美味しい。機関長さん、いい奥さんになれますよお」
「そうかぁ。じゃぁ、退職したら、お嬢の婿になって養ってもらおうかな」
「もう、ご冗談を」
という具合に、二人はテーブルを挟んで、チーズケーキに舌鼓を打っていた。
そうして、二人でお茶会をしているところに、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「何だろう? はーい、入っていいですよ」
茉莉香が応えると、入口のドアがスライドして開いた。そして、入ってきたのは、船のメインスタッフの面々だった。
「え? あれ。今日、何かありましたっけ?」
茉莉香が、呆けた顔で船長に訊いた。
「君たち、何をやってるんだ。メッセージは読んでないのか!」
航海長が不機嫌そうに言った。
茉莉香は、慌ててパイロットシートの場所まで行って、多機能端末を取り上げた。画面にメッセージの着信を示すアイコンが点滅している。急いで内容に目を走らせると、額に嫌な汗が滲んできた。
「あ、あはははは。これから、司令官と会談をするんですね。……はい、準備します」
茉莉香は、神妙な顔をして、パイロットシートの周りのお菓子を片づけ始めた。
「君もだ機関長。のんびりケーキを食べている場合じゃないぞ」
航海長は、まだお茶をすすっている機関長にも苦言を呈した。
「いいじゃねえか、少しくらい。こういう時こそ、明るくしなきゃならねぇんだよ」
そう嘯く機関長に対して、航海長は、
「君がそんな風だから、機関士の態度が豊満になるんだ。まず、上の者から襟を正すべきではないかな」
と諌めた。
「はいはい、分かりましたよ。いいよ。くそっ、未だ全部食べてないのに」
機関長はブツブツと文句を言いながら、ケーキを冷蔵庫にしまうと、テーブルの上を片付けていた。
「済まんな、機関長。これから、第四十八太陽系守備隊のマッケネン司令と会談を行うんだ。当然、君も出席してもらうよ」
船長は、普段と変わらない態度で、機関長に言った。
「俺もかぁ。何か、面倒臭いな。……お茶は用意しとくかい?」
「ああ、頼む」
機関長は、テーブルを片付け終わると、台所に消えた。
「ふぅ。茉莉香ちゃん。君もこっちに来なさい。司令も君と話がしたいそうだ」
船長が、戸棚にレジ袋を押し込んでいる茉莉香に声をかけた。
「え、あたしもですか。まだ、緊急待機中ですけど」
すると、船長は、こう応えた。
「そうだ。だから、この操船室で会談を行うことにしたんだよ」
「はぁ……」
茉莉香は、船長の言葉に何だか他人事のように答えた。
「本来はコーン君にも来てもらうところなんだが、彼は未だ治療中だからな。我々とは別に聞き取り調査をする手筈になっている」
船長はそう話すと、「ふぅ」と溜息を吐いた。
しばらくすると、船長の胸からアラーム音が流れた。彼は、胸ポケットから端末を取り出すと、通話状態にした。
「わたしだ。どうかしたか。……ふむ。ああ、ああ。……分かった、お通ししなさい。……分かっている。ブリッジは君に任せる。それから、その中尉は保健センターへ案内しなさい。例の彼のところだ。……ああ、そうしてくれ」
船長は、そうやって音声通話でやり取りを行っていた。
しばらくして、船長は端末をスリープモードに切り替えると、スタッフの面々に説明し始めた。
「守備隊のマッケネン司令が到着したそうだ。今、EVでこちらに向かっている。保安部長、戦闘データのコピーは、用意出来ているか」
「はい、船長」
保安部長が頷くと、そう返事をした。
「今回の会談は、先日の宇宙海賊との戦闘の聞き取り調査だ。諸君らも分かっていると思うが、今回の戦闘では、これまでの海賊達とは次元の違う攻撃を受けた。連邦軍でも、それは重大事案と受け止められている。対海賊戦の根底を揺るがす大事件だからだ」
船長の言葉に、スタッフの面々は頷いた。それは茉莉香にも分かっていた。もう、正規のパイロットなのだ。これまでのように、子供だと言って甘えているわけにはいかない。彼女は、神妙な面持ちで、フタッフ達の端に立っていた。
しばらくすると、操船室のドアが、コンコンとノックされた。
「何か」
船長が応じると、
「第四十八太陽系守備隊司令の、マッケネン大佐をお連れしました」
「分かった。お通ししなさい」
船長が応えると、入口のドアがスライドして、軍服を来た人物が三人、立っているのが見えた。
「守備隊のマッケネンです」
中央の壮年の男がそう言うと、
「お待ちしておりました。どうぞ、お入り下さい」
と、船長が答えた。
大佐は進み出ると、右手を差し出した。
「権田船長。この度は大変でしたな」
船長も手を出して、
「しばらくご厄介になります」
と言って、二人は握手をした。
「立ったままも何でしょう。座って下さい」
と、船長は椅子を薦めた。大佐は「では」と言って、テーブルの前の椅子に部下ともども座った。大佐の右側には、壮観な体躯の男が、左側には背の高いブロンドの美女が座った。
こちらのメインスタッフも、それぞれに座った。茉莉香も、その端っこに座った。しかし、大人ばかりの面々に、茉莉香は何か居心地の悪さを感じていた。
船長は、ギャラクシー77のスタッフを紹介していき、最後に茉莉香の番になった。
「そして、最後が新任パイロットの橘です」
「パイロットの橘茉莉香です。よ、よろしくお願いします」
と、茉莉香はおどおどしながらも、会釈をした。すると、
「おお、君がミス・タチバナですか。思った通り、可愛いお嬢さんだ」
司令の言葉に、茉莉香は少し焦りながら、
「あ、ありがとうございます」
と、返事をした。
「私は、第四十八太陽系守備隊の司令、マッケネンです。こちらは副官のマクドナルド中佐。これは、秘書官の、ハウゼン少尉です」
大佐が紹介すると、二人とも会釈をした。
茉莉香は、
「に、日本語が通じるんですね」
と、小声で隣の保安部長に尋ねた。それを聞きつけてか、マッケネン司令は、
「その通りだよ、ミス・タチバナ。超光速宇宙船を所有しているのは、日本だけだからね。まぁ、正確にはESPエンジンを管理している『エトウ財団』が、なんだが。マニュアルや技術資料,データなどの文献も、オリジナルが日本語だったりする。恒星間航行の研修なんかも、日本に留学する形になる昨今だ。まあ、そういうこともあって、宇宙を管轄する軍内部でも、自然と日本語が定着してくる。わたしも、大学で日本語を習ったよ」
と、簡単な説明をしてくれた。そんな司令に、茉莉香は、緊張しながら「そうですか」と答えた。
そんなところへ、機関長がお茶の入ったポットをワゴンに乗せてやって来た。彼は、
「粗茶です」
と言って、静かに司令の前に茶托と湯のみを置いていった。その脇には、お茶請けの羊羹を配する。
「おう、ジャパニーズ・グリーンティーですね。良い香りだ」
副官がそう言うと、船長は、
「紹介が遅れました。彼が、この船の機関長です」
と、でっぷりとした腹の彼を紹介した。
「この船では、機関長がお茶のサービスをするのですか?」
と、マクドナルド中佐が驚くと、船長は、
「いや、これは彼の趣味みたいなものですから」
と、答えておいた。
当の機関長は、お茶を配り終えると、茉莉香の横にどっかとその巨体を埋めた。
そして、重々しい空気が晴れた中、会談が始まろうとしていた。




