第四十八太陽系(1)
<誘導ビーコン、確認。タグボート、接続準備>
<牽引ワイヤー、確保。巻き取り開始>
<巻き取り開始>
<各タグボートへ、こちらタグボートT-1。主推進器、起動。ドックへの曳航を開始する。発生する歪に注意>
<ラージャー。巻取り器、歪ゲージ正常範囲内>
第四十八太陽系に辿り着いたギャラクシー77は、船体修復のために、星系内惑星軌道上に設置されている大型ドックへの曳航作業を行っていた。
<パイロット、ブリッジ。これより設定恒星系境界内に入る。デプリが多くなっている。太陽風の影響も本格的になってくるはずだ。船体前面に、ESP障壁展開>
「ブリッジ、パイロット。了解しました。船首にESPバリアを展開。デプリに備えます」
<パイロット、ブリッジ。半径一光年以内の質量変動に注意。星系内で海賊が襲ってくる可能性もある。警戒を厳に>
「こちらパイロット。了解しました。半径一光年以内の監視を開始します。オートマススキャニングシステム、スタート。同時に危険予知システムを起動。突発的な質量の変動に気を付けます。そちらも、レーダーと目視による警戒を厳に」
<こちらブリッジ。了解した>
通信が一旦途切れた時、茉莉香はパイロットシートの上で「ふう」と溜息を吐いた。
星系外縁への『ショート・ジャンプ』が終わったからといって、パイロットの仕事が終わったわけではない。惑星や遊星の多い星系内では、ギャラクシー77のような巨大宇宙船の航行には注意を要する。主星や各惑星間の重力偏向を気にしながら、必要な場合にはESPエンジンの機能を使わなくてはならない。
実質的な推進は、曳航してくれるタグボートに任すものの、突発的な非常事態には『ESPエンジン』のサイコキネシスを使った推進や、ESPバリアの出力増強を余儀なくされる事もあり得るのだ。
また、レーダーの有効範囲外の探査もパイロットの役割である。光速を超えた範囲──即ち光速の限界による情報収集の遅れを取り戻すには、『ESPエンジン』の力に頼らざるを得ないからだ。
「あーあ。まだ自由にならないのかなぁ。ま、代わりになる人が居ないからね。コーンも、テレパシーは大したことないって言われてたし。『彼』との相性もあるからなぁ。でも、この中途半端な忙しさは、何とかして欲しいなぁ。恒星系内じゃ、何もなければ、パイロットって暇なんだよね」
茉莉香は、そう独り言を呟くと、シートの上にあぐらを掻いた。こんなところを母に見つかれば、「はしたない」と言われて叱られるに決まっている。しかも、今日はお気に入りのワンピースにニーハイのソックスで決めていたのだ。仕事をするからには、気合が重要だ。当然、服の下は『勝負パンツ』であった。まぁ、別に、誰かに見せるためではないのだが。
「お腹空いたなぁ。何かないかな」
茉莉香は、パイロットシートを離れると、部屋に作り付けになっているテーブルに近づいた。そこには、半透明のレジ袋が無造作に置いてあった。母からの差し入れである。彼女は、ブツブツ言いながらも、袋の中を弄っていた。
「あ、ポテチ発見。うすしお味だぁ。これ好きなんだよな。コーラも置いてあるぅ。お母さん、気が効くじゃん」
彼女はそう言って、ポテトチップスの入った赤い紙筒とコーラのPETボトルを手に取ると、再びパイロットシートに座った。
茉莉香は、開封した紙筒からポテチを2~3枚取って口に放り込むと、指についた油分と塩を歯でこそげとった。そのまま口の中のチップスを噛み砕くと、特有のジャガイモの味が広がる。
「おいひぃ」
茉莉香は続いて、コーラのPETボトルを開くと、炭酸を含んだ黒っぽい液体をポテチごと喉に流し込んだ。胃の中で炭酸が弾けて、容積を増やす。行き場のなくなった気体が喉からこみ上げて、ゲップになって放出された。
「う~ん、満足」
たかが、お菓子とコーラで、機嫌が治るのだから現金なものである。茉莉香は、ゴソゴソとポケットを弄ると、多機能端末を取り出した。画面に指を走らせてロックを解除すると、ニュースをななめ読みし始めた。
『第四十八太陽系に到着。宇宙海賊に対する準備は万全か』
『宇宙海賊の今後の動向予測』
『何故、宇宙海賊はギャラクシー77を襲ったのか』
・・・・・・
などなど。当然ながら、船を襲った海賊の話題が絶えない。中には、襲われた時に流した『偽情報』に対して、当局に抗議を行う集団訴訟や、先の戦いで亡くなった保安部の部員達の遺族の声なども話題の一角に掲載されていた。
「だって、しようがないじゃない。あの時は、皆、必死で頑張ったんだよ。死んじゃった人達は可哀想だけれど、あたし達だって頑張ったんだから」
茉莉香は、そんな事を呟きながら、画面を眺めていた。
一方、ここはブリッジ。キャプテンシートには、船長が緊張した面持ちで座っていた。
「見張り員に再通知。対空目視警戒を厳に。レーダー、不審物体を見逃すな。ドックに入るまでは、気を抜くな」
船長はクルーに檄を飛ばした。星系内に入ったからといって、海賊から逃げ切ったとは言えない。
──宇宙海賊シャーロット
彼なら、守備隊の警戒をかいくぐって、船ごと目の前にテレポートしてくることも考えられるのだ。用心するに越したことはない。
船長がそんな事を考えている時、通信士から報告が入った。
「船長、守備隊のマッケネン大佐からの入電です」
「読み上げろ」
「は。『改めてギャラクシー77のメインスタッフとお話がしたい。乗船許可をお願いする』です」
「ふむ。……レーザー通信用意。守備隊旗艦と、リアルタイムコンタクトをとれ」
「了解」
しばらくすると、旗艦とのコンタクトが完了した。
「レーザー通信、コンタクト。スクランブルコード、β45。リアルタイム映像通信、入ります」
「よし、モニタに出せ」
船長がそう命令すると、正面のメインパネルに軍服を着た男の上半身が映った。
<権田船長、第四十八太陽系守備隊、及び護衛艦隊の司令、マッケネンです>
船長はシートから立ち上がって敬礼をすると、通信に応えた。
「船長の権田です。我が方のメインスタッフにお話があるそうですが」
<その通りです。今回の宇宙海賊によるギャラクシー77襲撃事件は、今までのものとは性質が違う。対策を立てる為にも、ギャラクシー77と宇宙海賊との戦闘データのコピーを希望します。それから、貴船の新パイロットとも、お話がしたい>
「戦闘データの件は了解しました。しかし、本船のパイロットとの会談については、一考させて下さい。これは、非常にデリケートな問題です」
<分かっているつもりです。前任パイロットは、非常に残念でした。自分も、彼には以前お世話になったことがあります>
「彼を失った損失は、本船にとっては殊の外大きい。それだけに、新しいパイロットには、これ以上の負担はかけたくないのです」
<お気持ちは充分に分かります。しかし、こちらとしても、エスパーの海賊と顔を合わせた時の状況を、是非とも聴取したいのです。これは、銀河連邦軍としてのお願いです>
大佐の言葉に、船長は言葉を失った。連邦軍からの要請であれば、基本的に断ることは出来ない。船長はしばらく逡巡した後、仕方なくこう応えた。
「分かりました。応じましょう。ただし、これだけは守って欲しい。彼女を──パイロットを傷つかせるようなことはしないでいただきたい」
<当然、配慮はさせていただきます。船長、ご決断、痛み入ります。それでは、十五分後に小型艇でそちらに参ります。それでは>
「それでは」
ここで通信は終了した。
「面倒な事になったな……」
船長は、一人呟いた。そして、しばらく考え込んでいたが、意を決したようにこう命じた。
「メインスタッフを操船室に集めろ。それから、小型艇の受け入れ準備を」
「了解しました」
こうして、ギャラクシー77と連邦軍の会談が開かれる事になったのだが……




