新米パイロット(5)
その日、船内のメインスタッフは、慌ただしく働いていた。
──『ショート・ジャンプ』まで、後一時間。各自、持ち場に付いて下さい。『ショート・ジャンプ』まで、後一時間。各自、持ち場について下さい。
船内放送が響く。『ジャンプ』まで、もう間がない。
<ブリッジ、機関室。メイン、サブ機関、共に良好。ESPエンジン、『ジャンプ』モードに移行開始>
<機関室、ブリッジ。了解した。機関そのまま。『ジャンプ』に備えよ>
「ブリッジ、パイロット。『ショート・ジャンプ』先、座標入力。第四十八太陽系外縁部、主星までの距離、約八光年。到達先のフルスキャンを開始します」
茉莉香は、ESPエンジンと同調を始めた。今回は、目標が明確に決まっているから、比較的操船は楽だ。ただし、恒星系の近くに『ジャンプ・アウト』するので、障害物や重力などの力場には注意をしないとならない。茉莉香は、いつも以上に念入りに、スキャンを行っていた。
──乗組員の皆様にお知らせします。本船は船体の修復の為に、第四十八太陽系へ向かいます。『ジャンプ』の際は、不測の事態に備えて、自宅、もしくはお近くの避難所へ退避して下さい。本船は船体の修復の為に、第四十八太陽系へ向かいます。『ジャンプ』の際は、不測の事態に備えて、自宅、もしくはお近くの避難所へ退避して下さい。
船内放送が響く中で、茉莉香は『ジャンプ』の準備を続けていた。
「『ジャンプ』到達先座標、フルスキャン完了。ターゲット座標から六十光分以内に障害物は確認されず。ESPエンジン、『ジャンプ』モードに移行。ESP波、定格内で安定」
<パイロット、ブリッジ。『ジャンプ』直後の、恒星系の重力偏向に注意せよ>
「ブリッジ、パイロット。了解しました。重力場による到達誤差補正値、マイナス 0.5パーセント。小惑星帯のデプリへの対応準備をお願いします」
<こちらブリッジ、了解した。ミストチャンバー開放準備。対デプリ用干渉フィールド壁、生成準備開始>
<パイロット、機関室。航行補正用補助動力、起動。重力発生時の補正値、3.08>
「こちらパイロット、了解しました。補正値入力完了。到達誤差修正、0.38。再スキャン終了。ESPエンジン、全システム、オールグリーン。『ショート・ジャンプ』実行準備完了」
茉莉香は、初めての恒星系近傍への『ジャンプ』に対して、緊張はしていたものの、先任パイロットの記憶を頼りに、たどたどしいながら操船をこなしていた。
一方、ブリッジでも『ショート・ジャンプ』の準備に、クルー達は忙しく動いていた。
「航行補助用サブシステム、起動確認。モニタリング開始。『ショート・ジャンプ』まで、三十分」
「機関室、ブリッジ。恒星系内航行用推進機関、起動準備。重力場内での慣性制御に気をつけろ」
<ブリッジ、機関室。機関良好。恒星系内航行用電磁推進機関、起動準備よろし。慣性制御システム、第四十八太陽系の恒星系偏向重力場内モードをプリセット。サポートプログラム、スタート>
「こちらブリッジ。了解した。非常電源用コンデンサーに、蓄電開始」
「保安部、ブリッジ。防衛隊要員は、対E装備装着の上で、船体外殻部で待機。特にFブロックの破損箇所には、注意を厳に」
<ブリッジ、保安部。了解。全要員、配置につきました。保安部から船長に意見具申。観測班による、目視にての接近物体への警戒を要請します>
「超空間通信にて、第四十八太陽系守備隊へ伝達。『これよりギャラクシー77は第四十八太陽系外縁部への『ショート・ジャンプ』を行う。到達予定座標、E925γ、L112β』」
「電文確認。超空間通信にて発信。……返信、来ました。『了解した。航海の無事を祈る』、以上です」
「『ジャンブ』開始、十分前。カウントダウン開始」
「広報部に船内にアナウンスを放送を要請。総員、『ショート・ジャンプ』実行準備」
「了解しました。船内放送流します」
──乗組員の皆様にお知らせします。本船は、船体修理のため、第四十八太陽系への『ジャンプ』を行います。不測の事態に備えて、お近くの手すりなどにおつかまり下さい。『ジャンプ』七分前。不測の事態に備えて、お近くの手すりなどにおつかまり下さい……
「頼むぞ、茉莉香ちゃん。この『ジャンプ』が成功すれば、我々は一時的にでも安全を得ることができる。君が最後の希望だ」
船長は、キャプテンシートの上で、そう祈っていた。
──『ショート・ジャンプ』開始まで、十秒、九、八、七、六、五、四、三、二、一、『ジャンプ』……『ショート・ジャンプ』終了しました。楽にして下さい。
<ブリッジ、パイロット。『ショート・ジャンプ』成功。到達誤差、Σ0.24>
茉莉香から、ブリッジに『ジャンプ』成功の知らせが入った。
「そうか、成功したか……。ありがとう。よく頑張ったね、茉莉香ちゃん」
「船長、四時の方向、仰角二十一度に恒星を確認。スペクトル分析より、第四十八太陽系の主星と確認しました」
「全天観測、完了。宙域マップ照合。『ジャンプ』成功です」
「機関室、ブリッジ。船首を恒星に向けろ。電磁推進機関、起動。両舷半速、星系の公転面に対し、水平を維持せよ」
<ブリッジ、機関室。恒星系内航行用電磁推進機関、起動。出力五十パーセント。両舷半速>
「船長、第四十八太陽系の守備隊から、映像通信が入っています」
「よし、スクリーンに映せ」
船長が命令すると、ブリッジ全面の大型パネルに、通信映像が映し出された。
<ようこそ、第四十八太陽系へ。私は、守備隊の司令、マッケネンです。よくぞ無事にここまで来られました>
「私がギャラクシー77の船長、権田です。わざわざのお出迎え、心より感謝します。船の修復が終わるまで、ご厄介になります」
<まぁ、そうかしこまらなくても大丈夫です。もし、宇宙海賊が来たとしても、我々が対処にあたります。貴船は、安心してドックで修理を行って下さい>
「ご配慮、感謝します」
<ドックの設置されている、第六惑星圏までは我々が先導します。ご安心を>
「ありがとう。心から感謝します」
<では、後ほどドックでお会いしましょう>
「ドックで」
そうして、通信は終了した。
やっと、第四十八太陽系に着いた。茉莉香は、新米ながら、パイロットとしての責務を全うしたのだ。彼女は操船室のパイロットシートで、ほっと胸をなでおろしていた。
「失敗しなくて、良かったぁ。もう、すごく緊張したよぉ」
その時、手元のコンソールに入電の知らせがあった。茉莉香が、ちょっと不審になって、スイッチを入れると、話しかけてきたのは誰あろう機関長であった。
<よう、お嬢。頑張ったな。『ジャンプ』成功、おめでとう。お祝いに何でも好きなもん作ってやんよ>
「機関長さん、ホントですか。ありがとうございます。何でもいいんですか?」
<おう、任せとけ。ドックに入るまでは、俺はわりと自由な時間があるからな。分厚いステーキでも、甘ったるいショートケーキでも、何でも作ってやるよ>
「それじゃぁ、……えーと、レアチーズケーキがいい」
<そうかい。任せとけ。とびっきりのを作ってやるからな。楽しみにしてろよ>
「はい。待ってまーす」
そう言って、機関長からの通信は切れた。
(そうだ。あたしもドックにいる間に、もっと勉強しなくちゃ。『ショート・ジャンプ』は出来るようになったけど、本格的な『長距離ジャンプ』は、未だまだなんだ。船長や機関長や、それからお母さん達を第七十七太陽系まで無事に運ぶのが、あたしの仕事なんだ。もちろん、移民達だって一緒だ。今度からは、あたしがギャラクシー77を守るんだ)
茉莉香は、第四十八太陽系を目の前にして、決意を新たにしていた。




