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新米パイロット(3)

 コーンのお見舞いに行った翌日、茉莉香(まりか)は船長室に来ていた。


「どうしたね、茉莉香ちゃん。昨日の今日で、私のところに来るなんて」

 船長は、執務机の椅子を入口の方に向けると、茉莉香にそう言った。

「あ、ああ、あわわわ、あたし、……『ジャンプ』を、やってみようかと……思います。上手くできるか、全く自信はないんです、けど……」

 と、彼女は汗だくになりながらも、そう言ったのである。

「そ、そうか。よく決心してくれたね。ありがとう、これで船は救われる」

 と言って、船長は椅子から立ち上がると、茉莉香に近づいた。

「き、昨日ですね、あれから機関長さんと、コーンのお見舞いに行ったんです。それで、二人に勇気づけられて……。あたししか『ジャンプ』をすることが出来ないのに、……あたしがこんなままじゃ、大好きな人を守れないって思って。お母さんや、友達や、コーンも困ったことになるんだって……」

 そう言う茉莉香の足元は、<ガタガタ>と震えていた。握った拳も、汗で濡れていた。

「そうか、ありがとう。本当にありがとう。我々で出来る支援(サポート)は、出来得る限りやらせてもらうよ。足りないものがあったら、遠慮なく言ってくれたまえ」

 船長はそう言って、茉莉香の手を握った。それで彼は、茉莉香の手が異常に汗ばんでいることに気付いた。

「どうしたね。えらく緊張しているじゃないか」

 そう言われて、茉莉香は真っ赤になった。

「だ、だって、……は、初めて、だから」

 ようやくそれだけを言って、茉莉香は俯いてしまった。

「そうか……。昨日の今日で、心境が変わったのには、よほどの事があったんだろうな。先にも言ったが、航海日数的にも未だ余裕がある。あまり急がずに、ゆっくりと、落ち着いてやってみようじゃないか」

 船長の言葉に、茉莉香は、

「は、はいっ! ありがとうございます」

 と、返事をして、顔を上げた。緊張の所為か、半分涙目になっている。

「まぁま、そう怖がらずに。まるで、私が苛めているみたいじゃないか」

 そう言われた少女は、はたと気が付いて、

「ご、ごめんなさい!」

 と大きく叫んで、土下座でもするかのように上半身を折りたたんだ。一方の船長は、やはり大人だった。柔和な表情を作って、少女を落ち着かせようとしていた。

「いや、だから落ち着きなさい、茉莉香ちゃん。君が前向きに考えてくれていることは、充分に分かった。それが茉莉香ちゃんにとって、すごく勇気のいる行動だということもね。私も航海長も、先代のパイロットから、「茉莉香ちゃんなら一人でも立派にパイロットの任務をこなすことができる」と聞いていた。自信を持ちなさい」

 それを聞いた茉莉香は、椅子から<ガバッ>と立ち上がると、

「本当ですか?」

 と、船長に尋ねた。

「ああ、私は確かにそう聞いたよ。大丈夫。きっと上手く行く」

 そう言う船長の顔を、茉莉香は食い入るように見つめていた。



 その日の昼過ぎから、第四十八太陽系へ向かうための『ショート・ジャンプ』の準備が始まった。

<パイロット、ブリッジ。こちら船長の権田(ごんだ)だ。茉莉香ちゃん、大丈夫かね>

「ブリッジ、パイロット。大丈夫です。航海長さんも居てくれてるし、お母さんも見守ってくれているから」

 彼女は、マイクに向かってそう言った。

「船長さん、お母さんも一緒に居て欲しいなんて、我儘(わがまま)を言ってごめんなさい」

<気にすることはないよ、茉莉香ちゃん。それは、航海長からの提案でもあるんだ。ESPエンジンは人間と同様にデリケートなんだ。「少しでも茉莉香ちゃんの緊張が和らぐなら」って言っていたよ>

 すると、彼女は驚いて、右隣の航海長の顔を見た。

「ええーと、何だね。……茉莉香くん。私がこんな提案をするのが、そんなにおかしいかな」

 そう言う航海長に対して、茉莉香は、

「いえ。昨日の様子じゃぁ、あたし、「航海長さんに嫌われたかな」って思っていたものですから。あ、すいません。失礼なこと言っちゃって」

 茉莉香がそう言って、両手で口を塞ぐと、航海長は、

「別に、嫌っているわけでも、信用していないわけでもない。船がこの航海を無事に乗り切るためには、どうしたらいいのかを考え、そして実行する。それが私の仕事だからね。少しでも成功の確率が上げられるのなら、それに越したことはない」

 航海長は、そう言ったものの、彼の顔には少し照れた様子が見て取れた。

「茉莉香、頑張って。緊張していない? トイレとか大丈夫? 小さい頃から、緊張すると、すぐにトイレが近くなるんですから」

 入室を許された、母──由梨香(ゆりか)が心配そうに尋ねた。すると、茉莉香は真っ赤になって、

「ちょ、お母さん、変なこと訊かないで。もう、小さな子供じゃないんですから、大丈夫です」

 と、母の方を向いて、そう言った。昔の事を引っ張り出された所為か、恥ずかしさで頬が赤らんでいる。

「茉莉香くん。これまでの航海のデータと付きあわせて、第四十八太陽系までの航路をいくつか提案してみた。ESPエンジンの探査機能で、最適な『ジャンプ』先を選択して欲しい」

「分かりました」

 航海長に言われて、茉莉香はESPエンジンに同調を始めると、『ジャンプ』先候補の簡易スキャンを始めた。


(ここはダメ。大きくは無いけれど浮遊物がいくつかある。次のポイントは……、恒星のプラズマ流が大きい。今の船の装甲じゃ耐えられない。……どれがいいんだろう)


 茉莉香は、候補先のスキャンを続けていた。


「あった! ありました。双子座の方向、約十三光年。周囲の一光年以内に不審物はない模様。直ちにフルスキャンを実行します」

「そうか、あったか。ブリッジ、操船室。こちら航海長。『ジャンプ』先、特定。フルスキャンを開始。そちらでも、サポートを始めてくれ」

<操船室、ブリッジ。了解。宙域マップ特定。航行制御サブシステム起動。不測の時に備えて、対デプリ用荷電粒子砲の待機を始める。船外作業員退避。全気密隔壁閉鎖。非常用コンデンサに電力をプール開始>

<パイロット、機関室。主機関、異常なし。出力、順調に上昇中。定格まで二百五十秒。液中電解質濃度正常。アドレナリン値、上昇するも規定値以内。補助機関スタート。コンデンサに蓄電開始。……お嬢、エンジンのことは俺に任せろ。余計なことは考えんでいい。『ジャンプ』することだけ考えるんだ>

 機関室からも、応援の通信が入った。

「ブリッジ、パイロット。『ジャンプ』先位置を特定。J264η、G133α、到達推定誤差、Σ2パーセント。『ジャンプ』先誘導コマンドを入力……システム、オールグリーン。『ジャンプ』先座標、固定。ESPエンジン、『ショート・ジャンプ』準備完了」

<パイロット、ブリッジ。了解した。『ショート・ジャンプ』実行シーケンス、P62へ移行。『ショート・ジャンプ』カウントダウン、スタート。広報部、船内放送をお願いします>


 すると、船内に、『ショート・ジャンプ』を告げる放送が響いた。


──乗組員の皆さん。本船は第四十八太陽系へ向けての『ショート・ジャンプ』を行います。不測の事態に備えて、お近くのテーブルや手すりにおつかまり下さい。『ショート・ジャンプ』三分前。乗組員の皆さんは、不測の事態に備えて、お近くのテーブルや手すりにおつかまり下さい。


「茉莉香、しっかり」

「茉莉香くん、大丈夫だよ」

 母と航海長が、茉莉香を励ましていた。

「大丈夫です。落ち着いています。ESP波、安定。『ジャンプ』最終シーケンス、スタート。危険予知システム、三百秒以内に生じるトラブル現象は感知できず。いつでも『ジャンプ』出来ます」



──『ショート・ジャンプ』開始まで三十秒。カウントダウン開始します。……『ショート・ジャンプ』開始まで十秒。九秒……五、四、三、二、一、『ジャンプ』……



「よし、『ジャンプ』! ……ブリッジ、パイロット、(たちばな)です。『ショート・ジャンプ』終了。到達位置を確認。周辺五光分以内の宙域の探査……終了。周囲に不審物なし。到達誤差、0.85。『ショート・ジャンプ』成功しました」

<パイロット、ブリッジ。宙域マップ照合。到達位置、確認した。三十光秒以内に障害物無しを、レーダーにて確認。ギャラクシー77の全システム異常なし。『ジャンプ』成功、おめでとう。新パイロットを心から祝福する>

<パイロット、機関室。主機関に異常なし。これよりクールダウン。ブドウ糖の添加と電解質濃度の調製に入る。……お嬢、よくやったな。今日の晩飯は、俺が奢るぜ>

「よくやったね、茉莉香くん。ご苦労様」

 初めて独力での『ジャンプ』を成功させて、茉莉香は、船の皆から祝福されていた。

「ありがとうございます。先輩、あたし、一人でも『ジャンプ』出来たよ。見てくれてた」


 こうして茉莉香は、新米パイロットとしてのその一歩を踏み出したのだ。

 だが、目的地の第四十八太陽系とは、どんなところなのだろう。自分たちを、快く受けてくれればいいのだが。


 喜ぶ一方で、茉莉香は、心の隅で一抹の不安を抱えていた。




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