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新米パイロット(2)

 先輩パイロットの死を境にして、茉莉香(まりか)を巡る環境は大きく様変わりした。


 今、茉莉香は、船長と航海長、機関長らとテーブルを囲んでいた。次の『ショート・ジャンプ』のブリーフィングの為だ。

「報告によると。Fブロックの船外装甲の応急修理は終わったそうだ。だが、船内のいたるところが、破壊されたまま放置された状態にある」

 船長が、そう茉莉香に説明した。

「いわゆる、資源不足ってぇやつでね」

 機関長が、そう付け加えた。

「恒星間航行用の船は、半年から一年以上を真空の宇宙で自活できるように、大概の資源は余裕をもって船内に備蓄してあるんだ。しかし、その多くは生活物資に関しての話だ。今回のように、船の外装や隔壁などの基本構造物を、大掛かりに破壊されることは、想定していないんだよ。分かるかな」

 船長の言葉には重みがあった。

「この状態では、遊星やプラズマなどの星間物質の濃い場所は航行出来ない。これより先の航路には、そんな宇宙の難所がいくつかある。船体の本格的な修理をしないとならないんだ」

 船長の言葉を航海長が引き継いで、そう言った。

「そこで、私が立てた航海プランなんだが、ここから約三十光年ほどのところに、第四十八太陽系がある。地球型環境の惑星こそ無いが、稀少な鉱物資源が豊富に採れるため、探査船を近代化改修した恒星間輸送船が立ち寄る要処だ。そこには、資源も、船をメンテナンスするドックも整備されている」

「ついでに、軍隊もな。まさかとは思うが、そこへ行こうというのかい、航海長」

「そうだよ、機関長。今の茉莉香くんの能力なら二〜三回の『ショート・ジャンプ』で辿り着けるはずだ」

 航海長の提案は、もっともなものだった。しかし、茉莉香は、

「そんなの……あたし一人で……、で、出来るでしょうか……」

 と、自信なさげに言った。

「大丈夫さ、お嬢。ESPエンジンには充分な休息と、たっぷりのブドウ糖を与えてやった。後はお嬢がコマンドを送るだけさ。心配無い」

 機関長は、元気づけるように茉莉香にそう言った。

「どの道、茉莉香くんに『ジャンプ』してもらえなければ、我々は真空の海の中で、緩やかに死を迎えるだけさ。ならば、イチかバチかの賭けに出る方がよっぽど確率が高い」

 そう航海長は言った。

「まぁ、そうなんだが……。よう、あんまりお嬢を追い詰めるような事は言うなよ」

 深刻になりかけた空気を、機関長が納めようとした。

「しかし、我々が生き残るには、『ジャンプ』は必要不可欠だ。どこかの星系まで行き着けなければ、いずれ、備蓄していた資源も使い果たすだろう。そんな事は、乗組員の誰もが知っている」

 航海長は、そう言うなり、茉莉香を睨んだ。

 一瞬、少女の背中を冷や汗が伝った。

「あ、あたし、……そんな事、言われたって。……あの、じ、自信無いし。もし、失敗したら、この船の全員が、危険な目に、あ、遭っちゃうんだよね……」

 そう言って、彼女は俯いてしまった。

「怖いのは分かる。だが、今、我々は茉莉香ちゃんに頼るしかないんだ。『ジャンプ』の結果がどうなろうと、責任は船長の私にある。我々も協力する。お願いだから、『ジャンプ』をしてくれないだろうか」

 船長は、困ったような表情で茉莉香に言った。

「そ、そんな事言われたって……、わ、分かんないよぉ」

 三人の大人に囲まれて、茉莉香は完全に萎縮してしまっていた。


「仕方がない。もう少し、時間をあげよう。幸いこの宙域は、ほとんど何もない空間だ。遊星とかプラズマ雲が漂っている形跡はない。数日くらいなら、ここに留まっても、死ぬことはないさ。茉莉香ちゃんに自信がついたら教えて欲しい。私は、茉莉香ちゃんを信じているよ」

 船長はこう言って、席を立った。

 航海長も続いて席を立つと、すぐに背を向けて出口へ向かった。だが、その背中には、有無を言わせないものが漂っていた。そんな彼を見て、茉莉香はますます萎縮してしまった。

「お嬢、あんな奴の言うことなんか気にすんな。たとえ、何十回の『ジャンプ』になったとしても、第四十八太陽系にたどり着けさえすれば、こっちのもんだ。お嬢ならきっとできる。爺さんも、きっとそう思ってるぜ」

 機関長は、そう言って茉莉香の小さな肩を叩いた。

「うん……」

 茉莉香は俯いたまま、そう答えた。


「そうだ! これから、あのガキんところへ見舞いに行かないかぁ。奴も、お嬢を助けるために頑張ったんだろう。何か美味いもんを見繕ってさぁ、差し入れに行こうぜぃ」

 茉莉香がなかなか顔を上げない中、機関長はいきなりこんな事を言い出した。

「コーンの、とこ?」

 茉莉香はようやく顔を上げると、不思議そうな顔をして、そう応えた。

「そうさ。友達と美味いもんでも食えば、元気が出るさ。なぁ」

「友達? と」

「そうさ。友達なんだろう、奴と」

「うん、……友達。友達だよ」

 茉莉香は、コーンの顔を思い出して、少し元気になったようだった。


 そんな経緯で、茉莉香と機関長は、コーンのお見舞いに行くことになった。

 コーンの入院している医療センターは、操船室からそう遠くないところにある。途中、茉莉香はコンビニに立ち寄ると、何か栄養があって美味しそうなものを探した。

「う~ん、入院患者だから、果物の方がいいのかなぁ。それとも、ケーキ?」

 茉莉香は、陳列棚の前で、お見舞いの品を吟味していた。

「男なら、肉だよ、肉。こっちのフライドチキンが美味そうだぜ。それとも、焼き鳥にするかぁ」

 機関長の提案に、茉莉香はちょっと渋い顔をすると、

「それは、機関長さんが食べたいからでしょう。脂っこいものは患者さんには良くないんじゃないかな」

 そう言われて機関長は、

「ああ、そうか……。じゃぁ、どうする、お嬢」

 茉莉香は少し考えると、果物の陳列棚から、リンゴとバナナ、それから柿をいくつかずつ選ぶと、買い物カゴに入れた。ついでに爪楊枝と果物ナイフも。紙皿のセットも忘れてはいけない。

 彼女はカゴを持って、レジに向かった。

「全部で二千三百円です」

 と言う店員に対して、茉莉香はポケットから端末を取り出すと、パネルにタッチして会計を済ませた。

 二人はコンビニを出ると、医療センターまでの廊下を並んで歩いていた。

「メロンとか、もっと高級そうな果物があれば良かったかなぁ?」

 茉莉香がレジ袋の中をちょっと覗いて、そんな事を言った。

「なぁに、大丈夫だよ。可愛い女の子からもらえるんなら、何だって美味いんだよ」

 と、機関長は言った。

「ほんと?」

 茉莉香は機関長を見上げると、そう訊いた。

「ホントだよ。年頃の男ってやつは、彼女からのプレゼントは何だって美味いんだよ」

 機関長の返事に対して、茉莉香はちょっと不服そうな態度を見せると、

「そうじゃなくって、あたしが『可愛い』ってところ」

 それを聞いた機関長は、少し戸惑うと、こう言い返した。

「も、もちろん可愛いさ。お嬢の可愛さと言ったら、……ほら、天にも登る程だぜ」

「いや、それでほんとに昇天されると不味いんだけど。まぁ、あたしが可愛い女の子ってことは間違いないのね」

「当然。自信をもてよ。な、お嬢」

「うん、分かった」

 そう言って、茉莉香は前を向いた。

 そういえば、このところ彼女は、ずっと床ばっかり見ていたのだ。それが前を向くと、違う景色が目に飛び込んでくるようになる。

 うじうじ考えていても仕方がない。先輩パイロットが死んじゃったのは、物凄いショックだった。コーンが怪我をしたのだって、自分の所為じゃないかって思っていた。けれど、今はもうどうすることも出来ない。

 こんな時は、機関長の言う通りじゃないけれど、「コーンに会って楽しい話をするのもありかな?」などということを茉莉香は考えていた。


「ここが、あのガキが入院してるところかい?」

 機関長が茉莉香に尋ねた。

「ガキなんて言わないでよ。コーンって言うのよ。移民なんだけど、凄いエスパーなんだから」

 茉莉香が反駁すると、機関長は、

「ああ、悪かったよ、お嬢。えーっとぉ、コーン、……コーンだな」

 と謝ると、繰り返し名前を口にして、忘れないようにしていた。

「そうよ。ちゃんと覚えてね、機関長さん」

 茉莉香はそう言うと、医療センターの入口から中に入った。

 受付で、名前を告げ、掌紋チェックを終えると、廊下を伝ってエレベーターホールまで歩く。

 二人はエレベータがやって来ると、中に入って八階のボタンを押した。エレベータに乗っている間、茉莉香は機関長の横顔を見上げていた。「少しだけ父に似ているかも」、と彼女は思っていたのだ。

 しばらくすると、<チーン>と音がなって、目的の階に着いた。二人揃って開いたエレベータの扉を抜ける。そのまま表示通りに、右に曲がって進んだ。しばらく歩くと、コーンの入院している病室に到着した。

 茉莉香は、<コンコン>と軽くノックをすると、病室の引き戸を開けた。

「こんにちは。コーン、起きてる。お見舞いに来ちゃった」

 茉莉香は、無理をして明るく振る舞った。コーンにまで迷惑をかけてはいけない。

「マリカ、だいじょぶ。ぼく、だいぶ、元気なった」

 ベッドに寝ていたコーンは、上半身を起こすと、茉莉香の方を向いて、そう喋った。

「はい、これ。果物買ってきたんだ」

「あ、アリガト。お供えですね」

「違う、違う。お見舞いよ、お見舞い」

「オミマイ……うん、ありがと、マリカ」

「病院の食事ばっかだと、飽きるでしょう。甘酸っぱいものがいいかなって思って、果物買ってきたんだ。今むくからね」

 茉莉香はそう言ってベッドの側の椅子に座ると、袋からリンゴを取り出して、むき始めた。

「よう、ボウズ。元気か? 宇宙海賊と戦ったんだって。やるじゃないか」

 機関長は、ちょっとドスの効いた声でコーンに話しかけた。

「この人は、この船の機関長さんなんだよ。コーンにお見舞いを持って行こうって言ってくれたの」

 すると、コーンは、

「ぼく、コーン、いいます。よろしく、お願いします」

 と言って、頭をコクンと下げた。

「聞いたぞ。保安部に入るんだって? あそこはキツイぞ。大丈夫かボウズ」

 機関長がそう聞くと、コーンは、

「ぼく、戦いの素人。超能力(ちから)持ってても、宇宙海賊に全然敵わなかった。それで、マリカのこと守れなかた。だから、保安部で鍛えてもらって、マリカ、守れるようなる」

「そうか。お前、なかなかの(おとこ)だな。だがな、今は怪我を治すことだけ考えてろ」

 機関長は、いつもより若干優しくコーンに接していた。茉莉香は、コーンの笑っている姿を見ているうちに、「自分ももっと頑張らないといけない」と思った。


(あたしが、一人でも『ジャンプ』が出来るようにならなきゃ、船はこのまま宇宙を漂流することになる。そしたら、お母さんやコーンや、学校の友達だって困った事になるんだ。そして、『ジャンプ』が出来るのは、あたしだけ。今から怖がっていたらダメじゃない。頑張らなきゃ)


 茉莉香は、自分がギャラクシー77の正規パイロットなんだと言うことを、改めて心に刻んだのだった。




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