新米パイロット(1)
宇宙海賊は、老パイロットとESPエンジンの力で何とか撃退できた。しかし、それはパイロットの寿命を確実に削り取っていた。
「ドクター、心肺停止。体温下がり続けています。蘇生処置の効果、認められません」
ベッドの傍らで、看護師達が老パイロットの蘇生処置を続けていたが、それは徒労に終わった。十数回目の処置を終えた担当医は、茉莉香の方を見やると、残念そうに首を横に振った。
「そ、そんなぁ。先輩、本当に死んじゃったの? あたし、未だたくさん覚えなけりゃならない事があるのに。先輩、全部教えてくれるって言ったじゃない。先輩……先輩、目を開けてよぉ」
茉莉香は老パイロットの手を握ったまま、泣きじゃくっていた。
その時、入口の方から、誰かが争うような声が聞こえた。
「ここは操船室です。関係の無い者は、立ち入り禁止です」
「私の娘がここにいるんです。お願いです。娘が無事かどうか確かめさせて下さい」
「ここは、今さっきまで、激しい戦闘があったところなんです。現場検証と機器チェックが終了するまでは、お通し出来ません」
「ちょっとで、……ほんのちょっとで構わないんです。娘の顔だけでも、見せてもらえないでしょうか?」
茉莉香の母が、警備をしている保安部員と揉めているらしい。彼女は、操船室で騒ぎがあったことを知って、大急ぎで駆けつけてきたのだ。母がやって来たことに気づいた茉莉香は、すぐに入口に駆けつけた。
「お母さん……」
その一言だけを口にしたあと、茉莉香は二の句が告げられなかった。
「茉莉香。ああ、茉莉香、大丈夫だった? どこも怪我はない? ……大丈夫そうね。無事で良かったわ」
母──由梨香は、茉莉香の身体のあっちこっちを触って娘の無事を確認すると、その場にヘタヘタとしゃがみこんでしまった。
茉莉香は、そんな母に抱きつくと、こう言った。
「お母さん。お母さん、先輩が、先輩が……」
泣きじゃくる茉莉香に、由梨香は尋ねた。
「茉莉香、何があったの?」
すると、彼女は顔をあげると、
「先輩が死んじゃったの。宇宙海賊がやって来て。コーンも助けに来てくれたんだけど、海賊にヒドイことされちゃって……。船長さんも怪我しちゃったし。……あたし、どうしたら良いか分かんないよぉ」
と言って、泣き崩れたのである。
無理もない。未だ十六になりたての茉莉香の目の前で、激しい殺し合いが展開したのだから。
「茉莉香、怖かったわね。でも、もう大丈夫よ。お母さんがいるから。落ち着きなさい。……ほら、涙を拭いて」
由梨香がハンカチを取り出して、茉莉香の涙を拭いてやった。
そんな時、入口の保安部員が声をかけた。
「もうよろしいですか。未だ、宇宙海賊がどこかに隠れていて、襲ってくるかも知れません。ここは保安部で警備していますので、安全なシェルターまでお戻り下さい」
そうすると、由梨香は、
「もうちょっと、もう少しだけ、お願い出来ませんか。せめて、娘が落ち着くまで、居させて下さい」
と、銃と防護服でゴテゴテと武装した保安部員に請うた。
「しかし、規則ですので……」
と、彼等が難色を示した時、部屋の奥から声がかかった。
「その人はパイロットの母親だ。入れてやりなさい」
それは、未だ栄養剤の点滴を受けている、船長の声だった。
「我々には、未だESPエンジンの力が必要だ。パイロットのメンタルが不安定なままでは、この場は乗り切れん。パイロットを落ち着かせるには、彼女の力が必要だ。私が許可する。入れてやってくれないか」
「船長。……は、分かりました」
命令とあっては仕方がない。保安部員たちは、ちょっと苦い顔をしたものの、船長の言葉に従って由梨香を操船室に入れた。
「ありがとうございます」
そう言って由梨香は茉莉香の肩を抱くと、船長とコーンが並んで治療を受けているベッドまで、彼女を連れて行った。
「すみません、我儘を聞いてもらって。お怪我をしたそうですが、大丈夫ですか、船長」
と、由梨香は、ベッドに横たわる船長に声をかけた。すると、彼はベッドから半身を起こすと、こう言った。
「なーに、構わないさ。ああでも言わないと、言うことを聞かないからな。でも、許してやってくれ。それが彼等の仕事なんだ。私の方は大丈夫だ。パイロットにヒーリング治療をしてもらったからな。お陰で、持病のヘルニアまで治っちまったわい」
と、船長はうそぶいていた。
「それよりも、彼の方が重症を負っている」
船長はそう言って、もう一つのベッドの方を見た。彼とは、コーンの事である。彼もパイロットのヒーリングを受けたのだが、プラズマによる火傷で壊死した皮膚を再生するのに、時間がかかっているようだった。
「お母さん、コーンが助けに来てくれたのよ。でも、あたしの所為で、酷い目にあったの。ごめんね、コーン」
すると、コーンは薄っすらと目を開けると、こう言った。
「マリカ、悪くない。悪いの海賊。それよりゴメン。ぼく、マリカ、守れなかた。ぼく、かっこわるい。マリカ、マリカのお母さん。ゴメナサイ。ぼく、何もできなかた。クヤシイ……」
コーンはそう言うと、一筋の涙を流した。
「コーンは頑張ったよ。超能力を持った海賊が三人もいたのよ。そんなのを相手に、コーンはよく頑張ったんだから」
茉莉香は、そう言ってコーンを擁護した。
「デモ、海賊、追い返すため、パイロットさん、死んだ。ぼくがもっと強かったら、パイロットさん死なずにすんだ。ぼく、なさけない」
すると、隣にいた船長が、こんな事を言ったのだ。
「君、悔しいか。この娘を守れなかったことを、後悔しているか」
そう訊かれると、コーンは、
「クヤシイ。ぼく、もっと強くなりたい。強くなって、マリカのこと守りたい」
と、言った。
「そうか……。君は、確か移民だったね。しかし、その才能は惜しい。どうだね、この船に残って、保安部で働いてみる気はあるかね?」
船長は、そんな提案をコーンにしたのだ。
「ホアンブ? って入口にいるあの人達のこと?」
「そうだよ。船の安全を守るために働く人達だ。今日は、たくさんの人が死んだ。その殆どは保安部の人達だ。全て私の責任だ。船長の私がもっとしっかりしていたら、死なずにすんだのかも知れない……」
船長は、そう言うと首を項垂れた。
「ぼく、ホアンブ、はいたら、戦い方、教えてもらえる?」
その言葉で、船長は顔を上げた。
「あ、ああ。教えてもらえるよ。ただし、勘違いしてはいけないよ。教わるのは、人殺しの方法じゃない。どうすれば、人を助けることができるかをだ」
「アンダスタン。わかた。ぼく、ホアンブ入る。いしょうけんめいクンレンして、つよくなる。ぼくからお願いする。ホアンブに入れてください」
コーンはそう答えた。
(これからは、船を守る方法も変えていかねばならないのかも知れない。あのような巨大な超能力を、悪意を持って使う者達に対抗する為には……。やはり、この移民の少年のようなエスパーの部隊が必要になるのかも……)
船長は、そんな事を考えていたようだった。
「ブリッジ、操船室。こちら船長の権田だ。私は、戦闘中に負った傷の治療中で動けん。しばらくは、船の指揮を船務長に一任する。まずは、負傷者の集計と船内破損部のダメージコントロールを急げ。負傷者の治療を最優先だ。海賊は去ったようだが、警戒を厳に。保安部は現状のまま警戒態勢で待機。以上だ」
<操船室、ブリッジ。了解しました。船内外の警戒を厳に。ダメージコントロールと負傷者の集計を急がせます>
「ふぅ、これでゆっくりと休める。宇宙船もこのクラスになると、指揮系統が複雑でね。なかなか融通が効かない。お嬢ちゃんには辛い思いをさせたね。済まなかった。だが、これからは、君がこの船のパイロットだ。急に正パイロットになって、戸惑っているだろうが、よろしく頼む」
船長はそう言って、茉莉香に頭を下げた。
「せ、船長。そんな。あたしには、未だ無理です。あたし一人で船を動かすなんて……、未だ出来ません」
茉莉香は、性急な要求に戸惑っていた。すると、船長は急に真顔になった。
「無理かどうかは関係ない。今はESPエンジンを動かせるのは、君しかいないんだ。すぐにとは言わん。船もダメージを負っているし、君もESPエンジンも疲れている。だが、然るべき時が来たら、正式にパイロットの任について貰う。これは、命令だ」
船長の言葉に、茉莉香はまだ迷っていた。
(命令だって言われても、そんなの、無理だよう……)




