海賊シャーロット(4)
薄暗いブリッジに、赤い警告灯がまたたき、非常事態を知らせる警報音が鳴り響いていた。
ここは、海賊船のブリッジであった。
海賊船は、ギャラクシー77の思わぬ反撃で、少なからずダメージを負っていた。
「船長、外殻部被弾。主砲ユニットに障害発生。……チキショウ、海賊船相手に、海賊みたいな戦法を仕掛けやがって」
「狼狽えるな。各部、ダメージコントロール。ゲッツ、ギャラクシー77の『ジャンプ』先は分かるか?」
船長に「ゲッツ」と呼ばれた男は、目を瞑って精神を集中していたようだった。
「……見つけた。十二光年先。何もない空間のド真ん中だ」
やけに肌の青いその男は、呟くようにそう応えた。
「ようし。ゲッツとシオンは俺と来い。サナダ、船は任せる。いいな」
シャーロットがそう命令すると、サナダと呼ばれた白いヒゲの男は、
「オーケイ。行くのか、シャーロット」
と、彼に問い返した。
「まぁな。ちょっと甘い顔をしてみせると、すぐコレだ。お行儀の良くない子供には、お仕置きが必要だろ」
と、彼は応えた。
「あ〜あ、船長を怒らせちまったよ。素直に投降してたら、生命だけは助かったかも知れないのに。バカな奴等だぜ」
シオンと呼ばれた男が、立ち上がりざま、そう言った。そのまま、彼はシャーロットの隣に立った。ゲッツも続く。
「後は頼むぞ」
シャーロットがそう言った瞬間、彼等三人はブリッジから掻き消すように消えた。瞬間移動──テレポートである。
「行っちまったか。アイツ等もかわいそうにな。本気の船長の相手をさせられるんだから」
「そうそう。俺だったら、その場でチビっちまうぜ」
と、海賊達は下品に笑っていた。
一方、ここはギャラクシー77の操船室。老パイロットは、危篤状態にあった。
「ドクター、早く。先輩が死にそうなんです。身体が冷たくで、息も浅いんです。お、お願い。何とかして助けて」
安楽椅子の隣で、パイロットに寄り添っていた茉莉香が、たった今到着したばかりの医師に叫んだ。
白衣の医師と看護師達が、医療機材を持って操船室に飛び込んでくる。
すぐさま安楽椅子の側に来ると、彼等はテキパキと点滴の準備や心電図計をセットし、老パイロットの身体にチューブやコードを繋ぎ始めた。
「心拍数上昇。血圧も下がってます。体温、33℃。脱水症状の徴候があります」
看護師がそう告げると、医師は焦った。本当に生命に関わる。
「っ、直ちに点滴。カンフル剤を投与。脳波、録ってるか」
「今からです」
「早くしろ。酸素吸入の準備を……よし、そうだ。手の空いているものは、身体の汗を拭き取れ。体温が下がる」
医療スタッフの仕事は的確だったが、それでも老パイロットの容体は芳しくはなかった。
「ドクター、先輩は大丈夫なんですよね」
茉莉香が一縷の望みをかけて、医師にそう訊いた。だが、彼は暗い顔をすると、
「それは誰にも分からない。今のところは五分五分だ」
と、言った。
「そんなぁ」
茉莉香は落胆すると、その場にしゃがみこんでしまった。
「だって……、だってあたし、未だ全部教わってないよう。パイロットとしての大事なこと、教えてくれるって約束したのにぃ。先輩、先輩、お願いだから目を開けてよ。先輩……」
そんな緊急事態の最中に、ギャラクシー77を大きな振動が襲った。
その揺れで、茉莉香達は床に転がってしまった。設置された医療機器同士も衝突しあって、大きな音を立てた。
「な、何なの。先輩が危篤だっていうのに。あたし、どうしたら良いの」
その頃、ブリッジでも船の振動を感知していた。
「うお、何だこの揺れは。調査急げ」
船長が命令を発した。
「船の最外殻、J2ブロックの外壁で爆発発生。エアが若干漏れています」
「何だとう。敵の攻撃か?」
「敵影、見つかりません」
「デプリはどうか?」
「本船の周囲に、目立った物体は皆無。少なくとも、ギャラクシー77のような超大型宇宙船にこれほどの振動を与えるような原因は見つかりません。周りは何もない空間です」
何がどうなっているのだろうか? ギャラクシー77は、何かの異常で、船体にダメージを負ってしまった。
「船長、損傷の原因が分かりました。粒子ビームか何かによる攻撃です。二時の方向、仰角三十二度からと推定されます」
ビームによる攻撃。だとしても、一体どこから撃ってきた……?
「レーダー、センサー、二時の方向を精密スキャン。ゴミでもホコリでも構わん。何かあれば報告しろ」
ブリッジのクルー達は、見えない何かに襲われた為に、混乱しかけていた。
それを察知した船長は、これ以上不安が広がらないように、こう命令した。
「広報部、船内放送を。乗組員を安心させろ。パニックを防げ。工作班は現場に急行。防災処置にあたれ。保安部、船内の警備を厳に。戦闘班はそのまま臨戦態勢で待機」
<ブリッジ、保安部。了解した。船内の警備を強化する。戦闘班はそのまま待機させる>
<ブリッジ、広報部。船内放送の準備ができました。でも、何と言えば良いのでしょうか?>
「広報部、ブリッジ。デプリの中に突っ込んだとでも言っておけ。『ジャンプ』直後で、すぐには脱出出来ないとか、今後も予期せぬ振動が発生する恐れがあるとかな。とにかく、適当な文言を考えろ。分かったか」
<こ、広報部、了解。船内放送を流します>
──乗組員の皆様にお知らせします。本船は濃密なデプリ群と遭遇。デプリの一部が甲板と接触しました。本船に目立った損傷はありません。今後もデプリとの接触が想定されます。落ち着いて、ご自宅、またはシェルターにて待機を続けて下さい。
広報部の船内放送が、ダミー情報を知らせた。これで、乗組員の不安はぬぐえるのだろうか。だが、ここでパニックが起きたら、船として危険な状態になる。それだけは、避けたかった。
そんな所へ、索敵手からの報告があった。
「二時の方向に、高エネルギー反応を感知。ぷ、プラズマです」
「プラズマだと。こんな何もない空間でか。レーダー、センサー、探知急げ」
「映像、出ました。拡大します。……こ、これは!」
船長も含めて、ブリッジの全員が息を呑んだ。
「に、人間、だと……」
何もない宇宙空間、そこにいたのは、三人の男達であった。
そう、海賊船から消えた三人は、ギャラクシー77を追って、こんなところまでテレポートで移動してきたのである。うち一人、シオンと呼ばれた男が、両腕を頭の上に伸ばしていた。その両の手の平の間に、巨大なエネルギーが収束しつつあった。
──船長、今度はしくじりませんぜ。
海賊たちは、テレパシーで会話をしていた。通信機どころか、宇宙用の気密服も身に着けていない。
──程々にしろよ、シオン。跡形もなく吹き飛ばしちゃあ意味が無い。
──ゲッツの言う通りだ。俺達の目的はESPエンジン。その中に組み込まれている脳神経だ。
──分かってますぜ、船長。へへ、これぐらいなら、丁度いい具合に穴が空くはずでさぁ。
そう言って、シオンは頭上のプラズマ球を、ギャラクシー77に向けて放り投げた。荷電粒子砲にも劣らないエネルギーの塊が、船体を襲う。
「プラズマ球弾、接近。着弾します!」
「総員、ショックに備えよ」
船長が叫んだ時、またも大きな揺れがギャラクシー77を襲った。
「各部、状況を確認。損傷をチェック」
「船長、J2ブロック外壁に、損傷。亀裂からエアが漏れています」
「船内カメラ、J2ブロックの状況を映せ」
「駄目です。J2ブロックからの応答なし」
「FからKまでの二時方向のラインで、インフラが止まりました。緊急用独立供給システム起動。隔壁、自動閉鎖しています」
「くそっ。工作班、J2ブロックへ急行。ダメージコントロールにあたれ。保安部戦闘班も急行させろ。海賊が乗り込んでくるぞ」
船長は、素早く判断して、命令を伝えた。
「乗り込んでくるって、……小型艇もないのに、どうやって?」
船長は、両の拳を堅く握り締めると、
「奴らは、特Aクラスのエスパーだ。小型艇など必要ない。念動力で移動してくるんだ。幸いだったのは、ESPシャッターを装備していたお陰で、船内に直接テレポートされなかった事だな」
と、歯噛みしながら言った。
船長の言う通り、ギャラクシー77は、ESPエンジンへ雑音が入らないように、船内や船外の各部分に『ESPシャッター』と呼ばれる、ESP波遮断装置を搭載していた。巨大な岩塊ごとテレポートできる超能力者のシャーロットでも、それを突破することは出来なかったのだ。それで、こんな荒っぽい方法を採ったのだろう。また、それも宇宙海賊らしかった。
「船長、J2ブロックとの通信が回復しました」
「よし、メインスクリーンに出せ」
<ブリッジ、J2ブロック。各所で火災発生。外殻の亀裂から、空気の流出が続いています。ユーティリティーの供給途絶。独立供給システムで、電力と酸素の供給は復帰させましたが、長くは保ちません。移民にも、大勢の負傷者が出ている。現場では、大規模な混乱が発生。船長、ど、どうしたら……>
「移民など放っておけ。隔壁全閉鎖。宇宙海賊だ。シャーロットが乗り込んで来るぞ。各員、武器を取れ。応戦態勢」
<しゃ、シャーロットって……。何ですか、それは。それに応戦態勢って>
「宇宙海賊だ。強い超能力を持っている。絶対にJ2ブロックで食い止めろ」
<りょ、了解。船長、保安部の支援をお願いします>
「分かっている。保安部戦闘班が、急行している。態勢を立て直せ。保安部が到着するまで、何とか持ちこたえろ」
<りょ、了解。直ちに応戦します>
ギャラクシー77は、未だ宇宙海賊シャーロットの手の中だった。頼みのESPエンジンも、老パイロットが危篤状態で、起動させることが出来ない。茉莉香達、船の乗組員達はどうなるのだろうか……?




