海賊シャーロット(1)
ギャラクシー77は、今、宇宙海賊船と遭遇していた。
<俺は宇宙海賊のシャーロット。今すぐ武装解除して、俺に従え>
ギャラクシー77のブリッジに、通信が入った。海賊船は既に有視界距離に入っていた。
「宇宙海賊なんて、何を考えているんだ」
船のブリッジは、混乱しかけていた。
「狼狽えるな!」
船長の叱咤が、ブリッジの中に響いた。
「たとえ彼が宇宙船を『ジャンプ』させることが出来るほどの強力なエスパーだとしても、屈する訳にはいかない。我々には、ギャラクシー77の乗員三千五百名と、二万人の移民を守る使命がある」
船長は、ブリッジのクルー達にそう宣言した。
「しかし、船長。この船には、宇宙戦なんて事を想定した武装は装備されていません。どうやって対抗するんですか」
クルーの一人が不安そうに訊いた。
「案ずるな。ESPエンジンを信じるんだ。非常警報発令。総員、宇宙戦用意。ECM最大発信。ミストチャンバー開放、対ビーム散乱壁構築。補助機関、両舷全速、取り舵二十、下げ角四十五。対デプリ用荷電粒子砲、発射準備」
突然の危機に遭っても、船長の指示は的確だった。
ESPエンジンで超光速移動を行うギャラクシー77には、通常の宇宙船では追いつくことは不可能だ。普通であれば、海賊に襲われるとしたら、最寄りの太陽系内でのはずだった。
地球にも、発見された各太陽系にも、軍の惑星守備隊が配備されている。通常、海賊船に遭遇した場合は、最寄りの惑星守備隊が対処に当たり、ギャラクシー77のような恒星間航行用の宇宙船は戦闘には参加しない。
だが、今回の遭遇は、各太陽系から遠く離れた宙域である。頼れるものは、どこにも居ない。
ギャラクシー77は、持たされたわずかの迎撃兵装で対処しなくてはならない。その一つが、接近する小惑星や遊星を破壊する『荷電粒子砲』である。船の持つ数少ない兵装の一つだった。
「船長、荷電粒子砲の使用事例は、ここ三十年ほどありません。私も使用するのは初めてです。だ、大丈夫でしょうか?」
クルーの一人が、不安気に質問した。
「整備はしてあるな」
船長が確認する。
「してあるはず、ですが……」
「ならば、信じて撃て。今、この船を守れるのは、我々しかいないのだ。機関室、ブリッジ。補助機関、出力上げ。エネルギーを荷電粒子砲に送電」
<ブリッジ、機関室。補助機関、出力上昇。安全装置、解除。エネルギー、荷電粒子砲に送電開始。臨界まで、九十秒>
ブリッジは、突然の来訪者に対応する準備を始めると共に、船内には非常警報を告げる放送を発信した。
──乗組員の皆様にお知らせします。緊急非常警報発令。各員、自宅もしくは最寄りのシェルターに避難して下さい。これは訓練ではない。緊急非常警報発令。各員、自宅もしくは最寄りのシェルターに避難して下さい。これは訓練ではない……
この放送を聞いて、船内には不安が広がりつつあった。非常警報など、ここ最近、聞いたことがない。どんな危機が船を襲っているのだろうか? 乗員は、不安になりながらも、指示に従い避難を始めた。
「保安部、ブリッジ。乗員の避難を優先。並行して、白兵戦に備えて、戦闘班は最外層にて待機。パワードスーツの装着と重火器の使用を許可する」
<ブリッジ、保安部。了解した。船内に要員を配備する>
(頼むぞ……)
表面は気丈に見せていたが、船長も初めての宇宙戦で不安になっていた。しかし、ここで屈する訳にはいかない。自分は、乗組員全員の命を預かっているのだ。出来るだけの事はする。後は、ESPエンジンとパイロットが頼りだった。
一方、ここはギャラクシー77の操船室。茉莉香は、老パイロットの傍らで振るえていた。
「お嬢ちゃん、大丈夫じゃ。何も心配いらん。ESPエンジンを信じるのじゃ」
「でも、こんな何もない宇宙の真ん中で、守備隊もいないのに、どうやって海賊から逃げるっていうの? あたし、怖いよ。これからどうなるの?」
茉莉香は、老パイロットに尋ねた。
彼はニッコリと笑うと、その枯れ木のような手で茉莉香の手を握った。そして、ESPエンジンに同調し始めた。
(海賊なんぞ怖くはない。大丈夫、『彼』が助けてくれる)
「『彼』ってだぁれ?」
(ESPエンジンじゃ。これから、わしと『彼』のやる事を、よぉく見ておるのじゃ。きっと助かる。信じなさい)
老人の心は何故か澄んでいて、茉莉香の心を和ませるものだった。
茉莉香は老人を見上げると、コクリと首を縦に振った。
(頼むぞ、相棒。少し荒っぽいが、宇宙海賊の小僧に眼にもの見せてやろうじゃないか)
ブリッジのクルーの知らない所で、想像を超えた戦いが始まろうとしていた。
その頃、ギャラクシー77のブリッジには、海賊船からレーザー通信が入っていた。
<俺は宇宙海賊シャーロット。ギャラクシー77、おとなしく我々に投降しろ。逆らっても無駄だ。お前達の船のESPエンジンは、俺がもらう>
それを聞いて、ブリッジの中に衝撃が走った。
「奴等の狙いはESPエンジンか。通信士、返信しろ。『海賊には従わない。本船の進路から離れたし』だ。最大出力のレーザーで応えてやれ」
「了解。『本船は海賊には従わない。直ちに本船の進路から離れたし。繰り返す、直ちに本船の進路から離れたし』、以上」
通信士がメッセージを送ると、すぐに返信が来た。
<おママゴトみたいな事を言うんじゃねぇ。俺は海賊シャーロット。お前たちが持っている『ESPエンジン』を、……いや、俺達の曾祖父さんを返してもらうぞ>
これを聞いた船長の顔から、スゥと血の気が引いていった。今、奴は何と言った? 『曾祖父さんを返してもらう』と言わなかったか?
「パイロット、ブリッジ。こちら船長。今の通信を聞いたか? 海賊の狙いは『ESPエンジン』──その内部に納められた生体部品だ!」
操船室に、船長からのメッセージが鳴り響いていた。
「先輩、『曾祖父さん』って……、もしかしたら、あの宇宙海賊って、このESPエンジンの生体脳の血を引く人じゃないのかしら」
そう訊く茉莉香の声は振るえていた。
「……恐らくは、そうじゃろう。辛い戦いになるな。まさか、相棒、お前さんの血を引いた子孫と対決する羽目になるとはな。やはり、犯した罪は拭いきれんものなのか……」
応える老パイロットの顔も、蒼ざめていた。
百何十光年を一気にテレポートで『ジャンプ』するESPエンジンの本体は、優れた超能力者の生体脳だ。非合法に彼を捉え、非人道的に脳神経を抜き取り、そしてESPエンジンに組み込んだのは、我々人類の側であったのだ。
百年以上も秘匿してきた真実に、茉莉香たちは復讐されそうになっていた。




