移民の少年(4)
その夜、茉莉香は、移民の少年──コーンと一緒の部屋で寝た。
年頃の男女が同じ部屋で寝るのは良くないと、母にさんざん文句を言われたが、茉莉香は気にしなかった。「コーンは変な事はしない」と、分かっていたからだ。茉莉香も超能力抑制装置を着けているとはいえ、立派なテレパスである。コーンが信用に足る人物かどうかは、勘で分かった。
とは言え、そこは女の子である。一緒のベッドという訳にはいかず、コーンは床に布団を敷いて寝かせた。
「ねぇ、コーン、起きてる」
「はい、起きてます。ボク、ふかふかの寝床、初めて。なので、なかなか寝られません」
少年は、少女の問に応えた。
「コーンは地球に住んでたのよね。あたし、産まれてからずっと宇宙船の中だったから。それで、地球のこと、全然知らないのよね。ねぇ、地球の事、教えてよ」
夜も遅い時間というのに、茉莉香は、コーンにせがんだ。
コーンは、少し寝返りをうつと、
「ボク、知ってる地球、あまり良い所じゃない。茉莉香に聞かる、いい話、ない」
と言った
「そっか。あんまりいい思い出はないのか。それじゃぁ仕方ないね」
「ごめん、マリカ」
「謝らなくていいよ。じゃぁ、あたしのお父さんの事を話すね。あたしのお父さんは、この船の機関士だったのよ。背が高くて、逞しくって、すっごく格好良かった。でもね、あたしが三つか四つの時に、死んじゃったんだぁ。よくは分からないけど、宇宙放射線病だって。この宇宙を飛んでる放射線の中には、原子力発電所の放射能よりも強いものがあるんだって。凄いよね。あたし達って、そんな原子炉より危なくて、水も空気もないところを旅してるんだよ」
茉莉香は、父のこと、船のことを、そう話した。
「ボクのお父さん、お母さん、テロで死んだ。ボクが十歳の時だった。でも、ボクのお父さん、立派。間違った事が嫌い。弱い人には、優しい。自分は食べてなくても、「腹いっぱいだから」って言って、ボクらに、ごはん食べさせた」
「そうなんだぁ。立派なお父さんだね」
少年は話を続けた。
「ボクら、貧乏になった。反政府運動のため。武器商人、最初は反乱軍に、武器売る。それで反乱、強くなる。正規軍、負けそう。今度は、政府に、武器売る。すると、政府、強くなる。反乱軍、負けそう。すると、また、反乱軍に、武器、売りに来る。いつまでたっても、戦争終わらない。それで、大人の男、軍隊、行く。残るの、弱い女子供だけ。土地荒れて、畑、地雷、埋まってる。農業、出来ない。それで、ボク達、いつも貧乏。お腹、空く」
「そうなんだぁ。ごめんね、コーンには、辛い思い出だったね。変なこと訊いて、ごめんなさい」
「マリカ、謝る、必要ない。マリカ、悪くない。たまたま、ボクの育ったとこ、環境、悪かった。それだけ」
コーンはそう言った。
「そっかぁ~。でも地球って、すんごく大きくて、海とか山とか空なんかが、あるんでしょう。あたしは、モニタ画面越しでしか見たことないんだぁ」
少女は目をキラキラさせて、両腕を天井に伸ばした。
「そだった。、空は、綺麗。夜になる、星、たくさん。ボク、小さいころ、お父さん、星なった、思てた。たくさん見える星、一つがお父さんの星。その星見る、ちょっぴり、お腹減るの和らぐ」
「星かぁ。あたしは、画面でしか見たことないもんなぁ。それでも、星の光は宇宙船にも届いて、あたし達を照らしてるんだと思うと、凄いって感じちゃう」
「ボク、新しい星、行く。いっぱい働く。働く、借金返す。お金、貯める。そして、農場する。武器、いらない。戦争、しない。平和な国、作る」
そう言うコーンの目は、キラキラしていた。
だから、茉莉香は言えなかったのかもしれない。
(移民の大半は、低賃金・重労働で働かされる。よっぽど運が良くないと、お金を貯めるどころか、借金を返すことも出来ないんだよ)
茉莉香の思ったことは、真実である。だが、その真実を、今、コーンに告げてどうなるのだろう。どうにもならない。せめて、自分といる間だけでも、家族のように接してあげたいと、茉莉香は思った。
そして、二人は色々なことを話し合っているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
翌朝、茉莉香と由梨香は、コーンをGブロックの保険衛生センターへ連れて行くことにした。
学校と職場へは、母の由梨香が、連絡を入れていた。保険衛生センターへの連絡も彼女がしていたので、コーンのバーコードも一時的に使えるようになっていた。
三人は、朝からチューブに乗ってGブロックへ行くことにしていた。
チューブの駅までの高速エレベーターの扉が開くと、コーンは少し驚いた顔をした。
「ボク、こんなの乗るの、初めて。すごく広い。なんか、格好良い」
「そっか。コーンは、高いビルなんかに行ったこと無かったんだよね。お母さん、コーンは激しい内戦で、貧しい暮らしを強いられたの。決して怠けてた訳じゃないのよ。昨夜、コーンと話していて聞いたの」
茉莉香は、母にそう訴えた。
「分かってますよ」
母は、まるで別人のように移民のコーンを養護する茉莉香を見ていて、可笑しくなっていた。
(これが成長していくって事なのね)
彼女は、心の中で、そう思った。
チューブに乗った時も、茉莉香はコーンとはしゃいでいた。
「すごい。ボク、こんな乗り物、初めて。宇宙船なのに、電車に乗る。不思議。ワンダリング」
「そうだよね。ギャラクシー77の全長は、五千メートル以上あるから、ちょっとした都市よね。実はあたしも、チューブにはめったに乗ったことないの。凄いよねぇ」
茉莉香のコーンへの態度は、打ち解けたものだった。隣人の健人にはぶっきらぼうなのに、えらい違いである。
それを見て由梨香は、昨夜、茉莉香が「彼氏になるかも知れない」と言ったことを思い出していた。来月にでも、パイロットとしての訓練を始める茉莉香には、同じエスパーのコーンの存在は大きいのかも知れない。
チューブを降りて、エレベータで目的のフロアへ着くと、三人は保険衛生センターへの廊下を歩いていた。
「すごい。どこもピッカピカ。ボクのいた移民街区と全然違う」
「移民街は、船の最外層で、エリアも広いからね。手がまわらないんだよ、きっと」
茉莉香は、そう応えておいた。しかし、少し後ろめたい感情もあったのは確かだ。
不衛生なのは当然だ。移民街の清掃なんて、誰もやりたがらない。やらされているのは、くじ運の悪かった者達だ。それも、なるべく自分の手を汚さないように、ロボットや自動機械を使う。
茉莉香は、コーンを通して、移民に対する考えが段々変わっていくのが、自分でも分かった。移民への差別を当然と思っていた自分が恥ずかしかった。彼らだって、好きこのんで移民になったのではないのだから。多くは、内戦や政府の失策から、経済的に生活が困難になった人々だ。彼ら自身が悪いわけではない。
茉莉香は、自分が子供で何も出来ないのが、悔しかった。
──早く大人になりたい
彼女はそう思っていた。
目的地の保険衛生センターに着いた時、初老の女性の看護師さんが迎えに出てくれていた。一部で使えるようになったコーンのバーコードだが、端末も掌紋承認も出来ないコーンを、簡単には所内に入れられないからだろう。
「朝早くからすみません」
そう、看護師は言った。
「いえ、こちらこそ。茉莉香が拾ってきた移民の少年がエスパーかも知れないなんて、面倒なことを頼んだりして。しかし、私達には、他に相談できるところがなかったんですの」
由梨香は、そう応えた。
「いえいえ、これも仕事ですから。この子が、例の『移民の少年』ですね」
「ただの『移民』じゃないわ。ちゃんと『コーン』っていう名前があるのよ」
茉莉香は、母も看護師も、少年のことを移民、移民としか言わないのが気に入らなかった。コーンは特別なんだ。移民っていう単語で、一括りにはして欲しくはなかった。
「あらあら、ごめんなさいね。コーン……くんって言ったかしら。わたしがコーンくんの担当の磯崎富子よ。よろしくね」
そう言われたコーンは、
「よろしく、です。ボク、コーンです」
少年はお辞儀をして、元気よくそう答えた。
「元気のいい子ね。気に入ったわ。わたしのことは富子と呼んでいいわよ」
看護師は、明るくそう言った。
「分かりました、トゥ、……ト……トミコ、さん」
「ふふふ。コーンくんには、まだ日本語は難しいかしら。では、皆さん、わたしに着いて来て下さい」
看護師の磯崎さんは、そう言って茉莉香達をセンター内に招いた。
相変わらず人相の悪い警備員のいるゲートを通り過ぎると、彼女達は廊下をしばらく右へ左へと曲がって進んだ。
そうやって着いたところは、以前に茉莉香が連れて行かれた『脳神経科』ではなく、『脳科学研究室』という部屋だった。
「やぁ、いらっしゃい。私が当研究室の室長の武田だ。そっちの女の子、えーと、茉莉香ちゃんと言ったっけ。君は前に来た時に、会ったことがあるよね」
そう言われて、茉莉香は記憶を辿った。そして、ポンと手をたたくと、
「ああ、三番目の検査の時の先生! 変な質問や、おかしな絵ばっかり見せてくれた時の人だ」
「あたりです」
と、武田室長はニヤッと笑うと、コーンの方を向いた。
「そっちの男の子が、例の超能力者かい?」
「そうです、武田室長。コーンくんて言うんですよ。ねぇ、ハンサムで、可愛い子じゃないですか」
と、磯崎看護師が補足する。
「むぅ、何を言う。私だって、若い時は美形だったんじゃ。未だまだ若い奴にゃ負けんぞ」
と、室長は言い返した。すると、富子は、
「はいはい、分かりました。じゃあ、仕事に戻ってくださいな」
と、サラリと躱す。どうやら、毎度のことらしい。そんな扱いも気に入らなかったのだろう。
「分かっとるわい。じゃぁ、そこの少年と嬢ちゃん達、入ってきなさい」
と、室長は、少し荒げた声をたてた。
茉莉香とコーンは、お互いに顔を見合わせると、武田室長に着いて部屋に入って行った。
果たして、コーンの持つ超能力とは、どんなものなのだろうか?




