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パイロットの資質(2)

「パイロットになって欲しい」


 老人の言葉に、茉莉香(まりか)は戸惑っていた。


 いきなり「船のパイロットになれ」なんて言われて、即答できるはずがない。と言うか、無理だ。


──無理無理無理、絶対無理!


 そして、茉莉香はそぅっと振り返って、母──由梨香(ゆりか)の方を見てみた。母も困った顔をしていた。船長達──すなわち船の幹部達の前で迂闊な発言は出来ない。それは、船の方針に逆らった場合に、どんなペナルティーが課せられるか分からないからだ。

 この真空中に隔離された船の中の世界は、船長が大統領みたいなものだ。全ての最終権限を持っている。必要であれば、ギャラクシー77の乗員三千五百名 (移民は含まれていない)を救うために、一人の人間の生命を捨てる判断など、あっさりとしてしまうだろう。

 そして茉莉香は、「何となく無理」ではなく、「自分では絶対できない」と理由をつけて論理的に答えなくてはならないのだ。

 とは言うものの、取り敢えずはあちらさん(・・・・・)の言い分を訊いておこう。茉莉香は、次のように質問した。

「あのう、パイロットになるって事は、あたしみたいな子供が、この巨大な宇宙船を操縦するということですよね。そんな素質が、あたしに有るんでしょうか? もっと、……そう、きちんと訓練を受けた大人の方が相応しいと思うんですが。……どうでしょう?」

 安楽椅子の老人は、ニッコリと笑うと、こう応えた。

「大丈夫。心配はいらない。君には資質(・・)がある。二万人以上いるこの船の人間の中で、ただ一人、茉莉香ちゃんだけが『ジャンプ酔い』になった。それが印だよ」

 茉莉香はぽかんとして、それを聞いていた。

「それ……だけですか?」

「それだけではないが、それが一番大きな理由じゃ」

「は、はぁ……」

 茉莉香は、狐につままれたような気がしていた。

「そうじゃな……、茉莉香ちゃんには、まず、この船とESPエンジンの仕組みから、話をした方が良さそうじゃな」

 と、高齢のパイロットは、にこやかにそう言った。

「取り敢えず座って下さい。少々長話になりますので」

 と、航海長が自ら椅子とテーブルを用意してくれた。

「どうぞ、お母様もお座りになって下さい」

「は、はい。恐縮です」

 ということで、茉莉香は母と並んでテーブルの前の長椅子に座ることになってしまった。


「飲み物は、紅茶で良いかい。ブランデーをチョビっと垂らして」

 機関長と紹介された大男がそう言った。

「機関長、またそういうことを言う。普通でいい、普通で」

「へいへい、分かりましたよ。じゃぁ、紅茶をホットで。暖まるやつでね」

 と、言い残すと、彼はそそくさと部屋の間仕切りの向こうへと消えた。

 

 テーブルを挟んで、正面に船長、向かって右に航海長、反対側にはチーフエンジニアが座った。その少し奥に安楽椅子があり、そこに老パイロットが横たわっていた。そして、安楽椅子の直ぐ側に、『保健衛生センター』の所長が陣取る。


 しばらくすると、お盆を持った機関長が表れ、それぞれにお茶を淹れていった。そして、お茶を淹れ終わると、彼はチーフエンジニアの隣にどっかとその巨体を埋めた。


 お茶が配られてしばらくすると、おもむろに老人は口を開いた。

「そうさなぁ、どこから話そうか。まずは、「ESPエンジンがどんなものか」を説明しようかの」

 そう言って、老人はカップの紅茶を一口含んだ。そして、ゆっくりと低い声で話し始めた。



「ESPエンジンとは、エトウ、スズキ、パウリの三人が発明した光速突破推進機関だということは知っているね」

「はい。学校で習いました」

 こんなことは、船で暮らす人々の常識である。誰でも知っている。茉莉香も、そう信じていた。

「そうか、そうか。だが、これは半分正解で、半分は間違っているんだよ。エトウ達は、何とかして、その時代の最新の科学力を総動員して、空間を超越し、光速を突破して移動できる推進機関を研究していた。だが、どの理論を用いても、たった一人の人間さえ、光速を超えた移動は出来なかったんだ。そこで彼らは、『禁断の可能性』に手を出してしまった。彼らは、光速を突破するのに、『超能力』を使うことにしたんだよ。所謂テレポート能力だ。だが、問題もあった。テレポート能力──それも数百光年を一気に移動できる超能力者が、ごく僅かしか居ないという事。そして、どうやって超能力者を説得して船をテレポートしてもらうか? だ。これがどんなに厄介な問題か、分かるかい?」

 老人は、少女に問いかけた。


「う~ん、あたしにはよく分からないけれど……。その超能力者さんの機嫌が悪いと、『ジャンプ』してもらえないってことでしょう。それに、超能力を持っていたとしても、人間なんだからお食事をしたり、お風呂に入りたいと思うだろうし、時にはショッピングもしたくなるわよね。それを全て我慢して、定期的に船をテレポートしてくれるような『親切な超能力者さん』は、少ないかも知れないわ。というよりも、そんな奇特な人はいない、だろうってことかしら」


 少女の言葉を、老人は頷きながら聴いていた。まるで祖父が孫の話を聴くように。


「そうだな、茉莉香ちゃんは頭が良いな。そう……、超能力で船を『ジャンプ』させるのには、エスパーの気まぐれに付き合わなけりゃならない。これでは、安定した推進機関としては成り立たない。そこで、エトウ達三人は、考えた末に、とてもヒドイ事をしたんだ」

「ヒドイ、事?」

「そうだ、ヒドイ事だ……。彼らは、その超能力者を騙して眠らせると、彼の脳神経を手術で取り出して特別な容器に封入すると、薬品と電気刺激で人格を奪ってしまったんだ。そうして、エトウ達の言いなりになる生体部品として、超能力者の脳を組み込んだのが『ESPエンジン』なんだ」


 パイロットは、ここまで喋ると、「ほぅ」と息をついだ。

「そ、そんな。ヒドイよ、そんなの。超能力を持っていても、人間なんでしょう。いくら宇宙船を作るためだったとしても、勝手に脳を取り出されて、意志や人格を奪われるなんて……。誰にも、そんな事をする権利はないわ!」

 茉莉香は、声高にそう叫んだ。

「そうだな。とてもヒドイ事だ。でも、そうでもしなければ、光速を突破する宇宙船は開発できなかったんだよ。八人もの尊い犠牲の上に、人類は人口爆発に由来する危機を、やっとこさ乗り越えることが出来たんじゃ。それが、この百二十年の人間たちの歩みなんじゃよ」


 ここで、一瞬の静けさが辺りを覆った。


「ESPエンジンが、超能力者の脳を使っていることは分かりました。でも、それと茉莉香と何の関係があるのです。茉莉香は、テレポートなんかが出来る超能力者ではありません。普通の、女の子なんです!」

 母の由梨香が、問い正した。少し、声がキツイ。

「ESPエンジンの操縦は、テレパシーで行うのじゃよ」

 年老いたパイロットが答えた。

「え?」

 母は、最初、彼の言っている意味が分らなかった。

「テレパシー。それで、ESPエンジンを動かすんじゃ」

 彼女は、その意味するところを懸命に探ろうとしていた。

「テレパシーで? でも、茉莉香はテレパシー能力なんて持っていませんよ」

 由梨香は、強い口調で詰問した。

「皆さんは、身体のどこかしらに赤銅色のメタルバンドをつけていますよね」

 と、『保健衛生センター』の所長が口を挟んだ。話が唐突に変わったことで、由梨香は胸の中で動揺した。

「え、ええ。でも……、それがどうしたんです」

「そのメタルバンドは、超能力を抑制する装置なんです」

 今度は、航海長と名乗った男が応えた。

「これが……。じゃ、じゃあ、私もエスパーなんですか?」

 普段は気にもとめていないことに言及され、母の動揺は隠せないものとなった。

「そうです。ごく弱い力ですが」

「弱い超能力でも、その神経パルスがESPエンジンにとっては『雑音』になることがあるんです。それで、幼少時にESP検査を行って、徴候の見られた者は全員、そのメタルバンドを装着させてもらっています」

 『保健衛生センター』の所長が、説明をした。

「そ、それじゃ、茉莉香も超能力者なんですか。でも何故、茉莉香なんです。赤銅色のバンドをつけた者なら、ほかにも何百人以上も居るじゃないですか!」

 由梨香は、何か嫌な予感がしていた。それで、口調が荒くなっていた。


──どうして茉莉香なのか? それさえ突き崩せたら……。


 だが、そんな微かな抵抗は、無駄に終わる。

「それは、茉莉香さんがそのメタルバンドをつけていて尚『ジャンプ酔い』になったからです。茉莉香さんの超能力は、そのメタルバンドでは抑制できないほどに、力をつけてきているんです」

 所長は、そう解説を加えた。

「じゃ、じゃあ……、今日の検査は? まさか、茉莉香の超能力を測っていたのですか」

 茉莉香の母は、尚も食い下がった。そして、我知らず、その意味する無残な結末を自ら口にしてしまった。


「ま、まさか……。ま、茉莉香を、ESPエンジンにしてしまうんじゃないでしょうね。そうだわ、この()の頭を切り開いて、脳を取り出す気なのね。そんなヒドイことは、私が絶対にさせません」


 由梨香は興奮してそう言うと、隣に座っている茉莉香を庇うように抱きしめた。


「いや、そんなことはしません。確かに茉莉香さんは、超能力を抑制するメタルバンドをしても尚時空の繊細な歪みを感知するほどの超能力者です。ですが、ESPエンジンの中枢にするには、未だまだ力が足りないのです。ご安心して下さい」

 所長は説明したが、由梨香は、茉莉香を離そうとしなかった。その両の瞳は、しっかりと目の前の男達を捕らえていた。


「ちょっと、言葉が足りなかったようじゃのう。話には、まだ続きがあるんじゃよ」


 老パイロットは、低い声でそう言った。

「ESPエンジンを動かすには、テレパシー能力が必要なんだよ。薬物と電気刺激で自我を失わせることは出来たが、『細かい命令』を伝えるには、電気刺激では無理なんだ。そこで、超能力者が、テレパシーで命令(コマンド)を送ることにしたんだ。茉莉香ちゃんには、その『コマンドを送る役』をして欲しいんだよ」

 彼は、時々息を継ぎながら、そう言った。まるで、幼い子供を諭すように、由梨香に言って聞かせるようだった。

「ESPエンジンに命令を伝える。それが、パイロットの役割……」

 茉莉香が呟くように言った。

「ご覧の通り、わしももう歳じゃ。もう、先は長くないだろう。パイロットが居なくなってしまうと、ESPエンジンは動かせなくなる。わしには──いや、わしらには、もう時間がない。次のパイロットが、どうしても必要なんじゃよ。分かって下され」

「お母様にも分かりますよね。ギャラクシー77のESPエンジンが止まる(・・・)と言う事が何を意味するのか。そして、その事が、第一級の非常事態であることも」

 老パイロットに続いて、航海長も口を出してきた。船のメインスタッフにしては若く見えるが、航海長の言葉は、長い年月に渡って大宇宙を航海してきた古参の強者のように厳しかった。

「で、でも、茉莉香じゃなくても。そうよ、私も超能力者なんでしょう。訓練で超能力を強くすれば、私でもパイロットになれるんじゃないかしら」

 諦めきれない母は、必死にそう訴えた。

「お母さん……」

 母の腕の中で娘が、小さく呟いた。

「すいませんが、それは無理なんです。自我を消したと言っても、ESPエンジンにはそれぞれ個性があるんです。特別に選別した超能力者でなければ、ESPエンジンは同調してくれない。エンジンを操作できないのです」

 そう伝える所長は、額に汗を滲ませていた。

「えーっと、もし、あたしがパイロットになったら、どうなります?」

 茉莉香が老人に尋ねた。

「そうさな……。今までみたいに、自由に外を出歩くことは出来なくなるかな。一日の大半は、この部屋で過ごすんだ。そして、定刻がきたら『ジャンプ』を行う。まぁ、他にも色々としなけりゃならない事が増えてくるがね」

「学校の先生やお友達とは、会えなくなるの?」

「全然会えないってことはないが、今までみたいに毎日学校へ通ったり、お友達と遊ぶことは出来ないだろうね」

 と、老人はゆっくりと言葉を紡いだ。その声は、あくまでも優しく穏やかなものであったが、その内容は母の由梨香に到底受け入れられるものではなかった。

「そんな……。茉莉香は、まだ十六なんですよ。思春期の思い出も、世に出た時の経験も、これからなんですよ。まだ、こんな小さな娘に、それを全部捨てろって言うのですか!」

 由梨香は、泣きながら言葉を絞り出していた。

「あーっと、お母様がそんなに心配することはありません。大丈夫ですから。話したい時は映話も出来ますし、勉強の方は家庭教師をつけますから」

 センターの所長が、母をなだめるように、そう言った。

「違います! そんなんじゃダメなんです。分かっているんですか。この娘から、人生の大部分を奪うんですよ。そんな事が……、そんな事が、許されていいんですか!」

 由梨香は、涙声で叫んでいた。すると、パイロットが少し身体を起こして、こう言った。

「わしは、もう五十年以上、ここでパイロットをしてきた。出来れば、もっと経験を積んだ大人にやってもらえれば良いとは思ったさ。でも、緊急事態なんじゃよ。わしの次のパイロットが、どうしても必要なんだ。わしの生命は、もう残り少ない。わしの生命が尽きる前に、『パイロットとしての大事なこと』を、伝えなければならないんじゃ。すまん。分かって下され」

「そ、そんなぁ……」


 母は、茉莉香を抱きしめながら泣いていた。どうして自分の娘だけが、こんな理不尽な目に合わなければならないんだろうと。


 片親を亡くして、精一杯二人で生きてきた。これからも母娘二人で卒業式や成人式を祝って、やがて娘には恋人が出来て、自分の元を去っていく。それでも、まだ友達みたいな感覚の付き合いはあって。そして、自分は先に逝ってしまうだろうが、茉莉香は夫と家庭を持って幸せに暮らしていく。後の世代に生命をつないでいく。そんな些細で平凡な未来は、見事に砕かれたのだ。しかも、たった一回の『ジャンプ酔い』の所為で。

 これを、「船のためだ。ただ受け入れろ」と言うのは簡単だが、言われる側はたまったもんじゃない。



 母は、茉莉香を抱きしめると、いつまでも泣いていた。



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