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君の笑ったかおを見られるなら、僕はこの恋を握りつぶそう。

 

 眠る君は白に囲まれている。

 鳥の鳴き声を乗せた風が入って来る揺れるカーテンも、薬くさい部屋も、ベッドに入院着、頭や腕に巻かれた包帯も眩しいくらいの白で痛々しい。

 頭を撫でてあげられないや。ごめんね。

 ねえ。君が目を覚ますのを僕がどんな思いで待っていたか。君は知らないだろう?

 報せを聞いた時の事は覚えていない。駆け付けて包帯だらけの君を見た時には、胸がつぶれるかと思った。代われたらと思ったよ。

 枕元でひたすらに祈って、ようやく君が目を覚ました時には、体中が喜びでいっぱいだった。

 ――だぁれ?

 なんて言葉を聞くまでは。

 寝起きで、三日も眠っていて言葉を発するのを少し忘れてた喉はかすれておぼつかない声をこぼした。

 あの時は呼吸が一瞬止まったんじゃないかな。何を言われたのかわかんなかった。

 ――あなた、だあれ?

 パサついた唇が動く。冗談を言ってはくすくす笑う君から感情が消えていて。空っぽのビー玉みたいな目が僕を見る。

 冗談を言ってる目ではなかった。

 震える指でどうやらナースコールは押したらしい。医師と看護師が直ぐ駆け付けて来て、突っ立った僕をおしのける。

 診察と精密検査の結果、脳には異常が無かった。失った記憶は戻るかも知れないし、戻らないかも知れない。

 呆然としたが、衝撃が過ぎれば前向きになる。

 忘れられたのは悲しいが、一番辛いのは当事者の君だ。

 それに今までの関係をご破算にして、純粋にまっさらな目で見てもらえるのだ。

 もしかしたら、僕を選んでもらえるかも知れない。彼でなく。

 毎日そんな期待を抱いて彼女のところに通った。

 でも。駄目だったね。どうしてなんだろう。

 まぶたに口付けて「何にも、覚えてないくせに」と呟く声は、我ながら力無い。

 君をなじるつもりはない。ただ、ちょっとがっかりしただけだ。

 さっき帰った彼と話す君。

 ふわっと頬を染めて、眩しげに目を細めて笑ってたね。

 僕が来た事にも気付かない程楽しげに声を弾ませて、久しぶりにあんな笑顔を見たよ。立ち尽くして、それからそっとドアを閉めて。重い足を引きずり待合室まで戻って、しばらく時間を潰して来たんだ。花束を抱えて診察待ちの患者さん達に混じっていたから妙な注目を浴びたけど、そんなの構わなかった。彼に笑いかける君を見ているよりずっとマシだったから。

 ねえ。やり直してもやっぱり君は彼に恋をするんだね。

 一目惚れの瞬間なんて目撃したら、もう認めるしかないじゃないか。

 僕には君をそんな風に笑わせる事は出来ないし。

 彼も、君が好きなんだと思う。

 ほら、目は口ほどにものを言う、って言うじゃない。

 君がこうなって気付いたのか、それとも僕の目がくもってて今まで気付かなかったのかはわからないけど。

 なあんだ、二人とも両思いじゃないか。

 なら、僕のする事なんて決まってる。

 彼の背中を蹴っ飛ばして、君の背中をそっとおしてあげるだけだ。

 でも。

 ねえ。少し時間をくれない?

 少しだけ。後ちょっとしたらこの恋を手放すから。今だけ。

 泣いてもいいかな。

 苦しくてたまらない。

 でも、何はともあれ君は生きてて、君の恋は叶う。君の笑ったかおを見られるなら、僕はこの恋を握りつぶそう。


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