七夜刀と八夜刀の夜刀神戦争
トゥーナを一瞬で拐われた。
瞬身とまで言われたハヤトが、反応が遅れるような速度の一瞬、その場の誰もが何が起こったかわからなかった。
「くっそ…俺が見失う速度だと」
半年以上前線から遠のき、執務作業に追われていたせいで、ハヤトの戦いの勘というやつは、とことんと落ちていた。
その結果がいまの状況を招いた。
「パパ。嘆いてる暇はありませんよ」
ゼロナが学校から帰って来ていたらしい。この様子だと、すべての事情を聞いたようだ。
「私の両親はあとにも先にもパパと母様だけです。
早く取り戻してきてください」
まさか、娘に説教されるとは思わなかったが、おかげで元気が出てきた。
ハヤトは久しぶりに、忍装束に着替える。
「すぐに戻る。レーナの側にいろ」
「いってらっしゃい。パパ」
ハヤトは、雷が落ちると同時に、ゼロナの視界から消えた。
月と太陽の昇る地、ハヤトは聞いたことがあった。
その場所は、空間が歪んでおり、月と太陽が世界を中心に一直線上にある場合、ちょうど左右対称に見えるのだそうだ。
「口寄せの術」
ハヤトは、最初から全力のつもりで八咫烏を口寄せしておく。
烏は、走るハヤトの肩に、ふわりと飛び乗る。
激しい雨に当てられて、烏は羽が重たくなったのをいやに思ったのか、バタバタと羽を羽ばたかせる。
「主よ。今回ばかりは無傷というわけにはいかんだろう」
「知るか。こっちはうちの姫さん取られてんだよ」
烏はすでに敵の正体に気づいていた。
ハヤトも、気づいていながら、それを聞こうとはしなかった。聞いたところで、想像と同じ答えが返ってくると確信があったからだ。
あの超スピードで動ける生命体など、夜刀神しかない。
「見えてきた」
眩い白夜と、暗い日食が入り交じったような不思議な空間。
大地も歪み、ところどころ砕けている。
と、空からいくつもの棒状のものが飛来してきた。
ハヤトは、俊敏な動きで、棒と棒の隙間を逃げ回る。
「さすが、よく逃げる」
ハヤトは聞き覚えのある声を感じて、声のした方向に向かって、クナイを投げつけた。
クナイは、聞き覚えのある声の主のローブを掠める。
そして露になったその顔は、ハヤトが一度合まみえた顔だった。
「ヴォイス…いや、七夜刀」
「久しいな八夜刀、それに烏」
前とはしゃべり方が違う。前回の道化のようなしゃべりではなく、殺気を帯びた殺し屋のそれと近い。
「今まで消息を絶っていた男が、現世に何の用だ」
「簡単な話だ。戦王と呼ばれた男、弐夜刀は死んだ。これがどういうことか、烏、お前ならわかるだろう」
いま、夜刀神同士の神の座争いは、七夜刀と八夜刀しかいない。
つまり、二人で戦い、勝ったものが次の夜刀神となるのだ。
烏は、ここまでの狡猾さに、嘴で歯噛みした。
待っていたのだ、この一対一になる状況を五百年も。
「というわけでだ八夜刀、俺とお前で夜刀神の戦いに終止符を討とうぜってわけだ」
「そんなことはどうでもいい、トゥーナをどこにやった」
ハヤトの覇気だけで、ハヤトの周囲の地面が崩壊する。
怒りは最高潮に達していた。
(ここまでの覇気を放つか…やはりあの女を連れてきたのは正解だった)
「お前の女はあそこだ」
指差すは空に浮かぶ鳥籠。
その中に、トゥーナは幽閉されていた。
ちゃんと生きているようで、心配そうに見つめる顔が見える。
「ぶっ殺す」
「こいよ八番目」
八夜刀と七夜刀の、刀と鎌が、火花を散らしながらぶつかった。




