戦場に咲く友情のブルース
ドワーフの大男が、テーブルを拳一つで粉々にする。
ハヤトはテーブルの破片が、後ろのトゥーナたちに飛ばないように、さらに細かく粉砕する。
「ラドルフ殿乱心されたか!!」
妖精族のロリっぽい族長が声をあげる。
「いい加減グダグダと俺らを挑発するのを止めろ人間。俺たちの拳で語り合おうじゃねえか」
「じゃあお言葉に甘えて…」
ラドルフの視界から、突如ハヤトが消える。
もちろん本当に消えたわけではない。文字通りに視界から消えたのだ。
ラドルフの2mを越す身長ならば、ハヤトが本気のスピードで視界から外れたところまで姿勢を低くすれば、消えたように見える。
これはハヤト並のスピードを持っているからこそできる芸当である。
まずは一発、ラドルフのどてっぱらに目掛けて拳を放…。
「水龍よ」
エルフの族長が、横槍を入れる魔法を放つ。
魔法は最大スピードのハヤトに当たるほど速く、ハヤトは壁に向かって吹き飛ばされる。
ハヤトは脆い木の壁に横から殴られたように飛ばされる。
「許せよラドルフ殿、これでも候は怒っている。
エルフは人間に虐げられた。それでも人は忘れて不遜な態度をとる」
エルフの族長は二発目を撃とうと、杖に魔力をこめる。
「休憩時間終了」
パキッと音がして、エルフの杖は二つに折れた。
同時に、ハヤトの刀がエルフの顔に傷をつける。
「…っつ!!」
「お前らは、傷ついたから逃げた。
トゥーナは、傷ついても自分を曲げなかった。
その時点で、お前らが何かを導こうなんて無理な話だったんだよ」
「貴様が誉れあるエルフを語るなっ!!下等種族がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
エルフの族長は激怒に咆哮する。
すると激怒を形にするように、エルフの族長の周りが火の海と化し、さらに会談場に燃え広がり始めた。
「これは…」
「ここから出なければ焼け死にますな」
猫人の族長と、妖精の族長が口を合わせてそう言ったのが不意に聞こえた。
ハヤトの心配は二人の安全。
あとで多少怒られるのを覚悟で、水遁の術を構える。
「無駄だ人間。この紅蓮の焔は候の怒りだ、消えることはない」
「ハラルド殿は我らと心中なさるつもりかっ!!」
妖精の族長が身の危険を感じて声をあげる。
答えはない。どうやらここでまとめてやってしまおうということらしい。
(ちょっと全員巻き込まれてもらうぜ)
ハヤトは水遁の術を解いてはなかった。この燃え盛る会場内にいる者すべてが被害を被るのを承知で、全力で発動した。
  
「水遁・大水瀑布の術」
ハヤトを中心に、滝から流れ落ちたように水が溢れてくる。
燃え盛る会場のなかに、風呂に湯を張るようにみるみる水が溢れてさながら洪水のようである。
さらに質の悪いことに、渦潮が巻いているので巻き込まれた者は、揃ってぐるぐると渦に飲み込まれた。
そして会場を焼く炎は、徐々に小さくなり消えていった。
当然木造なので、焼いて急に水をかければ脆くなり建物自体は倒壊してしまった。
ハヤトはトゥーナたちを連れて、すぐに脱出する。
ハヤトが脱出したところで、ちょうど崩れた。
間一髪だったと肝が冷える思いだった。
そして他の族長たちはといえば、ドワーフの族長が身を呈して他の族長を守っていた。
こういうところから察するに、根はいい人なのだ。
「ハヤトあとでわかってるよね?」
巻き込まれたことをかなり怒っているらしい。笑いながら、頬がピクピクとつり上がっている。
あとが怖いが、今は目の前を片付けなければいけない。
「候の魔法が人間ごときに…」
エルフは魔法を使うことのできる上位種、人間よりも遥か高次に位置する。古来よりそう教えられてきた。
それが目の前で崩れ去ったことがショックで、足がガクガクと震えてきた。
本能的に、ハヤトに勝てないと思った体が恐怖しだしたのだろう。
(候が恐怖するなど…)
幼いながら族長として、エルフをまとめてきた。
恐怖することなど何一つなかった。
だからこそ今人生初の殺されるということに対して、恐怖したのだ。
「候の敗けだ。好きにするといい」
「じゃあここにいる全員に俺からある提案がある。
お前ら全員同盟を組め」
そこにいるハヤト以外の全員が、声もでないくらいに驚き、何人かは頭に血を上らせた。
「おい人間それは本気で言ってるのか?」
ハラルドは、恐る恐る聞く。
今までいがみ合っていた相手と同盟など考えられないことであった。
なにせそれぞれ我が強すぎて纏まらない。同盟という案が出なかったのは、それが原因である。
驚きが収まらない面々に対して、さらにハヤトは続ける。
「それで一回でいい。トゥーナを信じて全部任せてくれ」
「お前は責任をその女に丸投げするということか?」
「俺はあくまで補佐だ。こいつの世界平和なんて甘ったるい夢のな」
最初からハヤトはこうするつもりだった。
世界を平和しようとしてるトゥーナなら他の種族だって纏められる。
だから自分が補佐に回ろうと。
「色々悩むこともあると思う。だが頼む一回でいい人間を、トゥーナを信じてくれ」
「一つ聞かせろ。お前はなぜそいつならと思う」
「俺が信じるのは自分の家族だけだ」
一見すればただの家族愛だが、今のハヤトが言うと説得力があった。
まっすぐにトゥーナだけを信じているのがよくわかったからだ。
「候は悲しいぞ。まさかそんなものに負けるなど民に言い訳しようがない。
負けは負けだ候はお前たち二人を信じよう」
ハラルドの言葉に他の族長も納得して次々に、同意の手をあげる中、一人納得のいっていない者が。
竜人の族長レシウスである。
彼は幼少のころ、親兄弟を人間に殺された過去を持ち、人間を憎む心は誰よりも強い。
そんな彼は、ハヤトと同盟を組もうとする彼らが許せなかったのだ。
「てめえらそれでいいのか!奴ら人間は俺たちに何をした?忘れたわけじゃねえだろ!」
同胞を失った痛みはここにいる何人かは経験している。
血の涙を飲んで、種族間戦争になることだけは避けた。
「私はトゥーナちゃんとその人…名前なんだっけ?」
そういえば名乗ってなかったような…。それにしたって決めるとこ決めようぜ族長さん。
ハヤトは「ハヤトだ」と短く返す。
「トゥーナちゃんとハヤトくんを信じてみようと思うんだよね。これは種族の族長としての意見」
という猫人の族長。名前はシャーロットという。
彼女も若くして族長となった口だが、頭はキレる方である。
彼女もまた、人さらいにあい奴隷にされかけた過去を持つ。
「シャーロット。お前は俺と同じ意見だと思っていたんだがな」
「確かに色々思い出したくないような思い出はあるよ。でも人間全部悪い人しかいない訳じゃないって知ってるよ?
だってトゥーナちゃんは親友だし、人さらいにあったときは助けてくれたりしたし、いっぱい怒って泣いて悪くもないのに謝ってたよ」
トゥーナは照れくさいのか、過去のことを引き出しにされて恥ずかしいのか、顔を隠すように俯いている。
「私はトゥーナちゃんを信じるし、トゥーナちゃんを信じるハヤトくんを信じるよ」
いまのこの言葉が何よりも助かった。
「ちっ…てめえらも同じ意見なんだな。もういい全部壊してやる」
レシウスの体が変化し、元の姿とは比較にもならない巨龍へと変貌する。
太陽をも隠すその巨大さが、竜人本来の雄大な自然を飛び回る姿を彷彿とさせる。
「平和的にいこうぜって言ってやってるのに余計なことしやがって」
ハヤトは指を噛みきり、自分の血を媒介に口寄せを行う。
「口寄せの術・出でよ朧」
ハヤトが地面に口寄せの契約陣を描くと、そこから煙とともにレシウスほどではないが、巨躯を誇る龍が現れる。
「おーおートカゲが空を飛んでやがる」
「いけるか?」
「誰に言ってやがる、さっさと乗れ。飯の最中に呼ばれてイライラしてるんでな」
ハヤトは心のなかで謝っておいた。口に出したら愚痴を言われそうで敵わなかった。
「ハヤト!」
トゥーナちゃんが心配そうな目でこっちを見ている。
「大丈夫だ、絶対あいつとわかりあってくる。戻ったら愚痴くらい聞いてやる」
ハヤトは朧に飛び乗り、空高く飛翔する。
二頭の龍は、互いにぶつかりながら制空権を奪い合う。
下からでは見えなくなるくらいまで飛び上がったところで、二頭の龍は向かい合い炎をぶつける。
互いが互いの炎を焼きつくそうとばかりに、炎は熱く燃え上がる。
「トカゲがやるじゃねえか」
「俺の炎は灼熱。てめえごときにやられるかよ」
借りにも族長を名乗るだけの実力はあるようだ。
「ところで人間。お前はこないのか?」
「俺は話し合いにきたんだが?」
「思い通りに行かなきゃ実力行使だろうがよ!!」
レシウスは翼をたたみ、弾丸のごとく突撃する。
レシウスの体躯は朧の何倍もあるので、一撃避けるだけでかなりの体力を消耗する。
「あの野郎小賢しい真似を…」
「朧、俺をあいつの上に落とせ」
朧はなにかを察してくれたらしい。
なにも言わずに従ってくれた。
そしてハヤトは目を閉じ、自分のなかの夜刀神の力を呼び起こす。
黒い袴。そして現れる黒い日本刀。
「我は八番目の夜刀神八夜刀なり。森羅万象を斬る夜叉なり」
ハヤトはすでに、意識的に夜刀神の力を呼び起こすことに成功していた。
ハヤトはレシウスの真上に飛び降り、拳を振り上げ、レシウスの背中に大砲並の正拳突きを当てる。
背中のダメージに、態勢を崩したレシウスに対して、ハヤトはさらにもう一撃を加える。
ここで耐えきれなくなったレシウスは、地面への落下を余儀なくされる。
下の町を壊さないように、ちゃんと外れまで誘導してある。
落ちた巨龍は、街の外れに大きなクレーターをつくる。
そして巨龍は、竜人の姿に戻る。
竜人は巨龍に変わるが、こっちの姿が本来なのだ。
朧がトカゲと揶揄していたのはそういうことである。
「俺の負けだ。殺せ」
「殺さねぇって。ただ友達になろうぜって話だ」
「馬鹿げてる。竜人と人間がダチだぁ?無理に決まってんだろ」
「猫人と人間がなれんだから竜人となったっていいだろ?」
「てめえはとんだアホだな」
「アホだっていたら楽しいもんだとおもうけどな」
「違いねえ。わかったこれ一回だけだ、手を組んでやる」
互いの手を握り、種族間の同盟締結は無事に事なきを得た。
 




