貫く刃
ハヤトが戦王と激しい戦いを繰り広げている同時刻。トューナは消えたフローラを探して敷地内を歩き回っていた。
向こうで戦う天狗、そしてフローラたちの戦いで城はかなりダメージを受けてしまった。戻ったときには修繕させなければ、そういえばハヤトはどこだろう。
言いたいことは山ほどあるのに昨日から会っていない気がする。
会いたい。
そう思えば思うほどにトューナは胸が熱くなる。
そうこれが噂に聞く恋なのだ。
トューナは初めて恋をしていることに気づいた。
「ハヤト…」
愛する人の名前を呟く。
呼んで来るはずがない。
その時、別の探し物が見つかった。
「フローラっ!!」
トューナの視界に、ボロボロの様子で横たわるフローラの姿が見えた。
トューナはフローラの元へと全力で駆け寄る。
「申し訳ありません…姫様…」
消え入りそうな声を絞り出す。
ひどく衰弱しているのがわかった。
「フローラっ!!何があったのよ!!?」
「少し下手を打ちました…。大丈夫です…すぐに立って見せます」
それは見え見えの強がりだ。トューナで無くとも誰だってわかる。
だからこそ敢えて何も言わなかった。
そして、先ほどから竜巻と爆発の続く場所に顔を向ける。
その表情からは何かとんでもない覚悟が感じられた。
フローラも長年いっしょにいるので、考えていることくらい表情でわかる。
「いけません姫様…ハヤト様は貴女様に危険が及ぶこと…望んではいません」
トューナはハヤトのところに行こうとしている。
危険なことなど言うまでもない。
止めなければ武器もない丸腰のトューナなど格好の的でしかない。
「それでも行きたいの!お願い行かせて」
「なりません。姫の安全こそメイドの最優先事項です」
どちらも退く気はない。
親子であるがゆえに、頑固がぶつかっているだけかもしれないが。
「もういい!勝手に行くわ!!」
フローラの静止を強引に振り切ってトューナはハヤトの元へとひた走る。
「姫様っ!!」
この動かない体が憎い。大事なときに自分の主君いや娘を護れないこの体が憎い。
「衛兵っ!!早く姫様を連れ戻しなさいっ!!」
今は衛兵を怒鳴り散らして走って追わせることしかできない。
「トューナ…」
我が子の名前を初めて口にした気がした。
思えば今まで姫としてのトューナとしか向き合ってこなかった。
今初めてトューナを娘と見ることができる。
それが行ってしまったあとというのは皮肉な話だが。
ハヤトは戦王に力での勝負を挑んだ。
ハヤトの持ち味は速い斬撃だが、それを捨てて相手な土俵に立った。
嘗めているわけではない、戦王は今まで戦った中でも最強だ。だからこそ最強に対して小手先の技など通じるはずがない。
一気に剛力で押しきる短期決戦が最適だ。
「ゼアァァァァッ!!」
ハヤトの剣が白の軌跡を描く。
戦王の剣も同じように軌跡を描いて、剣同士が火花を散らしてぶつかる。
そして二人を中心にして地面が裂けた。
一度飛び退いて再び跳んで斬りかかる。
「いいぞハヤトォッ!!もっとだ!!もっと我を楽しませろォッ!!」
「くそったれがぁっ!!」
ハヤトは刀を一振りするたびに、体中から血が飛び散る。
それがこの力の代償なのだ。
しかもあまり時間はない。
ハヤトは速い刀の一振りで、空気を叩いて空気の斬撃を作り出す。
今の剛力あってこその技である。
この刃は戦王であっても止めることはできない。
「甘いわぁッ!!」
戦王も高速の一振りで空気の斬撃を作り出す。
空気と空気が交わり、中和して斬撃は元の空気へと帰る。
「どうしたこんなものか」
(やべぇ…目が霞んできた。右腕の感覚もないな)
これまでの出血の量を考えれば当然の現象だ。
むしろここまで動けたことが奇跡に近いのだ。
「ふぅむ...来ぬというのはなにか狙っておるのか?」
そんなわけないだろと、アホみたいに首を傾げて考える戦王に叫びたかった。
しかし、戦王はボケでもなんでもなく戦いの常識として言っているのだ。
「貴様が来ぬのなら我も試したいことがあるのでな。少々付き合ってもらうぞ」
戦王はいきなり手で印を結び始めた。
これは陰陽道と呼ばれる降霊術や占星術の類であるが、その実超能力の類としても名のある儀式だった。
時代とともに、人が武器を取るようになってからこれを使うのは平安時代にその礎を築いた安倍晴明の血筋かその親派くらいのものである。
「さぁハヤト。お前も我と同類だこれを見事躱して見せよ」
突然空が真っ暗に変わる。
なにが起こったのか空を見上げてハヤトは言葉を失った。
空を覆い尽くすほどの巨大な岩がハヤトめがけて落下してきているのだ。
「マジかよ...化物どころじゃねえな」
これはもう神の域に到達するものの所業だ。
これではどこに逃げたところで意味はない。
「終石。これから逃れる術はほぼないだろうな」
ハヤトはすぐに頭のなかでどうやって逃げ切れるかを考える。
地面に潜る。これだけの大きさだ地面にめり込んで地面ごとぺしゃんこにされることだろう。
走って逃げる。今から逃げても到底間に合わない。
となると、選択肢はひとつ。至近距離での火遁による内部から岩を崩壊させる。
それにはまず空を飛ばなければならない。
手段は三つ。向こうのほうにいる天狗をこちらに呼ぶ。これは距離が離れているため現実的でない。
残るは朧を口寄せするか三千の烏を口寄せするに限られたわけだが、これは後者のほうが圧倒的に優先されるだろう。
今は大人しく隕石を眺めている戦王がなにもしてこない可能性はないとはいえない。
それならば、数を散らされても飛ぶことのできる方を選ぶべきだ。
「口寄せの術」
ハヤトの周囲に烏の群れが現れる。
それは黒いカーテンのようだった。
「今すぐ俺をあそこまで運んでくれ」
烏たちがそれぞれ繋がり、一匹の巨大な鳥の形をつくる。これは燕の渡りをするときの習性と通ずるものがある。
これで天敵から身を守るのだ。
ハヤトはその群れに掴まれて岩へと連れて行かれる。
高度を増すに連れて、その巨大さは視界を埋め尽くすどころか押し付けられるような感覚を覚える。
「火遁・菊花」
ハヤトから放たれた圧縮した火薬玉は、まっすぐに岩へと飛んでいきそのまま中心へと突き進み、中から大爆発を引き起こした。
中核を失った岩は崩壊し、分裂していく。
「いくぞこのまま」
ハヤトはこの岩によって身を隠す場所ができた好機を無駄にはしない。
烏に乗って戦王目掛けて岩の後ろを通りながら接近する。
「ぜやあぁぁぁッ!!」
ついにハヤトの刀が戦王の体を切り裂く。
そしてハヤトは後ろに着地し、二度目の攻撃のために振り返った。そのときだった。
____ドスッ。
何が起こったかわからなかった。
胸にあるこれはなんだろうそれすらもわからない。
自分の手で触れてそれで初めてわかった。自分は今胸を刺し貫かれたのだと。
ゆっくりと崩れ落ちるようにハヤトは地面に倒れる。
「よくやった。よくぞ我の体に傷をつけたことは褒めてやるぞ八夜刀」
戦王は自分の体に傷をつけた相手に憤慨することなく、逆に賛辞を送った。
それは闘った相手への礼儀のつもりだった。結局立っていたのは自分だったが。
そのとき、遠くの方からなにか聞こえた。
なにやら叫び声のようにも聞こえる。振り返ってみると女が一人でこんなところで叫んでいるではないか。
五月蝿いな殺してしまおう。
戦王は有無も言わずに刀をひと振りした。
その空気の刃は女に向かうが、それが届くことはなかった。
その場に現れた第三者に止められたからだ。そしてその顔は戦王にも見覚えがあった。
「伍夜刀...貴様か」
それは戦場においても執事の格好のスクレールだった。
久々の投稿です。
ご無沙汰でストーリー飛びかけてヤバかったです。これから少しずつ更新します。




