戦王の亡霊
追い詰められたクオは鍵を自ら砕いた。
あれだけ守っていたものをあっさりと砕いたのだ。
目の前でこの男がしたことをハヤトは理解することができなかった。
「お前...一体何を...」
「これでいい。これこそが戦王召喚の儀式だ」
この言葉はさらに意味のわからなさを加速させる。
ただ壊すことが儀式だというのなら、わざわざ台座を用意する必要はない。
むしろ奪った時点で壊すべきだった。
「どうやらこの数瞬の間にお前に聞くことが出来すぎた」
「君が聞くことなど何もない、これより戦王は復活する。ただそれだけだ」
「なぜだ。鍵はお前がたった今壊しただろ」
「鍵は鍵ではなく、戦王そのものだったのさ」
いつの間にかクオがハヤトの後ろに回り込んでいる。
今刃を突きつけているクオを見ると、砂山が崩れるようにボロボロと崩れて灰へと変わっている。
腐ってもエルフ、魔法の類だろう。
「ますます訳わかんなくなってきたな」
「ある一説には、戦王は魔法とは違う秘術を用いたと言われる。
つまりあの結晶は、戦王の秘術によって生み出された戦王自身とは思わないか?」
ということは、鍵に関わったものは全員大きな勘違いをしていたことになる。
鍵で戦王の封印を解くのではなく、鍵が戦王自身でなんらかの理由により自身を閉じ込めていて、壊すことでそれが解放されるというのが正しかったのだ。
それを全員で守って奪い合って実に滑稽な話に聞こえる。
世界を嘲笑うかのようなシステムに、自分たちは無駄だったと膝を落とすしかない。
しかし疑問がひとつ、その戦王というのが一向に現れないのだ。
「おい、戦王はどこから来る」
「さぁね、それより臭い芝居まで演じたんだ。僕とも殺ろうよ」
ハヤトは改めてクオに向き直る。
そして鋒をまっすぐにクオの首に据える。
「腐ってるな、誰もが共存できる世界を作ろうとしてるやつのセリフじゃねえな。
それなら、うちの馬鹿のほうがマシだぜ」
真横で聞いていたならおそらく憤慨してブリューナクを振り回していたであろうが、今はいないので鬼の居ぬ間になんたらである。
「トゥーナ姫か...彼女のような思想を持つことはできない。
君たちが人間である限り」
あれっ?今馬鹿って言って通じた?
ハヤトの関心は話の本筋とは違う場所に行っていた。
顔に出していないので、気づかれてはいないが。
「わかんねえやつだな...お前らが人だエルフだって区別するから、差別されんだろうがっ!!」
ハヤトが顎に強烈なアッパーを入れる。
だが、そのアッパーをいれたクオも灰のように崩れ落ちる。
偽物だったようだ。
「チッ」
「こっちだよ」
クオはその数歩後ろにいた。
続けての追撃、クナイと手裏剣で広範囲の攻撃。
避けた先にまで攻撃するつもりだが、どこに出てくるのかわからない以上は広範囲への攻撃も無駄に終わる。
懸念したとおりに避けた先はクナイの及んでいない場所、どうやらどこにでも出ることができるようだ。
「そんなことで僕に当てられるかな?」
「野郎...」
ハヤトは一か八かの賭けに出ることにした
このままでは、何をしても常になかったことにされる。
だったらその魔法を使う前に攻撃を当てればいい。
なによりも迅く。
迅く攻撃を当てる。
ハヤトは足にぐっと力を込める。
そして地面を一気に蹴り出しての跳躍にも似た高速移動、瞬きの間に間合いを詰める。
そのままクナイを右から斜めに振り下ろす。
確かな手応え。攻撃は確かに当たった。
しかし、クオの体は灰へと変わる。
「やってくれたな...」
その肩には切りつけられた跡がちゃんと残っている。
クオの移動の正体は、ただ高速で移動しているだけだ。
そして、その動いたあとに灰でできた自分のダミーをおくことであたかも自分への攻撃は灰に攻撃しているだけと、敵に認識させることができる。
「どうしたぁ?動きがに鈍いぜエルフさんよぉ」
「くそぉっ!!」
『力を貸してやろうか』
クオの脳内になにかが語りかける。
すると、突然クオが頭を抑えて苦しみだした。
「なんだ!?」
「グアァァァァ!!!」
『自分自身を解放しろ、そうすれば貴様の望み程度なら容易く叶えてやろう』
次の瞬間、クオの体に異変が起こる。
突如として、体に黒い瘴気のようなものを身に纏い、腰にはいままでなかった刀が二本刺さっている。
『ふむ、他人のからだとはいえ現し世は気分がいい』
明らかに先程までと口調が違う。
まるでなにかがとり憑いたようだ。
『さて、この体をいただく前に、貴様は誰だ?』
「お前こそ誰だ?明らかにキャラ変わってんぜ」
ハヤトの額から冷や汗が垂れる。
先ほどのクオからは感じない濃密な威圧感と殺気をこのクオからは感じる。
自分と互角かそれ以上とみた相手との対峙に、緊張感は最高潮にまで達している。
『我か?先に名乗らぬとは無礼なやつだが、まぁよかろう。
なにせ五百年ぶりだ。
我が名は戦王、戦場の王』
「そうか、お前が戦王か」
覚悟はしていた、復活と聞いていたので戦わなければと、だがいざ目の前にすると足を退いてしまいたくなる。
押し返すような近づき難い威圧感、そこにいるということだけで意識しなくても、無理やり意識させられる圧倒的な存在感。
この男はたとえ亡霊であってもそれだけの存在であるのだ。
『さて小僧。我の興を注ぐがよいわ』
「全力で終わらせる」
『行くぞっ!!』




