強烈な追い風
ハヤトが放ったクナイは、敵の足元に持ち手だけを残して突き刺さる。
それを見た行軍が、恐怖で足が少々止まる。
武装しているとはいえ、敵は一般人、死ぬような危険にさらされることが、ハヤトや国の兵士などと比べると段違いだ。
慣れていない命の危機に、普通なら足が竦む。
だが、そこをつかないハヤトではない。
「天狗っ!!一般人は殺すなよ。あくまでリーダー格だけを狙え、軽い反撃程度は許す」
「了解しやしたっ。風神乱舞の形・花吹雪」
天狗は持っていた団扇(芭蕉扇という、西遊記に登場する金角・銀角の持つ宝具のひとつ、太上老君の八卦炉の炎を煽ぐためのもの。
一つ煽げば、人が八万四千里も吹き飛ばされるか火山の大火が消え、二つ煽げば、さらに風が吹き、三つ煽げば雨をも降らせると言われる)を二度煽ぐ。
すると、嵐や暴風では形容しようもないような、強烈な風が吹き荒れる。
その風に巻かれて数万の人が八万四千里も散り散りに飛ばされる。
ハヤトは本当にわかってりるのかこいつ?と疑いの目を向けるが、別に命令無視でもないので、まあいいかと今は放置しておくことにする。
そういうハヤトの前にも敵は現れる。ハヤトは初めから刀を抜かずに、すばやい動きで敵の急所を的確に殴って無力化していく。
医学を学んだことで、急所の位置はばっちりわかる。
徐々に数が減ってくる。
だが、天狗がいくら風を起こそうが敵は次々と後ろから後ろから出てくる。
これではキリがない。ハヤトたちにはタイムリミットである戦王の復活がある。
無駄に時間稼ぎに時間をとられるわけには行かなかった。
(しょうがねぇ...)
「口寄せの術」
ハヤトは、三千のカラス以外に使役する、もう一つの戦力を口寄せする。
「出でよ朧」
煙と共に、巨躯を誇る龍が現れる。
ハヤトの使役する龍、朧だ。
「ハヤトこれは何事だ」
朧はまず目の前の状況に対しての説明を求める。
無理からぬことだった。
目の前に広がる、無数の武装した人間と、空を埋め尽くす三千羽の烏にハヤトと天狗が相対しているのだから。
「事情は後で話すっ。とりあえず飛んでくれ」
「了解したっ!!」
朧は長い巨躯の体をうねらせて、上昇を始める。ハヤトもその背中に飛び乗る。
「目指すは敵の大将だ」
「飛ばすぞっ!!!」
朧は恐ろしい速度で大軍の真上を通り過ぎていく、その様子にあっけにとられたものたちは、次の瞬間天狗の団扇で飛ばされていたが。
「烏天狗、いざ参る」
天狗は芭蕉扇を一度煽ぎ、燃え盛る大火を吹き起こす。
その大火は、強風に煽られてさらに大きな炎として燃え盛る。
「踊るがよいぞカッカッカッカッ!!!!」
ハヤトに言われたことなど守る気はないようだ。
火を見て一般人が逃げるので、結果的には変わらないのだが。
その頃ハヤトは...
「朧急いでくれ」
「わかっているっ!!」
そのとき、後ろから強烈な熱風が吹き抜けてくる。
(あの野郎...)
ハヤトは芭蕉扇がなんであるかもわかっていたので、すぐに犯人が天狗であることがわかった。
多分あいつを怒っても同じことの繰り返しであるだろうと見切りをつけた。
「ハヤト!見えたぞあいつらだ」
目の前の眼下に、何かの祭壇に固まっている一団が。
その周りを、ざっと六十人くらいの護衛が張りついている。
「どうする?」
「あれは止めなきゃならない。行くぞ突撃っ!!」
「承知っ!!」
朧は、巨躯の体を祭壇に向けて、一直線に放たれた槍のように突撃する。
だが、祭壇にはなにか結界のようなものが張ってあって、朧はそれによって弾かれる。
「なんだありゃあ」
「君がハヤトか」
と、リーダー格らしきものは、ハヤトと年も変わらない青年。であったが、人間では無かった。
尖った耳に、色白の肌に高い鼻。彼はエルフだった。
「俺のことを知ってるとはな。光栄だな」
「知っている。そこの龍は朧というんだったね」
淡々と本の内容を音読するように、話す少年は少々不気味さを感じさせる。それに両脇に控える仲間たちもだ。
一人は人間にしてはかなり大きな体、おそらくは巨人族だろう。
もう一人は、明らかにつけ耳かと疑うような獣のような耳に尻尾とどこから見ても獣人だった。
「こちらばかり色々知っていては不公平だから、こっちの情報も教えようか」
相手の口から不公平とかそういう言葉がでるとは思わなかったので、ハヤトは意外そうな顔をする。
「僕の名前はクオ、左にいるデカイのがザガ、右のがレイオ」
「自己紹介どうも、じゃあひとつ質問だ。お前らは戦王を使って何をしようとしている?」
「世界の再構成」
再構成、戦王はただ戦いが強いだけの男だと聞くが、それで、それだけで本当に世界が変わるのだろうか。
それはただの構築ではなく破壊ではないのか。
「お前らそれ間違ってないか?」
「間違ってなどいない、間違っているものか。人もエルフも獣人も巨人も皆が共存できる世界のためには、まず腐った人間どもを駆逐しなければならない。
、まずはそのための手ごまとして最強の戦王を手に入れる」
これも人が起こしてきた人種差別の産物だろう。
だが、それによって苦しむ人がいる以上はハヤトも引き下がるわけには行かなかった。
「絶対に阻止してみせる。戦王だけはこの世に出しちゃなんねぇっ!!」
「やってみろ。格の違いを見せてやる、下等種族」
 




