奪われた鍵
「痛って...あのやろ~本気で殴ることはねえだろ」
ハヤトの頬には真っ赤なもみじが出来上がっていた。
トゥーナに理不尽にも殴られたときのものだ。
「お疲れ様です」
となにやら飲み物をもってきたのは、主犯格のフローラ。
フローラが余計なことをしなければ、ハヤトも殴られることはなかったのだ。
「まったくお疲れだよ」
皮肉がこもった返事を返すと、「あらあら」とか特に悪びれるわけでもなく、ただ笑顔だった。
「あんた相当悪趣味してるよ」
「きゃ~!!褒められたわ」
「褒めてないし、きゃ~はないからその年で!!」
なんだかこのフローラを前にすると、それこそ年の功か、上手い具合に手玉に取られている気がする。
「はぁ...なんか疲れた」
「私はぴんぴんしておりますよ」
「そりゃあな」
ため息の代わりのように呟く。
もはや突っ込む気力すらない。
「姫様は昔から、仲の良い友人や年の近い子供と出会ったことがなく、いつも一人でいらっしゃいました。
だから今が一番楽しいのでしょうね」
年の近しいハヤトだからこそ気兼ねなく話すことができる。
そういう友や、友でなくても誰かが欲しかっただけなのだという。
本当に寂しがりの姫である。
「ところであいつはなんで俺に泊まれって言ったんだ?」
ハヤトは、トゥーナが何を思っていたのかなんて、まったく知らない。
傍からするとただの鈍感男であるのだが。
「馬鹿な人、なんでもないと思いますよ。ただ警護のためと」
敢えて言わずに口を濁しておいた。やはり、自分の口から言わせるのが妥当だと考えたからだ。
ハヤトの方は『?』を浮かべて、なんのことかさっぱりという顔をしているが。
「さて、あと一時間ですね」
交代の時間まであと一時間となっていた。
交代しなくてもずっと座っているだけなので、暇であることを除けば別につらいことはない。
「そうだな...」
「お部屋の用意はしてありますので」
ハヤトはこのときかなり疑いの目を向けていた。
確かに、今特に何かを考えている顔はしていないが、これがもしポーカーフェイスで、実は部屋にはまた何かのドッキリじみたものがあるかもしれない。
実際先ほど一回やられたので、さらに慎重になる。
「あらら、信用はないようですね」
これで信用するのはせいぜいトゥーナレベルの人間信者ぐらいのものだろう。
「では先に言っておきましょうか、別に何もしてませんよ部屋自体には」
部屋以外になにかしたという事か。
ハヤトは考えうる限りの可能性をすべて計算するが、まったく答えが見つからない。
「それではゆっくりとなさってください」
これでゆっくりできるならたいしたものだが、残念ながらハヤトにそんな気概はなかった。
そしてやってきた一時間後...。
「交代です」
「オーケー、頼んだぜ」
交代の見張り番がやってくる。
ハヤトは見張りを任せて、問題の部屋へとゆっくり歩を進める。
「入るぞ...」
自分に向かっての自己暗示だ。
そして突入した。
すると確かにそこには何もなかった。
キレイなベッドがあるだけで、何か特別なものがあるわけでもない。
「なるほど、確かにな」
見たところ何もない、くまなく探しても同じだ。
ならばとハヤトは、天井に張り付いて寝ることにした。
これで何が来ても大丈夫だろう。
そして代わりにベッドには影分身のハヤトを入れておく。
ハヤトが眠ってからしばらくすると、何者かが部屋に入ってくる。
暗闇の中、目を凝らすとそれはトゥーナだ。
この部屋にベッドは一つしかなく、何もしらないトゥーナは寝ぼけた目で、ハヤトがいるベッドへと潜り込んだ。
「なるほど...危なかったな」
影分身でよかったと本気で思った。今影分身を消したところ、トゥーナの柔らかい感触が、全身に伝わってきたからである。
「さて、俺もやっと寝れる」
ハヤトはそのまま眠りについた。
その頃、鍵の安置室...
「へへ、意外とちょろかったな」
「馬鹿っ声出すなよ、バレんだろ」
「悪い...」
部屋には男が二人侵入していた。
それは先ほどの兵士である。
いつの間にか入れ替わっていたようで、ハヤトが居なくなった隙を狙って、犯行に及んだと見るのが妥当である。
この時間帯は皆寝静まり、侵入を報告するものはいない。
たった一人を除いては。
「そこのお二人様どちらへ?」
逃げようと廊下を足音もなく歩く二人に、話しかけるものが。
「誰だ手前は」
「ウィリアナ王国、王族専属メイド兼王国特別兵士部隊部隊長、フローラ」
フローラは普段の様子からではわからないが、槍の名手として有名を馳せたこともある手錬なのだ。
もちろん戦争にはあまりいかないので、こういうときばかりの戦闘になるが、それでも守護者としては十分だ。
「どうする?」
「どうするもこうするも逃げるだろ」
言った瞬間に男たちは全力疾走。フローラも負けじと走る。
しかし、メイド服で全力疾走する男たちに追いつくフローラは十分に化け物じみている。
「あの女追いつきやがったぞ」
「こうなったら...」
直後、何か丸いものが転がる。
「まさか爆だ-- 」
城の廊下に激しい爆発と、爆発音が鳴り響いた。
          
 




