戦王の三節
_____我ハ戦王、戦場ノ王。人ヲ統ベル者ナリ。
___我ハ死ナズ、死シテ尚存在シ甦ル。
___我ノ封印を解ケ。ソレガ世界ノ真実。
戦王の末期の台詞。それは後に語られる伝説である。
「パパ、ついに引越しですか!」
キラキラとした目で、ハヤトに向かって顔を近づけている少女はずっと引越ししたがっていたゼロナだ。
「そうだな、って言っても家具とか一切ないからただの移住みたいになるけどな」
と言うハヤト。
そう、つい数ヶ月前にトゥーナに無理やりに買わせた家がついに完成したので引越しするのである。
「早くいきましょうパパ」
本当にこの家が嫌だったのかと、造った本人からすれば複雑な気持ちになるが、こうしてみると年相応であることを実感できたので、よしとする。
「よし、じゃあ引越しだ」
「はいっ!」
「大きいですね」
「大きいな。これ二人が住む規模じゃないな」
来てみて家を確認すると確かに立派だった。立派過ぎるほどに。ただし明らかに大きすぎて二人で住む家ではなく十人ぐらいで住むような家だった。
「これホントに俺ん家か?」
と疑いの目で物色(観賞)していると。
中からなぜかトゥーナが出てくる。
「あっやっと来た、遅い。こっちは朝から待ってたのよ」
「今も朝だよ。しかも九時くらいだし」
太陽はまだまだ東の低位置で輝いている。
「そんなことはいいから早く入りなさい。鍵も渡せないでしょう」
お前か持ってるの。業者に任せろよ。
なんて思ったがこういうことを言うと、地雷を踏んで余計に長くなるので止めておく。
「なんで私が持ってるのかとか思ったでしょう」
なんで分かるんだよ。
「貴方の考えなんてお見通しよ」
最近面倒だなこいつ。
「パパ、水が出ます!火がつきます!電気がつきます!」
こうして無邪気に喜んでいるゼロナを見ると、そんなこともなかったことにできる。
ような気がした。
「貴方たちどんなひどいとこに住んでたのよ」
「森のなかの、水もガスも電気も風呂もトイレもない家」
「はぁ?」
とか言われても事実なのだからしょうがない。
「それでどう?気に入った?」
「ちょっとでかすぎやしないか?」
「それは...」
トゥーナが顔を真っ赤にしているところで、天敵が来る。
「それは姫様のみら...もごもご」
フローラがなにか言おうとしたところで、トゥーナが無言で口を塞いで、ガムテープで縛ってしまった。
「何言おうとしたのかしらね~あははははは」
「むー!むー!」
最近姫としての自覚あるのかというような行動に、若干疑念を抱くハヤト。
「パパ。トゥーナさんってこんな人でしたっけ」
ゼロナも同じようだ。
「前はもっとこう。一人にしないでって泣いてるような可愛い感じだったんだがな~...」
「か、可愛っ。だ、誰が可愛いのよ。いいいい言ってみなさいよ」
「ブラフか」
可愛いともう一回言わせるための三文芝居と、ハヤトはすぐに理解した(実はトゥーナは本気だった)。
その証拠に若干拗ねている。
「ところで何しに来たんだ?」
「とりあえず鍵」
「ほい」
鍵は受け取った。まさか用件がこれだけとハヤトも思ってはいない。
「それだけか?」
「ハヤトは戦王って知ってる?」
ハヤトは地球育ちなので、この世界のことなど一つも知らない。
「なんだそりゃ?」
「大昔の人です。だいたい五百年くらい前の」
ゼロナは教養はあるようで、その辺はちゃんと知っていた。
「有名なのか?」
「有名といえば有名ですよ。ものすごく強かったって、戦王っていうのはその強さからつけられた二つ名みたいなものです。
その実名、生まれ、年齢などあらゆる情報は謎。
唯一語られるのが末期の三節と言われる死に際のセリフは今でも信者たちに深く信仰されて語られているんですよ」
「そう。実はその信者のことなのよ」
遮るようにトゥーナが割って入る。
「どういうことだよ」
「実は世界各地で、戦王信者が最近暴動を起こしていて困っているのよ。この国は教会とか壊したからそんな心配ないと思うけど」
「壊すなよ。一応教会だろ」
「だってそういう不安分子は消せってお父様が」
親はかなり厳格だった。ただしそのせいで娘がこうなるとは知らずに。
「えげつないな」
ハヤトでさえも若干引いてしまう。
「オホン...で、その一団は鍵を探しているみたいなの」
「鍵?」
「末期の三節の最後の言葉ですよね。封印を解けって」
やけに楽しそうに語る。まるで小学生が恐竜の話で盛り上がるように。
「ゼロナもしかして信者?」
「信者?とんでもありません。私はただ二代目戦王を目指しただけですよ」
信者よりひどいじゃねえか。
夢見る少女の夢は王様だった。戦場の血にまみれた醜い王だが。
「不安分子はいますぐ消去しましょうか」
どこからともなく長槍を取り出すトゥーナ。
「待て待て待てっ!!それどっから出した」
なぜかトゥーナはゼロナとは仲が悪い。ハヤトにとっても悩みごとのひとつでもある。
「まあとりあえずそういうことだから。もし市民暴動とかあっても、絶対一般市民は殺しちゃダメだからね」
「俺が殺されるんではなかろうか」
「上手く逃げなさい」
「そういえばもうすぐ末期の三節の年じゃないですか?」
ゼロナが急に話を持ち出す。せっかく収めたのに。
「なんだよその年ってのは」
「五百年後に戦王は封印を解けって言い残して死んだの。それで今年がその五百年目」
「封印...鍵は?」
トゥーナは黙って首を横に振るだけだ。知っているなら、何か対策を講じるはずであるからそれも仕方ないのだが。
「それで、その総本山を崩せばいいのか?」
「そういうのはあっちが動いてからよ。絶対に手出しないで」
「わかった」
ハヤトとトゥーナは以心伝心のようなものが働いていた。
「パパ」
「ん?」
「くっついちゃえ」
とかゼロナが言ったものだから、トゥーナは顔を真っ赤にして飛び出して行ってしまった。
最近顔赤いな~とかハヤトのほうは、無視というかわかってて知らないふりをしているが。
「パパ、お昼食べましょう」
時刻は十二時、昼ぐらいだった。
があまり食べる気にならなかった。
「なんかいろいろ大変になってきた...」
気苦労が絶えなかったので。




