笑顔の裏表
町がいつもとは打って変わり、なにやら騒がしい。
ドンチャンドンチャンと騒ぐ音が森の中のハヤトの家まで届いてくる。
「うるせぇ...」
寝起きのハヤトからしてみれば、耳元で太鼓を鳴らされるようなもので、頭をガンガンと揺さぶられるような感覚を覚える。
「主よ。いかなくていいのか?」
「ん...ああ...いいよ...いかなくて...」
完全にバックれるつもりだ。実際、トゥーナ自身はハヤトの所在は知らないし、高飛びしようと思えばいくらでもできる。
そう。今日は何があろうと寝よう、そう決めたはずだったのだが。
一匹の烏が家の中へ入ってきて、特に変哲も無く「アー」となくと手紙を置いてまた飛んでいってしまった。
「主、手紙だが?」
「読まなくていい...」
「今すぐに来いだと」
「読まなくて...いい...」
寝起きのハヤトに烏をどうこうする力はない。ただうなってうごめくだけだ。
しばらくしてまたカラスが帰ってくる。
今度も手紙を足にくくりつけて。
「いいかげん行ったらどうだ?」
「いかない...」
と、嫌がっている間にも手紙が一通、一通とたまっていく。伝書鳩代わりのカラスは疲れて一回一回の配達時間が次第に長くなって、とうとう届けるのを止めてしまったようだ。
「いつまでそうしているつもりだ?」
「さあ...?いつだろうな」
「今でも怖いのか?」
烏もかなり確信に迫ったところを聞いてくる。
ハヤトとしては、あまり触れられていい気分のする話ではない。
「あいつさ。似てるんだよ」
「誰にだ?」
「俺の幼馴染」
「そいつも怖かったのか?」
「怖かった...のかな?今までずっといっしょだって思ってたやつから、初めて拒絶された。そしたら周りの目がまるで変わった、あれだけのことでそんなにすぐ人の反応って変わるんだって思ったら、急に怖くなった...と思う」
「ふん。まあ主の昔話を聞くのもやぶさかではないが、少なくともあの娘は主に好意を持っていると思うが?」
ここにトゥーナがいたら、真っ先に烏の口と首を締め上げていただろう。
今はいないのでそんな心配もないのだが。
「俺に?あいつが?冗談止せよ」
ハヤトは軽い冗談か何かと疑わない。
烏のいうことは的を射ているのだが。
「仮にそうだとして俺にどうしろってんだよ」
「少しくらい付き合ってやればいいんじゃないのか?あの娘もあんな馬鹿さだが国王としての執務で疲れていると思うが」
烏のとんでも発言はもうしょうがない、かばいようがない。と無視することにした。当人いないから大丈夫だろう。
「はぁ~....昨日行くって言ったしな~...」
後ろから焚きつけてやらねば動かない主も、面倒なことだ。
「わかった行ってくる」
かなり気だる気にそういって出て行った。
「わしも盆に行ってくるかな」
烏にだってお盆はあるのだ。
「おっそいっ!!!」
来た瞬間にトゥーナに怒られた。わかっていたこととはいえどこか来るものがある。
「よく来ていただきました」
フローラはとりあえず来ただけでもよしとする方針のようだ。
「行くわよっ!!」
ヒールをこつこつと鳴らして、ズカズカ歩いていく。そうとうご立腹のようだ。
「ハヤト様。来ていただいてありがとうございます」
「別に俺は...」
「姫様は、貴方が来るだけで幸せそうですから。今顔を覗いたら、面白い顔をなされていると思いますよ」
面白い顔と言われては、見てみたい気もするが、とりたててみるほどのものかどうかが問われるところなので、拝見は止めておくことにした。
「ハヤト~!!!」
遠くのほうから手を振るトゥーナの姿が。
「これ何~!!!?」
近くに行ってみると、なんてことない金魚すくいだった。
「お前な、これは金魚すくいって言って...なんで金魚すくいがあるんだ?」
この異世界に金魚などいるはずもないのに。
ましてや金魚すくいなどという文化が存在するのか。
「ちっちっちっ。兄ちゃん、得物を良くみな」
店主のおじさんは目の前のプールを指差すと、水面を覗くように促してくる。
中はと言えばもはや底が見えなかった。
「これどうなってんの?」
「実は地下200Mまで直通だ。なかにはガスピアがうろちょろしてる」
ガスピアとは、ピラニアのさらに凶暴化したやつで、歯が鋼鉄でできており、船首などを食いちぎって沈没させてしまうとかいう話を良く聞く魚だ。
「これ面白そう。一回」
「まいど姫様、姫様だからってオマケはできねえぜ」
そもそも下200Mのところの魚を使って、どうオマケするのだろうか。
しかも無駄に深いので釣竿でやることに。
「金魚すくいどこ行った?」
ハヤトのツッコミは、誰の耳にも届くことはなかった。
「あ~楽しかった!」
あの金魚すくい、もといガスピア釣りのあと、道行く物を買い歩き、ハヤトの手には大量の荷物が。
「私、やっぱりこの国が好き。みんな戦争なんか忘れて仲良く笑ってるこの国が」
「お前はこれじゃ満足できないか?」
「私は世界中がこんな風になったらって思ってる」
「子供だな~...」
「いいのよ。私まだ15だし、夢見るお年頃よ」
「お前、それかなりオバサンくさいの自覚してるか?」
15の夢見るお年頃とやらは、ハヤトの冷たい一言に一蹴されてしまった。
「べ、別にいいのよ。私は」
「へいへい、夢見がちなお姫様」
もう流すように合いの手を入れる。
「じゃあねハヤト。今日は来てくれてありがとう、久しぶりに楽しかった」
「そりゃどうもだ。次は来る気はないからそのつもりでな」
別れを言い合ったあと、トゥーナは荷物をフローラに任せてさっさと行ってしまった。
「私もこれで」
「トゥーナの母さん...」
フローラの体がぴくっと反応する。
「あんただろ?フローラさん」
「な、なんのことでしょう?」
「惚けなくてもいいぜ、あいつに言うつもりはねえから」
フローラはため息をつくと。
「いつから気づいてました?」
「さっき確信を持った程度だ。あんたが15年前っていったのと、トゥーナが15だって言ったときにもしかしてってカマかけたんだが、ビンゴか」
「見事に貴方の手の上ですか」
「なんで名乗り出ないんだ?あいつはずっと一人だって思い続けてるぞ」
「別に構いません。私は15年前にトゥーナという娘を失って、今良く似た姫様をお世話している。それだけです」
どこか無理のある笑顔だったが、それ以上の事情に突っ込むのは止めておいた。
立ち入る余地などどこにもなかったからだ。




