繋がりの夜刀神
トゥーナはその手に持ったナイフを喉元へと向ける。
ごめんハヤト...私も。
自ら喉をかき切ろうと、ナイフを喉に押し当てる。
今からそっちへ...。
ついに刃が喉へと突き刺さろうとしたとき、部屋の扉が外れるでは収まらずに粉砕する。
突然の出来事に、トゥーナの手もすんでのところで止まる。
「何っ?」
「姫様~?どういうおつもりですか部屋に鎖で鍵をかけさらにはお食事も取らずに寝てばかり…」
もはや息継ぎ無しに言った。
そこにはいつもとは違う、鬼気が全身から溢れ出したフローラの姿があった。土埃で顔は見難くて、よく見えないが確実にご乱心である。
「ふ、フローラ?」
「それに姫様なんてものを手に持ってるのですか?それは私どもが使う大事な仕事道具と知ってのことですか?」
「あ、あのねフローラ話を...」
「あのお方が居なくなったからといってなんですか。国王たる態度も見せずに落ち込んでばかり。そんなことで国民が動くとでも思っているのですか」
話など到底聞いてもらえる状況ではなかった。
ましてや、怒りに満ちたフローラは説教のひとつやふたつとか可愛いことで許してはくれないだろう。
「姫様にはこっちがお似合いです」
そういってナイフとペンとを入れ替える。
「あっ...」
「あっじゃありませんよ。貴女が死ねばハヤト様は帰ってくるのですか」
いつもであればあの方とか言うのだが、トゥーナの心に訴えるため、あえてハヤトと名前を出した。
「それは...」
何も言い返せない。今回はフローラが正しい。
「ハヤト様が生きているとは考えないのですか」
「えっ...」
予想外の一言に、トゥーナは驚きの声をあげる。
「でもハヤトは崖から...」
「あの屑の言うことは信用なりませんので、探索隊派遣いたしました。それに仮に真実とてあの方はそう簡単に死にはしないでしょう」
根拠はないが、そう思わせるのがハヤトなのだ。
「姫様。女性なら好きな殿方がいなくなったら、地の果てまで探しに行くぐらいの覚悟が必要なのですよ」
普通はそこまでいらないが、今のトゥーナを焚きつけるには十分だった。
「ありがとうフローラ」
「いってらっしゃいませ。帰ったら仕事ですよ」
一応主人が出て行くのは認めるが、仕事のことだけは絶対に忘れない、まさに女中の鑑だろう。
「高飛びしてやる」
へらず口を叩いて部屋から出て行こうとする、が。
「おっとそうはさせない」
邪魔者。一番会いたくない相手に出会ってしまった。
「退きなさい」
いつもよりさらに強気な姿勢を見せる。
「退かないよ。君はこれから僕と結婚式の段取りを決めなきゃならないからね。
行ってもらっては困る」
「はっ!誰が貴方となんか、お断りよ。フローラ!!」
「はい姫様」
どこからともなく槍を取り出して手渡すフローラ。トゥーナの部屋に槍はなく、入ってきたときも持っていなかったはずだが。
「二回目よ、退いて。じゃないとこの槍で貴方の心臓を貫いて殺してあげる」
「怖い怖い、でもいいのかい?僕を殺せば君は殺人者の仲間入りだよ」
一国の姫として、その手を赤く染めたと知れれば、民衆は残虐な王としてトゥーナを蔑むだろう。
だが...。
「関係ない。私はこの国の王、私が法、誰にも指図は許さない」
語気とともにその目で強く睨みつける。
その迫力に負けたのか、ジリジリとわずかながら後ずさるフォーゲイザー。
「そ、そんなことをしてもし、君の探し者が居なければ君はただ人を殺した殺人者だぞ。い、いいのか?」
「そうだな。その通りだ、そういうのは俺の仕事だぞトゥーナ」
フォーゲイザーの声に合わせるように、答えたのはずっと待ち焦がれた声だった。
「ん...どれくらい寝てたんだ...俺は」
谷底でぐったり倒れるように寝たハヤトには、時間を知るすべもない。
「早く...トゥーナの...とこへ...がはっ!!...」
胸元を押さえて再び倒れそうになるハヤト。やはり体力が回復してはいないのだ。
口からは先ほどよりはすくないが、それでも大量の血が出ている。
拙いな...血が...。
「ハヤト殿~!!!!ハヤト殿~!!!」
谷の上のほうから、つい昨日かおととい聞いた声が聞こえる。
スクレールだ。
なぜこんなところにと思いながらも、藁にもすがる思いで水柱を作る。
「ハヤト殿っ!!」
運よく気づいてくれたようだ。
崖を滑るように駆け下りてくる。
「ハヤト殿!!!一体何が?!」
「ちょっとヘマやっただけだ...それよりあいつは...」
「フォーゲイザー様はウィリアナへと向かわれた模様です」
「だったら...俺も...」
倒れそうな体に鞭を打って体を起こす。
「いけません。そんな体で」
「ダメだ...今..行かなきゃ...トゥーナが...」
ハヤトは死んでもいくといいかねないので。
「わかりました。行きますぞ」
横たわるハヤトを抱え上げて、人間業とは思えない脚力で崖を登っていく。
「あんた...人間か」
「その言葉そっくり返しますぞ」
スクレールは元は剣闘士と言っていたので、足腰には自身があるのだろう。それもこの脚力、間違いなく歴戦の剣豪だったに違いない。
その脚力のおかげか、ものの十分足らずでウィリアナへとたどり着く。
「ありがとな...ここからは...俺の戦いだっ!!!!」
ハヤトは回復した体力を、フルに使って跳躍、城のトゥーナの部屋に降り立つ。
「貴方こそ化け物でしょう。ハヤト殿」
スクレールは一部始終を見ながら、そうつぶやいた。
「なんですか。黒羽」
バサバサと羽ばたく黒い翼、そう烏だ。
「久しいな伍夜刀」
「まったく…。私はスクレールですよ」
優しげな表情だが、しかし依然として語気は弱めない。
「あれが八番目だ」
「八番目...すばらしいですよ彼は。私などという劣化品などとは違う」
「確かにあれは紛れもない天才だ。十分夜刀神の才を引き継いでいる」
「だが優しいですね彼」
「ああ優しすぎる」
「彼のこと頼みますよ八咫烏」
次で決着をつけたいと思いますがまだ策略の求婚者編は終わりません。二部に別れるのです。




