夢幻
「始めるぞ」
ハヤト(分身)は人生初となる外科手術を、自身に施そうとしていた。
ここには、手術台も、顕微スコープも、メスも、麻酔もない。よってここからさきは、ハヤト自身の気力とうろ覚えの知識がものをいう。
メスがないのはわかっているので、代わりにクナイを取り出す。
そして、クナイを腹部に突き刺して、患部を開き始めた。
「ぐあぁぁぁァァ!!!」
麻酔もなくやっているのだ、痛みは尋常ではない。常人のうち何人かは痛みによるショック死をしても、おかしくないような痛みを耐え続けているのだ。
「今刃が入った」
「そのまま...一気に...いけ」
分身であっても、ハヤトは変な気分だった。自分の分身に体を切られて、その上指示は自分でしているのだから。
「あったぞ」
「いいか...血管を...傷つけないように...慎重に...だぞ」
「わかっている」
そう。わかっている、だがそれでも理解するのと、手を実際に動かすのとはまったく違う。
言われた通りに、血管に触れないようにゆっくり、ゆっくりと弾を引き摺りだす。
ズリュ。ズリュ。と肉を擦る音が聞こえて、気分が悪かったが、そんなことを言っている場合ではない。
「もう少しだ」
「ああ...わかるぜ...今だ...いけ」
ある程度出たところで、弾を掴んで引っこ抜く。
「やった...成功だ」
しかしまだ終わりではない、縫合という作業が残っている。しかし糸などという便利な道具はない。
「何か縛るものは」
ハヤトはふと異世界にきて間もない頃に、アイテムストレージが見れることを発見したのを思い出して、すぐさますがりつくように、アイテムストレージを探っていく。
するとちょうどワイヤー糸と書かれた項目を発見する。
「これだ」
急いで糸を呼び出して、分身に縫合させる。
「これで終わりだ」
「ありがと...な」
「自分に礼を言うな」
分身は煙となって消えてしまった。
そしてハヤトは、そのままぐったり寝てしまった。
精神力も大きく使ったのだろう。
その頃夜刀神側は...
「夜刀神」
「黒か」
どこか威厳のある声で返した声の主こそが、夜刀神である。
「ハヤトが討たれました」
「そんなことは知っておる。見てみよ、やつは自分で弾を取り出して見せおった」
ハヤトを見守る池を見つめて豪快に笑い声を上げる。
「やつは化け物ですね。麻酔なしに腹を切るなど、自害に等しいでしょうな」
「だがやつを天は見捨てなかったのぅ。あやつにはまだ天命があるということだ」
「はぁ...」
烏も夜刀神が思いつきで言葉を口にするので、反応にも困るのがいつものこと。
「しかし、あれで覚醒にいたらんのか」
「不十分...ということでしょうな。あの程度では」
「ぬふふふ。強欲な器じゃ」
夜刀神は水面に写るハヤトをじっと見つめ続けていた。
トゥーナは現実から目を背けたいのか、死んだと聞いてからかなり寝込んでいた。
これはトゥーナの夢の中である。
「ここは...」
「トゥーナ」
聞き覚えのある、今一番聞きたい声が聞こえてくる。
「ハヤト?」
その声のするほうを向くと、確かにそこにハヤトの姿はあった。
今すぐにでも抱きしめたかった。でもそれをすると...。
そう思ってためらっていると、ハヤトが自ら抱きしめてくる。
トゥーナはハヤトの体のぬくもりを感じていた。
「貴方私が怖いんじゃなかったの?」
「怖い?まさか。俺はトゥーナのこと好きだよ」
耳元でささやかれた最後のほうの言葉に、トゥーナ心との頭の中は爆発寸前だった。
「なななな...何言ってるのよっ!!」
「俺は本気だぞ」
顔が真っ赤だったのに、さらにトマトよりも赤く染めて動揺するトゥーナに、追い討ちをかけるようにハヤトはトゥーナにキスした。
「どうだ?これでも嘘だっていうつもりか」
いつもとは違うハヤトの反応に、狼狽する様子を隠せない。
夢だとわかっていても、いきなりの反応に対応しきれていないのだ。
そっか。これ全部夢なんだ。だから何言っても私の自由なんだ。
そしてトゥーナは、いつか言おうと思っていた言葉を、口にしようと口を開きかけたとき。
「ごめんトゥーナ。俺もう行かなきゃ」
えっ?どこにいくの。待って、ひとりにしないで。
気づけばハヤトの姿はなく、トゥーナは夢から叩き起こされる。
目が覚めたときにはすでに昼だった。ハヤトがいなくなってから、およそ三回目の昼。いつもなら仕事をしているだろう時間だが、そんなことをしていられる精神状態じゃなかった。
「やっぱり...夢か」
何回あの夢を見たところで所詮は夢、何度も何度もあのシーンが繰り返されるだけだ。
ハヤトのことを思うだけで、胸が苦しくなる。
いつも顔は見せないが、トゥーナはちゃんと始めてあったときの顔を覚えていた。
それからずっと顔ではなく、心を見てきた。
そして文句を垂れながらも、そばにいてくれるハヤトに惹かれた。
だがそのハヤトはもういない。
私が行けといったから?悪いのは私。ハヤトを殺したのは…私。
今のトゥーナの心を満たしているのは、罪悪感と絶望感と悲しみだ。
「ハヤト...ごめんなさい...」
トゥーナは、テーブルの果物籠にいっしょに入った果物ナイフを手に取り、そして...。




