絶望の底へ
「姫様っ!!!」
バタンッと壊れたかと思うほどの音を響かせて、フローラが飛び込んでくる。
「何よそんなに慌てて」
「ついにあのお方が」
「ついに来たわね外道の皇帝」
皇帝とかかっこ良さ気な単語がついてるが、外道という単語で台無しである。
「姫様、いけません」
これを姫としてよくないと思ったのか、フローラが叱る。
「あれは皇帝などといいものではありません。ただの屑です屑」
何気にフローラも容赦なかった。先ほどのはトゥーナの罵り方が甘いというほうで叱ったのだ。
「いいえ、あいつは塵よ塵。焼却場に持っていったほうがいいわ」
「いえいえ持っていくと言わずに、今すぐに焼き討ちにするべきです姫様」
「それもそうね。ハヤトが帰ってきたらやってもらお」
トゥーナは、今もハヤトがフォーゲイザーの護衛をしていると思っている。
ましてや、谷へと投げられたなどとは知らない。
「愛する殿方ですものね。恋の火種は大きくですか?」
面白がってフローラは、小悪魔的な笑みを浮かべて弄っていると、トゥーナが顔を紅潮させて黙り込むので「これはこれは」とさらに面白がっていた。
「さっきから散々に言ってくれるね」
「あら居たの?あまりのゴミぶりに全然気づかなかったわ。フローラ、焼却場へと案内して、あと管理人と護送人も呼んで」
相手を目視してから、わずかコンマ三秒で罵詈雑言を浴びせる。普段のトゥーナならまず絶対しないだろう。
「まったくますます棘を増やして、キレイな薔薇にこそ棘はあるものだけどね」
そういって薔薇を取り出す。それを見て「うえぇ...」とか姫にあるまじき行為で、嫌悪している様子を示す。
「あっでもキレイじゃなくても棘はあるんだよ」
「知ってるわこのゴミ屑ペテン師!!!!」
手短にあった灯台を一直線に放り投げる。
フォーゲイザーは首の動きだけで、それを避けて見せる。
そのときの得意げな顔が鬱陶しかったのか、直接股間に蹴りを入れる。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉ...」
「聞いたフローラ?あいつ自分のことを悲鳴にして伝えてるわよ。愚王って」
「姫様はしたないですよ。そういうときはお顔がめり込むほどのパンチです」
どっちもはしたないことは変わりない。ダメージを与える部分が上か下かになっただけだ。
「い、いいかげんにしろよ...」
さすがにフォーゲイザーも黙ってはいなかった。
「どうしたのよドMゲイ様」
「誰がドMゲイだっ!!」
もう体裁関係なくツッコまざるを得なかった。
「本当にゲイ様?」
「だから違うと言っているっ!!」
「何しに来たのよ馬鹿王。ツッコミするために来たなら帰ってよ、そうでなくても帰ってよ」
「選択肢ないな...。ゴホンッ、トゥーナ王女。僕と結婚してください」
フォーゲイザーの目的は最初からこれ一本と決まっている。
そしてトゥーナの返事も一つと決まっている。
「帰って。貴方には興味がないの」
これで何回も断っている。
「これで二百回目だ」
「二百回目ならいい加減諦めなさいよ」
「僕は絶対に諦めない。必ず君を僕のものにしてみせる」
「二度と来ないで」
トゥーナの拒絶を、ツンデレかなにかと勘違いしているのか、顔を綻ばせてまた来るよとか言って出て行こうとする。
と、そこであることに気づく。
「ハヤトは?」
いつもなら、影から茶々を入れてくるはずの、ハヤトの声が聞こえて来ない。
「彼はね…」
くるりとこちらを振り返って。
「死んだよ」
顔はあくまでも悲しそうな顔で、だが心の中は残虐さに満ちていた。それもそのはず。ハヤトを殺したのはこの男なのだから。
「うそ...ハヤトが...死んだ?」
「この目ではっきりと見た。崩れた崖から落ちた彼の姿を」
即席で考えた嘘にしてはよくできている。
「そ、そんな...」
全身から力が抜けたように、ストンッと膝から崩れ落ちる。
「姫様っ」
「フローラ、しばらく一人にして。この人に泊まる部屋を案内して」
「はい...」
こんなトゥーナを見るのは初めてなので、フローラであっても戸惑ってしまう。
かつて父を失ったときでさえ、こんな風にはならなかった。
「こちらです」
フローラは今フォーゲイザーを近づけてはいけないと、遠ざけるように連れて行った。
トゥーナは床に座り込んだまま動けずにいた。
ハヤトが死んだ?。なんで?どうして?一人にしないって約束したのに。
あれは嘘?
また一人?私には誰もいない?一人?独り?ひとり?
嫌だ。嫌だ。助けて誰か。誰が?ハヤト。もういない。ハヤト助けてよ。
トゥーナの心は、もう押せば折れそうなぐらいに弱っていた。
(ようやく気の強さが抜けたか。あと一押しで...)
フォーゲイザーは、与えられた部屋でひとり、勝利の余韻に浸っていた。
(しかしあのハヤトとかいう男を殺れたのは奇跡に近かった…。何者なんだあいつは...。まあ、しかし死んでしまっては屍としかいいようがないな)
「フハハハハハハハハ!!!!!」
高尚な高笑いが、部屋の中で反響してさらにフォーゲイザーの優越感を助長していた。
その頃...
「ごふっ!!!」
ハヤトは口から大量の血を吐き出す。
それも、臓器のいくつかが潰れたと思えるほどの。
谷底に落とされても、まだハヤトは生きていたのだ。
元々ハヤトの体は、成層圏から落とされるようなことをしなければ、死ぬような体ではない。問題は腹に埋まった弾丸だ。取らなければハヤトといえども失血死する可能性がある。
「くそがっ...影...分身...の..術...」
残り少ない生命力を使っての、影分身を行う。
「やるぞ」
「頼むぜ...分身...」




