絶対王政
「スピアディアーだとっ!?なぜこの時期に」
「わかりません!!もしかすると我々は彼らのテリトリーに入ったのでは」
「とにかくこの状況をどうにかしろっ!!」
そこには国王としての指揮官の面立ちはなかった。
ただのわがままな王様だった。
「スピアディアーってなんだ?」
ハヤトは状況が飲み込めずにいるのでとりあえず聞いてみる。
「スピアディアーはこのあたりにのみ生息する野生のシカだよ。
普段なら縄張りに入ったぐらいじゃ怒ったりはしない非常におとなしいシカだ」
そして補足説明としてはスピアディアーは角が普通と違い、まっすぐ尖がっている。硬度は鋼鉄の鎧を貫くような硬度をもっているという。
たしかシカとかって妊娠とか出産のあたりになると機嫌悪かったよな。
「なあ。あいつらもしかして繁殖期じゃねえのか」
確かに繁殖期であればオスの個体が対を守ろうと襲ってくることもあるだろう。
「引き返すのをオススメするぜ王様」
「ダメだっ!!この道以外にウィリアナへ向かう手段はない!」
俺この道以外を通ってきたんだが。
ハヤトは内心この国王のわがままぶりに呆れ返っていた。
こいつは妥協とかを知らない猪突猛進型の典型的馬鹿だと、もう説得でさえも諦めた。
「はやくこいつらをなんとかしろっ!!」
とても一国の王とは思えない発言にもう失望すら覚える。
____KYEEEE!!!
スピアディアーの群れのうちの一体がこちらに向かって突進してくる。
その突進は空気を纏って、まさしく一本の槍のように見えた。
(スリップストリームっ!?)
スリップストリーム。空気や大気がある場所で速さを突き詰めればかならずぶち当たる壁、それが空気である。
物体はある一定の速度に達すると空気の壁に阻まれそれ以上の速度を出すことができない。
しかし壁をぶちやぶるように一点集中に速度を集め場合、空気の壁は壊れ、さらに上の速度へと物体は加速する。
これこそがスリップストリーム、速さの概念を壊す力である。
当然そんな速度で、しかも鋼鉄を貫通するような硬度の物体が突進してきているのだ。喰らえば生きていることが不思議なぐらいの状態になるだろう。
そして今、運がいいのか悪いのかシカの槍の標的になったのはフォーゲイザーだった。
____KYEEEEEE!!!
もうハヤトには助ける気もなかった。トゥーナからは何か変な動きがあれば始末していいとまで言われていたので、ここで死んでくれるなら一ヶ月の休みがくるので万々歳といったところだ。
「や、止めろ...来るなーーー!!!!」
シカの角がフォーゲイザーの脇腹を軽くえぐる。
しかし空気を裂くような速度なので、それなりの威力はあるだろう。
「ぐああああああ!!!!僕の体があああああ!!!!」
うるせえなこれぐらいで。
ハヤトはフォーゲイザーの狼狽ぶりに若干イライラしていたので、シカたちを脅して追い返すことにした。
全身を覆うような濃密な殺気、それはシカたちにとっては捕食者の気配と変わらない。
そんな危機感を感じて別の一匹と、さきほど駆けていったシカが挟み撃ちのように突進してくる。
逆効果か…。
ハヤトは追い返すのは無駄だとわかったので寸前までシカたちの角が近づいたところで刀を円を描くように振り回して角ごと頭部、しかも脳天部を斬りつける。
脳天とは血液や酸素を送るために大量の血管が集まっている。そこを斬りつければ大量の血が出て、脳に血が送られずに失血死となる。
二体のシカは走っていったベクトルによる慣性を殺せずにズザザと地面を滑る。
そしてぴくぴくと体を痙攣させて最後は息絶えた。
ハヤトは心の中で一言「ごめんな」と謝る。
だがシカたちは無情にもハヤトを仲間の仇と見定めて次々と襲い来る。
いっそ殺したら楽だろうか。
そんなことを考えてしまった自分が嫌になる。何匹かを逃がすために、ハヤトは特大威力の火遁・火走りを放った。
動物は火を恐れる性質を利用した攻撃だった。
だが怒りに狂ったシカたちはそれでも炎の中を突き進む。
「ごめんな」
こんどは口に出して言い、一体一体を斬り殺していく。
あたりにはシカの鮮血が飛び散る。
中には間違えて首を斬ってしまった個体もいた。
そしてもう何匹かわからなくなったころには残りのシカは逃げていた。
ハヤトは安堵のため息をつく。
「誰か助けてくれぇぇ」
安堵もつかの間、あの情けない王の情けない声が聞こえる。
「頼む...」
アホじゃないのかと思ったがこのままこんな声を延々聞き続けるのも馬鹿らしかったので、応急手当だけはすることにした。
「ありがとう助かったよ」
「礼なんていうなよ気味悪い」
照れではなく本気で気味悪がっていたのだが、この馬鹿王は気づいてはいない。
「よし。今日はこのあたりで野営にしようか」
この一言にそこにいた全員が「えっ?」と聞いてはいけないものを聞いたような反応になる。
本来ウィリアナまでは、ハヤトのめちゃくちゃな道のりであっても、一日あればつくような場所にあるので野営などしなくてもたどり着くことはできるし、そもそも先ほどのシカの縄張りであることを忘れて野営するなど狂気の沙汰としか思えない。
「国王様。もう少し進んだ場所で休まれては…」
百歩譲って休むのはいいという考えで一人の兵士が進言するが。
「兵隊風情が僕に意見するなっ!!僕の命令は絶対だ!!」
独裁主義もいいところだ。これによって国王への不信感はますます強まるばかりとおもったが、兵士たちはさっさと野営の準備を始めてしまった。
慣れてるな。
と、勝手に解釈してハヤトも手伝うことにした。




