夜の刀の神のブラックボックス
足場を失ったハヤトは重力に逆らうことができずに吸い込まれるように落下していく。
「まだです。地面についても助かる一部の希望も与えないよう食いちぎってあげなさい」
ヴォイスはあくまで手を緩める気はないようだ。飄々としながらも抜け目のないやつだ。
そして視界を埋め尽くすような数のドラゴンの群れがハヤトを餌にしようと襲い掛かる。
一匹目、闘牛士顔負けの身のこなしでいなして避わしたが、その後ろから別のドラゴンが襲い来る。
「火遁・花火」
ドラゴンや表皮が硬い生物に対抗するハヤトの忍術である。
表皮の汗腺や毛穴、気孔などといった極々小さな穴から染み込んで中の水分と反応して爆発を起こす技である。
これを食らえばどんな生物も内臓を焼かれてお終いである。
だがドラゴンも馬鹿ではない。野生の本能とやらでこれが爆発性のあるものだと察知したらしく翼を羽ばたかせ強烈な風で花火の弾を吹き飛ばす。
「だったら...火遁・菊火」
さきほどの花火の強化版。なにが違うかといえば単純な質量の問題だ。
火力が増えた分だけ弾の重量が重たくなっている。
最初からこちらを使えばという話になるのだが忍術はハヤトの生命力、つまり体力、精神力といったものを代にしているので乱発はできない。
さらにいうと菊火は花火よりも消費量が大きいのだ。
そんな花火の強化版『菊火』は風などに弾き飛ばすことができるはずもなく。
小石を投げて突風が吹いたところで何も変わらないようにまっすぐと飛んでいく。
そしてドラゴンの体に染み込んで体内爆発を引き起こす。
_______GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
断末魔の悲鳴にも似た咆哮をあげる。さすがのドラゴンも内部までは硬くはなく内臓とともに体内すべてを燃え散らす。
そしてゆっくりと息絶えて落ちていく。
「さすがですね、まさか一匹倒されるとは。しかし、まだ九十九体もいるんですよ」
そう。一匹倒したからといってもなにが変わったわけでもない。兵が一人死んだだけ、他の兵がハヤトを殺しに来るだろう。
しかもハヤトにはタイムリミットが存在する。そのタイムリミットとはすなわち滞空時間のことである。
はっきり言ってハヤトのほうが部が悪い。
そして危惧したとおりドラゴンの猛攻が再開される。
このままでは防戦一方になると考えたハヤトは近寄ってきた敵、一匹一匹に花火を打ち込むことにした。
花火は軽くて弾かれるだけであって効かないわけではないのだ。
しかし、生命力を担保にした危険なかけであり、どこまで保つかはハヤト自身も知るところではない。
「どこまで持ちますかね?あはははははははは!!!!」
ヴォイスの高笑いが響く。
「ただいま戻りました」
烏はリヴァイアスに消されたあとある場所に帰還していた。それはカラスたちの原点となる場所である。
「早かったのう。お前死んだんか黒」
烏を黒と呼んだこの人影、というか人の形をした影。まさしく人影を体現したような人物は池に向かって一向に振り返る様子はない。
「人が悪い。ここからずっと見ていたのでしょう」
「なんじゃ知っとったんか」
「貴方と何百年、いえ何千年の付き合いだと思っているのですか。夜刀神」
そう。この人影こそが烏の主、夜刀神である。
「あ~そうじゃのう...わしが生まれてからじゃから...明日で一万じゃ」
「もうそんなになりますか。いい加減ストック探しは諦めたらどうですか」
「そいじゃあこいつが最後かのぅ」
池の水面を眺めながら言う。
水面には今ハヤトが戦っている姿が映し出されていた。
「そうならいいんですがね。なんせ夜刀神はギャンブル癖がありますからな」
恨めしい目で夜刀神を睨む烏、一体なにがあったのだろうか。
「別によいではないか」
「はぁ...」
「それで今回はどうじゃった?」
「できは上々。おそらく覚醒すれば夜刀神と互角かと」
覚醒。なんのことだろうか。
「わしとタメ張るじゃと?ぬははっは!!!面白いのう」
豪快に笑うがその目にはいつでも切り殺してしまいそうな闘気と殺気が混じっていた。
「じゃあこいつの行く末みてみようかの」
いまだドラゴンの猛攻は続く。しかし地面はもうそこまで来ている。
そして一体のドラゴンが襲い来る。
追い詰められたハヤトは一か八かの賭けに出た。
_____GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
「らああああああああああああああ!!!!!」
なんとドラゴンの一体に飛び乗ったのだ。
「なんと?ドラゴンに乗ったのですか。なんとも型破り!だがそれでこそカオス!」
「ごちゃごちゃうるせえ!!!」
と叫ぶがドラゴンを制御できずにあっちやこっちへ。
「この駄龍!おとなしくしやがれ」
ハヤトは無謀にもドラゴンに拳骨を食らわせた。ドラゴンの鱗は逆立っており、触れれば切れるほどの切れ味をもっているのにも関わらず。
_____GYAAAAAAAAAAAAAAAAA
叫びながらドラゴンは思い出していた。
遠き日に同じように自分の頭を殴りつけた人間がいたことを。




