混沌を掲げる悪
いくつものドラゴンの咆哮がこだまする。
「ちょっと待て。まだ何の準備もしてないんだけど、来るなら来るって言えや」
「来る」
「遅いわ!!」
これがデジャヴというやつだろうか。状況的にはさっきより明らかやばいだろうが。
「どうしたらいいんだよ」
「落ち着いて」
「逆になんでお前が落ち着いてるのかわかんねえよ」
「だって貴方がいるじゃない」
平然とそんなセリフを口にする彼女の声はどこか信じるということを思い出させてくれる。
もう一回自分の可能性を信じてみよう。
自分を奮い立たせてくれる。
「...俺はただの人間だ」
「違う。優しくて強い人間よ」
トゥーナの言葉に正直ドキッとする。
そんな期待されてもほんのちょっと前まで高校生、しかもニート極めてた俺だよ?
「大丈夫。貴方ならどうにかしてくれるって私は信じる」
なんで。
「なんで...そんなに人を信じられるんだよ...いくら信じたって裏切られたら何ものこらねえんだよっ!!!」
お門違い。そんなことはわかっている、しかし口が、言葉が止まらなかった。
どうしてもこの疑うことを知らずに人を信じ続けられる少女に憤り、かつての自分を戒めるようなトゥーナに叫ばずにはいられなかった。
あの自分の可能性を一度フラれたぐらいでかなぐり捨てたあの頃の自分に。
「でも、誰も信じられなくなったらそれこそ虚しく何も残らないわ」
「敵わねえな...うちの姫様は人を信じて疑わないからこんなダメ人間だろうと信じるんだろうな」
「そうよ。さぁ行きなさいダメ人間!あのドラゴンたちを討ち取ってきなさい」
「おう。あとダメ人間は止めてくれ、自分で行った手前なんだけど」
「いいですねえ。ドラゴン、なんと甘美な響きでしょう
今にも私を混沌へと誘ってくれるでしょうねえ」
ドラゴンに乗るこの男は何ゆえ混沌を求めるのか。そんなことはこの男にとってどうでもいい。
ただ息をするようにカオスへ身を落とし。食事をするようにカオスへ突き落とす。
それがこの男だ。
そして今、息をするように世界を混沌へと陥れようというのだ。
「世界は混沌で回る。踊れカオス」
そんな男の元へと何かが飛来する。
「おや、なんでしょう?」
高速で飛来する物体はまっすぐ男に向かって一直線上に飛んでくる。
「ふん!」
飛んできたものを片手で叩き落す、そして凝視すると。
「鳥の羽...ですか」
___AHHHHHHHHHHHHHHHHH
甲高い鳥の鳴き声がする。聞き覚えのある烏の鳴き声だ。
「ドラゴンの上に人がいるんで投げてみたらホントにいるもんだな」
「お前はいてもいなくても投げただろ」
普通の烏などより何倍もある烏に乗ってきたのは黒い忍び装束に身を包んだハヤトだった。
「その黒い装束...貴方がハヤトですか。会いたかったですよ」
「残念だな。俺は会いたくなかった」
「おやおや。連れないことをおっしゃる」
「誰だよ、気味悪ぃ。名前言えよ」
「名前...ウソツキ」
「は?」
いきなり名前言えと言ってウソツキとか言われたら混乱するだろう。名前かなにか嘘でもついたかと。
「他にもありますよ。遊び好き、殺戮者、快楽主義、詐欺師、ここは敢えてヴォイスと名乗りましょうか」
ヴォイス、悪を意味する言葉だ。この男は自らは悪そのものであるというのだ。
「まあお前の名前なんかどうだっていい。何しに来た」
「聞いたのは貴方ですのにひどいお方だ。質問の答えは混沌、カオス」
「あ?意味被ってるぞそれ」
「そう。私の目的は世界をカオスに貶めること。ああカオス、これ以上ない脳に響く魅惑。それがカオス」
ハヤトは直感でわかった。こいつは...。
「変態だなお前」
「言ったでしょう。私は快楽主義者なんですよ」
「お前の快楽は世界を破滅に導くことかっ!」
「いえ、カオスです。破滅ではなく混沌。
すべてを無くすのではなく、ただまどろみの中で人々を混乱に陥れる
それゆえのカオスなのですよ」
「そのためにこれだけのドラゴンを?」
「はい。これからウィリアナをカオスへと誘います」
この世の者とは思えないほどのどす黒い笑みを浮かべながら男はそう答えた。
「させるかよっ。烏!」
「承知!」
烏は翼を小さくたたんで体を弾丸のような形態に変えて男の乗っているドラゴンに向かって突撃する。
「無駄ですよ。この百体のドラゴンの前では。リヴァイアス」
ヴォイスの乗っていたドラゴンがハヤトのほうに頭を向ける。
「叩き落しなさい」
_____GHYAAAAAAAAAAAAAAA
リヴァイアスとは本来水龍の子孫にあたる龍である。よって水を操る龍でもある。
つまり咆哮とおもに押し寄せてくるものは。
強大な水流である。
「ぬあっ!!!」
リヴァイアスの何分の一かというような体長の烏ではいとも簡単に弾き飛ばされる。
「烏!」
「すまん主...ここまでだ」
ポンッと煙のように消えてしまった。口寄せで呼び出した者も影分身と同じく命尽きるような攻撃を受ければ消える。
影分身と違うのはしばらくすればまた蘇ることだ。
「くそおおおおおおお!!!!」
「無様です。そのまま堕ちなさい!!!」
ハヤトはなにもない空中に投げ出されてしまった。烏という空を飛ぶ手段もなしで。
 




