第二話
「いつ、出発するのですか」
僕は彼女にそう問いかけた。
まだ時間は昼間だ、早くもなく遅くもなくと言ったところだろうか。
ちなみに僕は一日の中でこの昼間が一番好きだ。
なぜなら朝は寝起きで眠いし夜は眠いから、消去法でだ。
「とりあえずここ一週間ぐらいはあなたの魔法を鍛えるわ。
そのためにピッタリなところがあるの…まだ私たちで兄さんに挑むのは早すぎるし、無謀だわ。下手に命を落とすよりよっぽどマシよ」
「彼がいるところは、わかっているのですか?
居場所がわからないのに復讐をするとなるとそれこそ無謀だと思いますが」
「知っているわ。
呪いをかけられた時の私の服に兄さんからの手紙が入っていたの。隣の国にいるそうよ…町の名前も書いてあった。だけどそこに行ったって確実に兄さんに会える訳じゃないわ。警察に追われていても行方をわからなくしてしまうんだもの」
確かに、警察でも未だ発見されていないということは僕たちは警察以上の捜索をしなければいけないということになる。
そういうことを考えると何故か頭が痛くなってくるので、別のことを考えることにした。
「凛さん、あなたの呪いは、人を殺さないと気がすまないという呪いでしたよね…これまで何人ほど、その呪いで命を」
「やめましょう黒田…その話は全く楽しくない。あなたがもし本当に知りたいと思うのなら教えてあげてもいいし、それでもあなたが正気で居れる保障は私には出来ないわ。それでも、見たいと思う?」
「それぐらいの覚悟がないと、あなたの戦闘協力者など務まりませんよ…
僕はただ純粋に、戦闘協力者の事を知りたいだけなのですから」
「こっちの部屋よ。
見たら本当に正気じゃなくなるかもしれないけど、そのときは私があなたを…わかってるわね」
彼女がこの部屋から出て、別の部屋に歩きはじめた。僕はこの部屋以外は出入り禁止にされていて、見ることどころか扉を開くことすら出来なかった。
「この部屋よ…私の呪いの、とてもとても嫌いな私の呪いが犯した罪が隠されているのは」
彼女がそう言ってドアを開けた
。僕はそれを見たくないと本当は思ってしまった。
彼女が僕に見せることによって、彼女にもまた被害が出てしまうかもしれないからだ。
そもそも呪いは彼女のせいではないのに、まるで自分のせいだと思っているみたいだ。
「それじゃ…失礼します」
そこには、無数に積まれた死体があった。
男、女、子供。
どれぐらいの人たちがこの中にいるのだろう。
みんながうつ伏せになって、顔すら見えない。
「醜いでしょう…そこにいる人はみんな、生きているときは醜くなんて無かったのに」
床には誰かから出た血が付いていた。
彼女はしっかり管理はしていない…いや、出来ないのかもしれなかった。
だからここは本当に積まれたゴミの山のようで、見ているだけで無惨に思えてくる。
「この人たちは、自分で選んで殺したのですか?」
「そんなわけないじゃない。
警察は私の呪いを知っているから、定期的に私の家に送ってくるのよ。
だけど選んだ方がマシかもしれないわね。
この人たちは、みんなこっちの街とは全く関係の無い、田舎の村から連れて来られた人よ」
そういえば着ている服の種類がこちらと全く違った。
僕たちの住んでいる街はこの国の経済の中心地と言われるような、僕の前世で言う都会のようなところだ。
田舎から持ってきたということは、経済に影響の無い人たちを選んで持ってきたということなのだろうか。
良く考えればわかることだが…いや、やはり全くわからない。
そこに住んでいる人たちにはなんの罪もないからだ。
どんな理由があったとしても、人を殺すことを認めてはならない。
それが例え僕の戦闘協力者の呪いであったとしてもだ。
自分の正義を自分で見つけないといつか闇に呑まれてまともな人間となって生活することが出来なくなってしまう。
だから尚更考えなければいけないことだった。
「私…もう人を殺したくなんてないの。
全て私が悪いのよ。
私が兄さんにもっと尽くせば良かったのかもしれない、この人たちも救われたのかもしれない…そうだ、処女でも捧げてあげればよかったかもしれないのに」
「お止めください!
これ以上…自分自身で自分を傷つけないでください!
確かに人を殺すことは、如何なるときでも認めていいことではありません。ですが…このことは、悪い方は確実に」
「いいのよ。
悪いのは兄さんじゃなくて、私。それでいいの…
それぐらいの気持ちじゃないと、私が殺してしまったこの人たちに申し訳ないじゃない!
人のせいで殺した?
仕方がないから殺した?
そんな事で許されるような軽いことじゃないの!
私の呪いのせいで、私が自分の手でこの人たちを殺してしまった、私が悪い…そう思わないと、やっていけないのよ…」
彼女は人を殺すのは兄のせいではなく、自分のせいだと思っている、というより思いたいようだった。
それは、自分の罪のせいで犠牲になってしまった人に『自分の意思ではなく他の人のせいで殺した』などという責任を逃れる行為をしてしまうからだ。と、彼女は伝えたいようだった。
「…わかりました。
でも全て受け入れてしまっては、いつか人は簡単に壊れてしまいます。だから少しでも、罪を受け入れないためには…!」
「出かけましょう、黒田。
さっき言ったように、あなたを鍛えるところに行くわ。一日でも早く、こんな呪いから離れたい…だから力を貸して」
断る理由など、今の僕には無かった。