青の水平線
私は彼を咀嚼していた。静寂をつらぬいて響く歯と歯のこすれる音は自分で聞いていてもはがゆいほど蒼く、凛々しかった。しかしときどきたてるガリッと言う音で私は現実に引き戻されてしまうのだ。
気が付くとそこには彼が立っていた。キラキラ光る砂浜と夏にしては珍しい雲ひとつない青空、そして何より美しい真っ青な海。文句の付け所が無い私の町自慢の絶景だ。
「早く」
彼は口数が少ない。必要最小限の言葉でコミュニケーションをとり、無駄な体力は使わない。とにかく最短ルートを追い求める。それが彼のモットーのようである。
いつになくゆっくりと開くように感じられるバスの扉は海が反射して群青色に見えていた。そこに写っていた私と彼もまた群青色に染まっていたのだった。
私は彼を吟味しはじめていた。この時は彼もまた私を見定めているようであった。互いの視線が交錯し、不協和音を奏でている。しかしその視線の先にあるものは相互不干渉的に知り得るものではない。私は彼の見ているものを知らないし、彼も私の見ているものを知らない。恒久的に交わることを許さないであろう二つの葛藤はかきけされることなくこのまま限りなく続くような気がしていた。
バスが止まると同時に彼は立ち上がり出口へと向かう。私も彼に続く。さきほどまでの緊張は不思議とやわらいでいた。
「ここから徒歩十分。」
彼はそう言うと同時に速足で歩き始める。今さら急ぐ必要なんて無いのに、と私は思う。まだ真上には来ていない太陽がジリジリと地面に照りつけている。ずっと地面を見ているとその照り返しで目の前が真っ暗になってくる。汗だくになりながら黙々と二人の男女が歩いている光景ははたから見たら異様だろう。だがあいにくここには民家もなければ、人もいない。
『蒼映画館』と書かれた看板が何十年も前からそこにあったかのようにたたずむ廃墟の前に私と彼はは立っていたのだった。ようやく彼は口を開いた。
「ここが俺らの城だ。ここが俺らの墓場だ。誰にも邪魔されず静かで孤独なね。」
「。。。」
私は彼をついに飲み込んでしまったようだ。食堂を通過しているのが分かる。もう、これで終わりなんだ。