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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

北斗七星とシアン色の歌。

作者: ミー子

8作目。私の作品では初の、人殺しが出てきます。


訂正→神宝は初期設定の名前で、一部この名前になってたため、ヴィオラに訂正しました。

ある森の奥に、深い深い湖が1つある。透明で、深くて、水面の底まで見える美しい湖。

その湖を、少年がたった独りで、守っていた。

少年は、見た目は10歳ほどの子供の姿で、幼かった。

しかし、その少年は、幼いながら、美しかった。

シアン色の瞳、シアン色の肩につくほどの長さの髪。

見るものすべてを魅了してしまう程の容姿をしていた。

しかし、その少年は、産まれてこのかた、音を聞いたことがない。

音の無い世界に、ずっと独りでいたが、寂しいと思ったことはなかった。思う必要も無かった。


 ずいぶん前は、自分の住まう湖の周りには、人が沢山来ていた気がする、と少年はぼんやりと思う。

暑い日でも、この場所は涼しかったせいか、暑い日には、子供が遊びに来て、湖の底を覗きこんでは何かを指差して、口を動かしていた。

恋人は、岸辺に腰を下ろし、何かを語り合っていた。

無論、何を言っていたのか分からなかった。

ただ、いつしか人が来なくなった。


それからは、岸辺に腰を掛けて、いつか見た恋人の真似をして、過ごしてみた。

そうしていくうちに心に穴が空いている事に気づいた。

それが、何故だか彼には分からなかった。


 風に吹かれた木々のざわめきも聞こえず、水面に朝露が落ちる音も、雨だれの音も聞こえない。

そんな、音のない世界に産まれた自分。

寂しいなんて思った事はない。

そんな感情の名前など、自分は知らない。

しかし、自分の隣には誰もいないと気づいたのは何時だっただろうか?

人里に降りて、木陰から人間達を見てからだった気がした。

人間は、沢山の仲間と仕事をしたり、遊んだりしている。

自分には、そんな人はいない。

ずっとずっと独りだ。

今も、昔も、そして、これからも、神殿を守りながら独りで生きていくのだ。

不意に、そんな思いが込み上げてきた。

言葉なんてわからない、何かを思っても、その思いの名前もわからない。

よくわからない、胸に込み上げてきた”思い”が怖くなり、彼は湖に逃げるように飛び込んで、何かから逃れるように冷たく深い闇の底へと潜り込んでいった。


こわい、かんがえたくない、こわいこえが、あたまのなかに、ながれこんでくるの。たすけて、だれか、たすけて。


そんな声がどこかから聞こえてきて、目が覚める。

気がついたら、背の高い魔女がひとり、目の前に立っていた。驚いて息を呑んだ。

自分を見ていた魔女は、長い緋色の髪を揺らし、静かに北の方向を指差す。

そして、一言だけ言った。


「あなたの役目は、わたしが指差す方向にあるわ。ナゴ。」


早くいきなさい。

彼女はそう言うと、ナゴと呼ばれた17歳ほどの少女に近づき、雫を差し出した。

この中に、と切り出す。


「行くべき場所への、道しるべが入っているから、その雫の声をしっかりと聞いて、役目を果たしなさい。」


ナゴは黙って頷き、雫を受け取ると、魔女に問いかける。


「北の森の静かな神殿に、誰がいるの?もみじ」


手に持っている雫を指差して魔女ーーーもみじに言う。


「幼い少年たったひとりでいる。

音も聞こえない少年がひとりでいる」


冷静な声でもみじが言う。


「この雫に入っている情報だけじゃ少なすぎる。」


不満げな声でもみじに言った。


「仕方ないよ。この雫が割れて中身を人間に知られてごらん。それこそ幼い少年が危なすぎる。」


少し不機嫌な声でもみじが言った。


「どんな風に危ないの?」


お構いなしにナゴは問いかける。

イライラした調子でもみじは答える。


「欲望まみれの人間に幼い少年の事を知られてみなよ。好奇の目が注がれて、捕まってしまうかもしれない。」


心底人間は憎たらしい、と言うようにもみじはナゴを見る。


「ふうん?そうなんだ。まあいいや。行ってくるね。」


ナゴは、くるりと背を向けると、出口へと歩いていった。

外は明るく、活気に溢れていた。

ナゴは、物珍しげに、露店に出されている物を眺めながら歩く。

彼女には、親がいなかった。物心ついたときには、すでにいなかった。

村から村へと渡り歩いているうちに、気を失った。

誰かが自分に手を差しのべたのは覚えているが。それから先は記憶にない。それよりも自分は、神殿に行かなければならない。

ナゴは早足で森の中の神殿へと向かう。

路地を曲がったとき、ナゴが歩いて生まれた僅かな風圧で

路地に貼ってあった紙が、カサ、と音をたてて地面に落ちた。

その紙には、短い文章が乱雑な文字で簡潔に書かれていた。


『全世界指名手配・血の色の魔女2人が行方を眩ます』



森についたナゴは、息をひとつ、深く吸い、森に足を踏み入れる。

ひんやりとした森の空気が彼女を迎えた。

濃い緑色の葉を繁らせる樹木に、緑のにおい。さらさらと流れる小川。きらきらと木漏れ日が降り注ぐ。

どれも、とても美しい。神聖な雰囲気は、本当に神殿がありそうに思える。

あの、魔女が言っていたことは、本当のことらしい。


『幼い少年が、神殿を守っている』


森の奥深くに進むと、子供が遊んだような痕が幾つか見受けられた。

草花が摘まれたような痕、小さな足跡……

たったひとりの少年は、何を考え、過ごしてきたのだろう。

ナゴは、少年に会ったら、何て挨拶をしようか、と考えた。

ふと、前を見ると、小さな影が警戒をするように、こちらをうかがっている。

よく見ると、肩に付くような長さのシアン色の髪に、シアン色の瞳の子供。

自分の記憶が正しければ、少年だ。

少年は、ナゴが自分を見ているとわかった瞬間、くるりと踵をかえすと、森の奥まで駆けていってしまった。


「あっ……まっ、待って!」


叫んだ瞬間、彼女は思い出す。何を言っても、少年には聞こえないのだ。

仕方なくナゴは、少年の後を追った。

少年は、奥へ奥へとかけて行く。

少年の足は思った以上に速くて、なかなか追い付けなかった。

足の速さには、自信があったのに!と、ナゴは、悪態をついた。

急に、少年は何を思ったのか、足を止める

ナゴは急な出来事に驚いて、足元にあった石に躓き、派手に転んでしまった。

その様子を振り返って、転んだナゴを見た少年はケタケタと笑う。

確かに、声を出して笑った。

ナゴは、あっけにとられてその光景を見ていた。

自分の前からいきなり逃げ出したと思ったら、急に立ち止まり、転んだ自分をみて笑うのだ。

一体何を考えているのか、全くといっていいほど想像できない。


「ねえ、一体、何を考えているの?」


ナゴは、口に出してみる。少年には聞こえない問いかけだと分かっていても、口に出さずにはいられない。

少年はナゴに近づき、小さな手でいきなり唇に触れた。


「な、何をするの?!」


赤子のするような行動にナゴは声をあげる。

形をかえる唇に興味を持った少年は、ナゴの手を引いて、駆け足で自分の住まう神殿までつれて行く。

他の人間とは違い、ナゴは、黒い感情を持っていない、と少年は安心したのだ。

無邪気な少年の顔をみていると、まあいいかと、ナゴは思い、黙って少年に腕を引かれながら森の中を少年と共に歩いた。


随分奥まで来たな、とナゴは思う。

奥に行くにつれ、神聖な雰囲気になってきた気がする。

ここら辺一帯は、この少年が守っているのだろうか?

ナゴは、ふとそう思いながら、少年を見ると、少年は顔をあげてニコりと笑った。

まるで、そうだよ、とでも言うように。

それに少し驚き、目を見開いて、少年の目を覗き込んだ。

まるで、自分の心を見透かされているようだった。


「ここら辺は、全部あなたが守っているの?」


ナゴの言葉に、少年は首をかしげる。やはり、聞こえてはいなかった。

その代わり、表情や、雰囲気で伝わっているのだろう。

彼にとっては、表情、雰囲気、においや、色、目に見えるもの、肌に触れるものが大事な情報源なのだ。

少年は、ナゴの手を再び取ると、森の奥へと足を進めた。

しばらくすると、大きな木が2本、神殿を守るようにそびえ立っていた。

小さな神殿だったが、表面が滑らかな白い石が使われ、丁寧に作られている印象を受けた。

しかし、長い間忘れ去られて居たのだろう。あちらこちらにひび割れれが生じていた。

少年は、そのひび割れを哀しそうな目をして撫でていた。まるで、何処か痛いところはないのか、と話しかけるように。

ナゴは、その様子を、複雑な思いで見ていた。


次の日、少年の住まう森に着いた時、ちらり、と視界の端で何かが動いたので、その方向に目を向けた途端、少年がナゴの胸に飛び込んできたと思うと、ぎゅっと抱きつく。

ナゴは、目を見開くと、頭をくしゃりと撫でた。


その時、ガサガサと葉擦れの音がしたと思うと、近くの茂みから、人影が2つ飛び出してきた。

少年は驚いてナゴの後ろに隠れた。

ナゴは身構えたが、影の正体は、2人の女性だった。

2人の内1人が止まりきれずに、ナゴにぶつかってしまい、ナゴは、倒れそうになった。

ナゴは、少年に倒れこんで仕舞わぬようにと頑張ったが、何しろ一瞬のことだったので、少年を下敷きに倒れてしまった。

驚きに声も出せずにいたナゴは、少年の呻き声に、ハっとして、我に還った。

女性はそれに気付き、慌てて立ち上がる。


「ごめんなさい!重かった?」


高い声にナゴは、慌てて立ち上がる。目の前にいたのは、日に透ける金髪が印象的の女性だった。

大丈夫です、と言おうとしたとき、特徴のある声がナゴの言葉を遮った。


「相当重かったってよ。」


その声のした方向に目を向ける。

目に留まったのは、顔に大きな傷跡のある、無造作に切られ、傷みかけた茶髪の女性だった。


「失礼!本当にごめんなさい。」


金髪の女性は金色の瞳をナゴに向けて頭を下げる。異国の人なのか、少し言葉がたどたどしく、片言だった。

ナゴは、首を横にふった。


「大丈夫です。」


金髪の女性は少年に目線をあわせると、大丈夫だった?と尋ねる。

しかし、少年は、何をいっているの?と言いたげに首をかしげるだけだった。

その行動を見て、傷跡のある女性も、金髪の女性も目を見開いた。

しかし、傷跡のある女性は直ぐに何かを理解したような顔になる。


ねえ、とナゴに話しかけたのは傷跡のある女性。


「失礼なこと聞いちゃうけどさ。もしかしたら、その子、耳が聞こえない?」


その場の空気が、冷たく凍りついたようだった。

金髪の女性は少年を凝視した。

ナゴは黙って下を向いている。

少年は、キョトンとして金髪の女性とナゴを見ていた。


「なんで?それを……」


声を出したのは、ナゴだった。

傷跡のある女性はそれを聞いて当たり前のように答える。


「ん?それはね、お嬢さんは私たちがここに来るときにガサガサと葉擦れの音がしたの、分かったでしょ?で私たちが飛び出してきたわけだ。

お嬢さんはとっさに反応して警戒してたけど、その子は反応してなかったでしょ?」


なるほど、とナゴは思った。

金髪の女性も頷いている。

まあ、と傷跡のある女性は付け加えた。


「10年も色んな子供たちを見てくれば、大体分かるさ。」


そう言うとニヤっと、いたずらっ子っぽく笑う。


「子供と関係のあるお仕事を?」


何気なく尋ねてみたが、2人は俯いただけだった。

傷跡のある女性が、小声で言う。


「そんな、綺麗な仕事じゃないよ。」


そんな声は風にさらわれ、ナゴに届くことはなかった。


「お名前は、何て言うのですか?」


ナゴは、2人の女性に訊く。

2人は顔をあげて、驚いた表情を見せた。


「ミザール。」


傷跡のある女性が答えた。

続いて金髪女性も答える。


「フェクダ。」


ナゴはそれを聞いて、星を連想した。


「北斗七星の名前ですね!」


フェクダは、ナゴを見ると微笑んで、そうね、と言った。

ミザールは、その子の名前は?と尋ねる。

え?とナゴは少年を見て、口を開いた。


「何て名前か、分からなくて……。」


少年は視線に気付き、ナゴを見上げる。


「シアン、何てどう?」


その子、シアン色じゃない?

フェクダが言う。

確かに、とミザールも言った。


「え?でも、この子にも名前はあるのでは……」


ナゴは、困ったように眉を寄せる。


「聞こえないから、名前が分からなくてもいい訳じゃないでしょ?」


ミザールは続けた。


「みんな、何かしら名前はあるんだから。」


ね、シアン。とフェクダが呼び掛ける。

シアンと呼ばれた少年は、名前をつけてもらったのが分かったのか、フェクダの方を見た。


「聞こえなくても、分かるもんね。」


ミザールはシアンに話しかけると、頭を撫でた。

シアンは気持ち良さそうに目を瞑った。


すごい、とナゴは感心した。


(短時間で、心を通わせた)


ナゴはあのあと、心を通わせるまでに、日が暮れるまでの時間がかかったのだ。


「ねえ、お嬢さん、名前は?私たちだけ名前を言うって言うのも、不公平でしょ?」


不意に、フェクダがナゴに尋ねる。

ナゴは、生真面目な顔をして、背筋を伸ばすと自己紹介をした。


「名前は、ナゴです。とある魔女から、この子……シアンを護るようにと指名を受けて、ここに来ました!」


そんなナゴを見て、ミザールは、急に笑い出す。

ミザールにつられて、フェクダも笑い出した。

2人の笑う声が神殿に響いて、ナゴは顔を赤くしたが、やがて、ナゴも笑い出した。

シアンは、3人が急に笑い出すので、何があったか分からずにきょとんとしていた。

不意に、ミザールが笑うのをやめる。シアンをじっと見て、口を開いた。


「シアンを見てると、私の弟を思い出すよ。」


ナゴがその言葉を聞いて、ミザールに訊いた。


「弟さんが?いるのですか?」


ミザールは、複雑な表情で答える。


「正確にはね、いた。過去形なの。もう、いない。」


その目には、涙が浮かんでいた。

ナゴは、なんて言っていいか分からずに、苦し紛れに言う。


「明日も、ここで待ってます。シアンと一緒に。」




「うええ?それって……本当?!」


朝早くの神殿に、ナゴの素っ頓狂な声が響いた。


「しっ!声が大きいわ、ナゴ」


もみじがあわてて制する。ナゴはしまった!というように手のひらで口を押さえる。


「何かね、何でかしら……」


もみじは、シアンの頭をなでながら言う。


「この子の命が狙われているなんて……」


ひゅっと、ナゴは息をのんだ。


「理由は……?」


もみじは、目を伏せて、重い口を開く。


「聞こえないからよ。耳が聞こえない。それは、神様の声が届かないからなのよ……

聴こえないことが、ばれたの。」


周りの世界が、真黒に塗りつぶされた気がした。


「この子……神子(みこ)様は、先代の神子の記憶を受け継いで、神様からの声を聞く役割をしていた。

たった12歳でも、先代の神子の髪飾りをし、聖水を飲み、洗礼を受ければ、正式な神子となる。

それが、ただの、人間の子供だったとしても。」


ナゴが、声を震わせる。


「神子じゃない……“シアン”よ……人間じゃなかったとしても、私の友達で、護るべき存在……。」


昨日の記憶がよみがえる。昨日は、楽しかった。

シアンだって、聞こえないだけで、普通の子どもだ。


「この子は、人間の子供よ。聖水を飲まされただけ。髪飾りをさせられただけ。

助ける方法は、ある。ここから、抜け出して、遠い処に行きなさい。転んでも、けがをしても……。」


それだけを言うと、もみじは背を向けて、自宅に戻っていった。

ナゴは、地面に座り込んだ。地面は固く、ひんやりとしていた。

シアンは驚いて、大丈夫?とでも言いたげに、ナゴの目をのぞきこんだ。

葉擦れの音がしたと思うと、ミザールと、フェクダが姿を現した。

ミザールはナゴを見るなり、駆け寄った。


「大丈夫?!ナゴ!」


ナゴは2人の顔を見ると、わーーーっと泣きだした。

そして、もみじから聞かされたことをすべて2人に話した。


「そんなことが……。」


フェクダが、目に涙をためて言った。

シアンを囲むように、円陣を組んで3人で座っている

ただ、シアンはナゴに甘えていた。


「昨日、いったことを、覚えてる?ナゴ。」


ミザールがナゴに話しかける。


「え……?」


ナゴはミザールのほうを見た。


「弟の話。」


ああ、とナゴは声をあげると、覚えてますよ。と答えた。


「昔ね……。」


ミザールは語りだした。


「私に、かわいい弟がいた。3歳れていたけれど、とってもかわいい弟だった。

弟は、物事を覚えるのは遅かったけれど、素直でやさしい、いい子だった。

脚が少し悪くて、早くは歩けなかったけど、頑張り屋さんだった。」


そこで息をついた。髪の毛が影になり表情は見えない。


「弟は、親から、虐待されていたの。お前はいらない子だって」


声が震えているのが、分った。フェクダは、肩を震わせて、目から涙を流していた。

ナゴは、黙ってそれを聞いていた。目頭が熱かった。


「そして、ある日、弟はこの世からいなくなった。」


その場の空気は、暗く沈んでいた。

初めは、ナゴに甘えていたシアンも、空気を読んだのか、大人しくしていた。


「どこを探しても、洋服もだけしか、無かった。

あのね。私、気付けなかった。肘に痣があった。切り傷があった。打撲した後もあった。弟に訊いたら、転んで傷を作った、としか言わなかったの……問い詰めても、問い詰めても。

お役所にも頼んだ。でも、注意をしておきますからって。それだけで、助けてくれない。

助けてあげられなかった。私は両親を恨んだ。近所の人も恨んだ。」


そして、とミザールは顔をあげた。その目は憎しみの炎が宿っていた。


「私は両親を殺した。」


言いきった瞬間、暗く澱んでいた空から、大粒の雨が降ってきた。


「夜中に、ナイフを持ち出して、2人を、刺し殺した。そして、村から、国から出て行った。」


それでも、ミザールは話を続ける。2人も話を聞いた。


「大人は嫌い。信じられない。今まで、子供を虐待していた人たちを殺して、子供だけを助けてきた。

赤ちゃん、幼稚園児、ナゴたちくらいの子もいた。」


フェクダは、ミザールの肩をつかむと、悲鳴を上げるように言った。


「やめて!もういいから!」


泣きながら言う。

そのとたん、大人たちの声が聞こえた。いち早く聞いたのは、フェクダだった。


「ナゴ!ここから退きなさい!あっちに行くのよ!」


フェクダが叫び、ナゴがシアンの手を引き、立ち上がったとたん、大柄な男性3人が、姿をあらわした。

王室警備兵だった。


「そこの君、その子をこっちに渡しなさい。」


冷たい声で、話しかけられる。

ナゴは、シアンを抱きしめると、睨みつける。


「……いやだ。絶対に、渡しやしない。」


ナゴは、精一杯の低い声で、反発した。

フェクダと、ミザールは、さっと立ち上がると、身構えた。


「王の命令だ、大丈夫、なにもしないよ。」


やさしく話しかけられるが、ナゴは首を横に振る。

その優しさの中には、黒い感情がある。子を、物としか思っていない、あの声と一緒だ。

即座にミザールはその感情を読み取った。


「この子の命を、奪うのでしょう?」


フェクダが低い声で言った。

兵のうち1人が押し黙る。


「さあ、こっちに渡しなさい!」


もう1人の兵隊声を荒げ、ナゴに襲いかからんばかりに、槍で切りかかろうとした。

その時、ミザールが兵に向かって叫ぶ。


「私は、全世界指名手配、血の色の魔女、『ヴィオラ』だ!」


兵の視線が、一気に、1人の女性に集まる。

ヴィオラは、ナゴに言う。


「だましててごめんなさい。私はミザールなんかじゃない。ヴィオラなの。」


それだけ言うと、3人の兵の間を潜り抜け、街まで走って行った。

兵たちがヴィオラの後を追うように、かけてゆく。

それを見届けると、フェクダは、ナゴたちの手を引いて、森の奥へと走ってゆく。


「ごめんね、ナゴ。私も嘘をついてた。私はフェクダなんかじゃない

エミィ。これが私の本当の名前。」


ナゴは顔を上げる。

彼女はそれ以上何もいわずに、森の奥へと走った。

やがて、鬱蒼と茂っていた木々はまばらになり、あたりは明るくなった。

エミィは立ち止まり、ナゴにふり返る。

ナゴは、なんとも言えぬ表情をしていた。

エミィの顔は泣きそうだった。


「私は、自分の村や、国がいやで、逃げ出した。そして、ヴィオラと出会った。」


エミィは続ける。


「ヴィオラは、虐待されている赤ちゃんがいると聞いては、その家に出向いた。

私はいつも、子供たちを、子を亡くした親の家や、ちゃんと育ててくれると評判の施設などにつれて行ってた。その間に……。」


そこから先は、エミィはなにも言わなかった。

意を決したように、ナゴと、シアンの手をとり、2人の目をみる。


「きっと、2人には、これから大変なことが幾つも待ち受けていると思う。でも、負けちゃダメよ。あなたたちにはこれからがある。未来がある。

ここでお別れだけど、振り向かないで前に進むのよ。」


エミィは、そう言うとナゴの手になにかを握らせた。

そして、2人の頭を優しく撫でると、エミィは、森へと戻っていった。

ナゴは黙って見送る。

シアンは、エミィに手を伸ばして、何かを言おうとしていた。



ヴィオラは、兵に追われていた。弓矢を放たれたが、間一髪で

路地に逃げ込み、やり過ごした。

腹はあちこち破れ、血が滲んでいるところもある。


「ちっ……偽善者が……。」


悪態をつく。

15歳の時に、親を殺し、それから10年も逃げ続けてきた。

それも、もう、終わりにしようかと思い始めていた。


「ヴィオラ!」


エミィが裏路地からヴィオラを呼ぶ。


「傷だらけじゃない!大丈夫?」


「静かに!」


ヴィオラは、エミィの口を押さえる。


「ナゴたちは?」


ヴィオラが訊く。


「逃がした。」


それを聞いて、安堵の息を漏らす。


「あの、ナゴと一緒にいた子を見たとき、弟が帰ってきたのかと思ったよ。」


ヴィオラは、語った。


「あの子には、私の弟の名前をつけた。」


「じゃ、シアンは......。」


エミィはヴィオラの顔をみた。


「私の弟の名前。」


ヴィオラは微笑んでいた。

冷たい雨のなか、空を見上げて、空に語りかけていた。


「シアン、姉ちゃん、悪いやつでごめんね。」


その様子を見て、エミィはハッとした。

その顔は、殺人者の顔ではなく、1人の女性の顔だった。

彼女は、ひとつ決心をした。

路地から出ていこうと踏み出す。

エミィはそれを止めようとしたが、ヴィオラは言った。


「もう、終わりにしよう。」


殺して逃げるだけの人生は。

表通りは、兵が駆け回っている。

そのなかに、ヴィオラと、エミィは立った。


「自首をする。私たちは、もう逃げも隠れもしない。」


雨の中、エミィの声が響き渡った。

兵達は駆け寄ってきて、腕を捕み、きつく縄を巻く。

彼女らは抵抗をしなかった。

ヴィオラは、ふと空を見上げる。

大粒の雨は止み、代わりに小雪がちらついていた。

そうか、今は、冬だったね。

冬は、すべてが終わる季節。

ヴィオラは、吹っ切ったように笑う。


「あの子達を助けることができて良かった。心からそう思う。」


エミィが言う。

罪にまみれた自分達でも、人を助けることができて良かった。

2人は安心した。まだ、私たちは人間らしい所が残っていた。


「後悔している。今思えば、命を奪う以外にも、方法はあったんじゃないかと」


ヴィオラは、後悔をしたように言う。エミィは、複雑な思いで彼女を見た。

あの子達は、泣かずに歩いているだろうか。

大丈夫だろう。ナゴはしっかりしている。シアンも、自分で歩ける。


「きっと、ナゴたちなら歩けるよ。」


空に向かって、ヴィオラとエミィは言った。

ちらついていた雪は止み、ようやく星が姿を見せた。

銀砂を散りばめたような星々の中、北斗七星は優しく、シアン色に輝いていた。




シアン色の少年を導くは、過去を知らない少女。

少年の首には小さな北斗七星のペンダント。少女の手は、しっかりと

少年の手を握って離さない。

どこに向かうのか、どこを目指すのか


天の北斗七星が照らす先には、何があるのだろう?

人の旅路の果てだろうか。

旅人の道しるべだろうか。

魂の行き着く先だろうか。


重い罪を背負ったふたりは、生きたのだろうか。

それとも、この世のすべてに、溶けてしまったのか。


それは、北斗七星だけが知る。

この物語は、見ての通り、私の作る小説の中でも初めての人殺しが出てきます。

本当にこの世の中には、少なからず、いや、とてもたくさんの虐待が起きていますので、悲しい限りです。

育児放棄、児童虐待、乳幼児虐待……数えても数え切れません。

いったい、その中で、何人の子供たちが命を落とし、何人の子供たちが別の大人の手によって、救われているのでしょうか。

神様は不公平だと思います。恵まれる子供たちと、恵まれない子供たちを、こんなにもきっちりとわけてしまいます。

この物語は、この世のすべての人に届けたいと思います。

不謹慎だと思いますし、矛盾がたくさんあるのも分かっています。

それでも書かずにはいられませんでした。


シアン君は、耳が聞こえないが故に、命を奪われかけた少年です。

身勝手な大人たちが、自身の価値観故に、シアンの人間としての一生を奪い、代わりに神子としての一生を与えました。聖水を飲ませ、古ぼけた神殿に放り込みました。

そして、身勝手にも、命を奪おうとまでします。それに危機感を感じた、前作での魔女、もみじが、ナゴに「彼を助けて」と命じます。

それが、この物語の大きな元々です。

途中から見失ってますけどw

ヴィオラと、エミィは最後はどうなったのでしょうか……?

それは、皆様が解釈していただければ、幸いです。

解釈できたら、私にも教えてくださいましね。


本来は、ナゴちゃんと、シアン君が主人公なのかもしれませんが、影の主役は、ヴィオラとエミィです。


彼らを受け入れてくれて、ありがとうございました。


次回作のちょこっとだけ宣伝→次は穏やかなほのぼの小説を書きます。

口笛のような、穏やかでシンプルな小説を予定しています。読みたい方はぜひ、お楽しみにしていてください。

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[一言] 「この子……神子 みこ 様は、先代の神子の記憶を受け継いで、神様からの声を聞く役割をしていた。 ここはあえてそうしているのですか? ちょっとした事ですみません_(._.)_
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