神の手違い
お楽しみ頂けると幸いです。
「君は死んだ」
神は言った。
「君が死んだのね、手違いなんだ」
さらに神は言った。
つまり俺はコイツに殺されたも同然。
「もう一度生きたいかい?」
そりゃ。
生きれるのなら。
俺は二つ返事でそう言った。
「でもね、条件あるよ」
条件……。
自分の手違いで殺したクセに。
図々しい。
「君に課せられた条件――」
神は、言い放った。
俺に課せられた呪いを。
――――
――――――――
――――――――――――
オッス、オラ羽田優哉。
昨日までと何ら変わりない起床をする。
春休みであった昨日まで。俺はそこに強烈に違和感を覚えた。
どうやら昨日、疲れて寝てしまっていたためセットをし忘れたのだろう。
それだけなら問題はなかったのだが――――
本日、入学式。
時計を見ると、午前八時半を回っていることに気がついた。
「やっべ! 普通に遅刻じゃねえか!」
二度目だが本日は入学式。
教師やクラスの皆に悪く思われないためにも、どうしても遅刻するわけにはいかないのだが、どうやらぐっすり寝すぎたようだ。
俺自身、遅刻はあまりしない方なのだが。本日はいっつあ みらくる。
プリントで集合時間を確認する。八時十分か、だいたい家から学園まで走っても二十分かかる。
つまり遅刻確定ですね、分かります。
まだ一度も着ていない制服を取り出す。
そして当然着替える。
数秒のうちに着替えは終わり焼いていない食パンを持ち、家を飛び出す。
ここからは願うしかない。ほんの僅かの可能性と俺の脚力の限界に。
こう見えても元陸上部。
レッツトランザム。
人生最高の全力疾走で走る中、ふと、手が空いていることに気づく。
あれ、今日って手ぶら登校だっけ。
んなわけあるか。
急がば回れ、だっけ。昔じっちゃんが言ってた。
急げば急ぐ程損するとか、明確な意味は覚えていない。
とりあえず、全力で家に戻ろうと振り替える。
そして一つ目の曲がり角で、何かにぶつかった。
美少女か!? とか期待してる暇は無かった。
何故なら……。
トラックやった。
☆
――――人は、なぜ産まれ、なぜ人生を与えられ、なぜか死ぬ。
至って生存出来る期間はランダム。
産まれて直後すぐ命を落とす赤ん坊、百歳を越えてもなお元気な老人だっている。
――――だから、『入学式へ向かおうとする男子高校生が交差点に飛び出し、トラックに轢かれて死亡する』なんてのも世界的には日常茶飯事のことだ。
視界は既に真っ暗だ。
だから、俺が死んだのもおかしくない。運命なんだ、と意識が無くなる前まで言い聞かせていた。
生きようとはなぜか思わなかった。
やりたいこともまだ幾つかあったのだから、漫画みたいなことを思うと思いきや頭にあったのは――――
絶望。これしかなかった。永久に鬱この一ページ。
突然、頭の中が真っ白になる。
そして、ゆっくりと、形が構成されていく。
白い壁紙。
白いベッドに白のシーツ。
そして白い髪の毛をした肌の白いおっさん。
待て、一つ鮮烈に違和感があったぞ。
意識がだんだんはっきりしていく。おっさんというにはまだ少し早いか。
でも白い服着ている上、シワが多いため老けて見える。この前映画になった、阿部さん主演の風呂漫画に出てくる主人公――――いやどうせ伝わら無いから止めておこう。
「えっと、ルシウスさんですか?」
俺はベッドの上で仁王立ち(←重要)をしている人に問う。
というか何故この質問をしたのかと言うと、前ページ参照の主人公の名前である。
そしてこのネタはもう止める。
「うーん、惜しい」
惜しかったんだ。
「私の名前は太郎。この世を総ている神だ」
全然惜しくなかったね、名前。ルシウスなんてイチローと俺ぐらい無関係だったね。
名前のインパクトが強くて神という事より先に突っ込んじゃったね。
「落ち着いて聞いて頂きたい。君は死んだ」
「…………はぁ」
トラックにぶつかったのは覚えている。あれから息を引き取ったのか、俺。人なんて脆いもんだな、全く。
じゃあここが天国なのか? 周りめちゃくちゃ目が痛くなってくるほど白いし自称神(笑)がいるわけだし。
「君が死んだのね、手違いなんだ」
「手違い……ですか?」
「そ、手違い。本当は君が死ぬの七十二年くらい後なんだ」
なら、俺は今日死ぬ予定じゃなかったのか。いい加減な。
俺の薔薇色高校生活を返せバカ野郎。
「だから、聞くよ。もっかい生きたい?」
随分軽いノリだな。自称神(笑)。
「そんなことが可能なんですか?」
「当たり前だよ。私を誰だと?」
「どこにでもいる、ローマのおっさん」
「わかった。生きたくないんだね。後そのネタもうやめろ」
しまった。機嫌を損ねてしまったようだ。
「嘘です。神様にそんなこと言うわけがないじゃないですか」
「真顔で嘘をつける君が怖いよ……」
「生き返らせることには問題ないよ。少し条件があるけどね」
「条件、ですか?」
「うん。まあ大したことではないから心配はしないでね」
「あ、はい」
どんな条件なんだろう。あまり大したものではないらしいけど一応気になるな……。
なんか嫌な予感がする。
「んじゃ、蘇生するよ」
「お願いします」
神は何故か履いていた白いソックス片方を脱ぎ、頭に載せた。そして、
「ソックス!!」
――叫んだ。
「なにその呪文!?」
「大丈夫。三割は冗談だから」
「まずいな。この人脳に七割の疾患を患っている」
こんな人が神だなんて世も末だな。
不景気もこいつのせいなんじゃ無いのか。
「んじゃ改めて『生き返れ』」
かなり安直な呪文だが、分かり易くていい。
やがて俺が白い光に包まれる
いや待て、まだ条件聞いてな
――――いぞ。
真っ白な世界がバラバラに分解され、違う景色へと再構築されていく。
見えて来たのは少し遠くにある壁。
平衡感覚からしてあれが天井ということがわかる。
見慣れない天井だ。ここは、いったいどこなのだろう……。
「優くん……? 意識が、戻ったの?」 視界から向かって左の方向から肉声がした。
俺はまるで岩石のように重い身体を起こし、声をした方へと顔を曲げる。
「明菜……?」
少し赤みのかかる髪のショートカット。前髪をヘアピンで留め(日によってない時がある)、小動物のような幼い顔立ち。その瞳はちょっと涙ぐんでいる。
幼なじみの、竹部明菜だ。
「もう……起きないかもって……心配したよ……」
実際起きなかったんだけど、神の力で生き返りました。
「わ、悪い」
「心配したんだから……。特に目立った怪我は無いけど頭を強く打ってるからって」
頭、か。そう言われ頭部が少し締め付けられていることに気付く。
どうやら包帯が巻かれているようだ。
トラックに轢かれてよく生きてるな俺。あ、生き返ったんだっけ。
白い部屋から一転、消毒液の匂いが鼻をつついている。
いや消毒液かどうかわからない。
入院したの初めてなんだよね、にわか乙俺。
どうやらここは病院のようだ。周りを見る限り個室である。
「羽田君。 起きたのか」
ガラリと部屋の扉が開き誰かが入ってくる。四十~五十代の白衣を纏った中年男性だ。
「先生」
主治医、だと思う。個室は結構広いし、窓から見る景色は最高だ。なので大きな病院ということになるが――――
俺自身大きい怪我、病気等は経験していないのであまり医者にはお世話になっていない。風邪の時は最近まで家に近い小さな所に通っていたためか、この病院に訪れるのは初めてかもしれない。
しかも入院というのも初めてなので妙に緊張した。
「元気そうだね。結構強く打っていたんだけど」
まあトラックに吹っ飛ばされて、気を失っていただけで済むとは神万歳もいいところだ。
欲を言えば入院なんてしたくなかったけどしゃーない。
「彼女に感謝するといい」
そう言って先生は目で明菜を差した。
「学校が終わってすぐ飛んで来たからね。かれこれ六時間ぐらいいたんじゃないか?」
六時間かぁ……。そんなに長い時間明菜は居てくれたのか。感謝感激。
――――――六時間?「明菜、今何時?」
「えっと、六時くらい」
事故が発生したのは大体八時ぐらいで、今が六時だとすると……十時間か。
頭を強く打っただけでこんなに寝てしまうのか……。トラウマになってしまいそうだ。
「せっかく優くんと同じクラスだったのに……待ってても全然こないんだもん」
どうやら俺と明菜は同じクラスのようだ。明菜は面倒見が良いし、これは幸運と言える。
手違いで死んでしまったのは全くの不運だが。
「とりあえず身体的には全く問題はない。あとは脳の検査で帰れるだろう」
「あ、はい。ありがとうございます」
トラックの大きさはあまり覚えていないが、後は脳の検査のみで帰れるのは凄いことなのかも知れない。ドラマなどでしか知識がないが、大体骨折ぐらいはしてたんじゃないかな。
ともかく今日はこれで帰れる。明日からの学校生活に向けてゆっくり休息が採れる(でも思えば今日も一日寝ていただけ)。
「検査が終わるまで待とうか?」
明菜が聞いてくる。しかし、
「いや、良いよ。ただの検査みたいだし」
学校終わってすぐ駆けつけてくれた明菜を、これ以上待たせるわけにもいかない。もうそろそろ暗くなってくるし。
あまり竹部家の方々にも迷惑を懸けたくない。ここは帰ってもらおう。
「そっか。また帰ったらメールしてね」
「おお。悪いな」
明菜は鞄を持ち、ゆっくり扉を開けた。「またね」と手を降った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
あれから三十分ほどで検査は終わり、今はとぼとぼと帰宅している。暗い道をゆっくり、ゆっくりと。
入学初日から事故って欠席。神の力が無ければ死んでいたというなんとも不幸な一日だった。しかも手違いという、異世界小説にありがちな死に方で。
歩いて数分。例の事故現場の角へ差し掛かる。せっかくならチート能力持って転生したかったなぁ……。
そう思いながら交差点を渡ろうとする。
――――しかし――――
「うわっ――――」
急に飛んで来た光に思わず目を庇う。
気づいた時にはもうそれはすぐ近くに居て、思考が上手く働かないうちに俺は鋼鉄の塊とぶつかった。
――――え?
当たったという感触はすぐに感じられず、三メートルほど吹き飛ばされ地面を転がった後で存分に伝えられた。
痛い。
全身が、熱い。
何が起こったのか、まだ俺にはよくわからない。ただ、わかるのは全身の痛みによる苦しみ。
やがて、視界に真っ赤な液体が入る。
――あれ、何だろう。トマトジュースか?最近飲んでないなぁ、あんまり好きではなかったけど。
――頭の中は必死にごまかそうとする。直面している現実から目を背けようとする。
――――本当は、あれが何か知っているくせに。
――――本当は、今何が起きたか知っているくせに。 ありえない。そういう思考とありえてしまった現実がぶつかりあって頭が混乱しているのか。
だって、俺が死ぬのはまだ先のはずなんだ。あと数十年も先で、神がうっかり起こした手違いで俺が死んでしまって――
――手違い?
そうか。太郎のやつ、また手違いを犯しやがったのか。おっちょこちょいにも程があるだろうに。
俺が吹っ飛ばされた場所から音がした。少し首を傾ける。すると俺を轢いたであろうトラックから誰かが出てきた。
何かを言っているようだが、はっきり聞こえない。どんどん目蓋が重くなって、もはや目を開いているのも困難だ。
…………また、この痛みを体感した。二度も同じように、同じ場所で。俺はまた死ぬのか。
最後まで意識が飛ばないように必死に耐える。しかし、それは眠気を我慢する子供のようで、努力虚しく。
儚く、俺の視界が真っ暗になった。