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第8話

 夏の夜の風が頬を気持ちよく撫ぜていく中、私は変な汗を掻いていた。

 昼間、加藤さんに励まされてやる気を浮上させた私ではあったが、いざ蒼大の前にでるとなかなか秘めたる思いは打ち明けられないものだ。

 なんどとなく、あのさ、という言葉を蒼大に投げかけては全く関係のない話題を振りまいていた。

 じとりと背中を流れる汗を感じた。

「みどり? どうかした?」

 そんな私の異変に恐らくとっくの昔に気付いていただろう蒼大は、どうしても言い出せない私を見かねて問いかけてきた。

「うん。どうっていうかなんというか。うん、あのねっ、聞きたいことがね、あるんだけど……」

「聞きたいこと? 何でもどうぞ」

 笑顔で私の言葉を待たれると言いづらい。見つめられている視線から顔を背けて庭に向けた。

 蝉の抜け殻が目に入った。そういえば蒼大は蝉が苦手だと思いだして、こんな時なのに笑みがこぼれた。

「どうした?」

 突然笑った私に再び声を掛けた蒼大に向き直り、思い切って尋ねた。

「蒼大の未練って何? 蒼大は生前彼女とかいたのかなって」

「みどりはそれが聞きたかったんだ?」

 くすりと微笑んだ蒼大に、真っ赤になって俯いた。

「彼女はいなかったよ」

 その一言にホッとした。きっと私は、蒼大の彼女だった人に会いに行ってしまいそうだったから。そんなことしたら自分が傷つくだけだと知っていても、止められなかっただろうから。

「でも、好きな人はいた」

 浮上した気持ちが一気に奈落に落とされた。

「誤解しないでほしい。今、好きなのはみどりだから。それは、昔の話」

「解ってる」

 解ってはいても心は穏やかじゃない。それはもう十年も昔の話だというのは理屈として理解はしても、心は波打って仕方ない。

「蒼大の未練はその人のこと?」

「うん、そうだね。厳密に言えば、その子と俺の兄のことかな」

「お兄さん?」

「そう。その子と俺と兄、俺たちは幼馴染だったんだ。俺はその子を好きだったし、兄もその子を好きだった。彼女は、直接は聞いていなかったけど兄のことが好きだったんだよ。俺が死んだ頃っていうのはまさしく思春期真っ只中で、三人の関係も微妙なものに変化していった。俺はね、兄とその子が上手くいったらいいなって、この気持ちは消そうって丁度決心した頃だったんだ。それを兄に伝える予定だったんだ。結局伝えられないまま俺は死んだんだけどね」

 その二人の行き先は恐らく蒼大が望んだものではなかったのだろう。

「お兄さんとその子は恋人にはなれなかったのね?」

「うん。俺が死んでしまったことで、さらにバランスが崩れてしまったんだね。お互いに死んだ俺のことを考えて想いを伝えられないまま、離れてしまった」

「蒼大がたまにどこかに行っているのは、二人の様子を見に行っているのね?」

 蒼大はゆっくりと頷いた。

 まだその子のことが好きなんだろうか、と思わなくもなかったが、蒼大の横顔を見たらその考えも払拭された。そこに恋慕は含まれていないことに気付いたからだ。純粋に家族の幸せを願っているような表情を浮かべている。

「私に蒼大の想いを伝えることが出来ないかな? 私がお兄さんに伝えるんではダメ?」

 命を落として十年もたってから突然見知らぬ女の子が現れたら驚くだろうし、胡散臭く思われるだろう。それでも、伝えたいのだ。

 もしかしたら、その未練がなくなれば来年の夏を待たずに蒼大は行ってしまうかもしれないという懸念がないわけではなかった。

 けれど、いつも蒼大の存在に助けられてきた私がなにかしてあげられるチャンスは今しかないと思ったのだ。

「伝えてくれる? 俺の想い。もしかしたらもう遅いかもしれない。それでも、伝えないよりは伝えた方がいいのかな」

 蒼大は現在の二人の状況を説明した。

 蒼大の兄、侑大ゆうたは27歳の会社員。体の弱い母が心配で実家住まいを継続中。少し前までは彼女がいたようだが、そんなに時間をおかずに破局している。幼馴染への想いが残っているためかこの十年彼女がいてもあまり長続きはしない模様。

 蒼大の幼馴染、江藤涼音えとうすずねは同じく27歳のOL。会社の同僚と交際しており、来年の春に結婚予定。

「ちょっと待ってよ、蒼大。涼音さんには婚約者がいるんでしょ? 今更言ってももうどうにもならないかもしれないよ。でも、それでも侑大さんには想いが残ってるのなら、涼音さんにも残っているかもしれないの?」

 きっぱりと割り切って次の恋を育んでいるのか、それとも侑大さんと同じように想いを残しながらも他の誰かの元に嫁ごうとしているのか。

「涼音の気持ちは俺には解らないんだ。それでも」

「可能性がゼロじゃないのなら、伝える価値はある?」

 蒼大が頷くので、私の覚悟も固まった。

 蒼大の兄、侑大の元へ会いに行ってみようか。

「ところで、お兄さんって蒼大と同い年だね。もしかして双子?」

「そうだよ。一卵性だからそっくりなんだ。俺が成長して大人になったらこんな姿になるんだって、完成系が見られるよ。みどり、浮気するなよ?」

「しないよっ。いくらそっくりだからって、蒼大とお兄さんは違うんだから」

 でも、とっても楽しみである。

 大人の蒼大を見られるのだ。性格なんかは双子でも違うのだろうが、姿形は恐らくそっくりなのだろうから。

「侑大はこの時期いつも夕方になると犬の散歩に向かう。その時を狙おうか」

 楽しみだ。だが、それと同時に不安もある。

 せっかく蒼大のお兄さんに会えるのに、きっと私は頭のおかしい子と思われるんだ。

「どんな風に伝えたらいいのかな。正直に私には幽霊が見えるんですって伝えた方が良い? それとも、生前伝言を預かっていたんですの方が良いのかな?」

「突然、霊が見えますって言っても信じては貰えないだろうな。伝言ってことがいいんじゃないかな」

 十年前の私はまだほんの六歳の子供だったのだ。そんな子供に伝言を頼むのは可笑しいと信じてもらえない可能性は多大にある。

 私にその大役は務まるだろうか。

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