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第5話

 祖父は一週間、家で羽を伸ばしながら時折どこかへふらりと出かけていたようだ。誰かの様子を見に行っていたようだが、帰ってきたときの表情はどうも曇っていた。

「おじいちゃん、どうかした?」

「ちょっと心配でな」

「何が?」

「ほらお前も知っているだろう? 裏の頑固者のことだ」

 頑固者のところで苦虫を噛み潰したような渋い顔をした。

「ああ、おじいちゃんの茶飲み友達だったあの」

 裏の頑固者というのは、祖父の茶飲み友達だった加藤さんというおじいさんのことだ。ご近所では有名な頑固者で、自分の信じる道に反している者を見ると怒鳴りつけることが常だった。そのため、近所では加藤さんを遠巻きにしている感がある。子供も勿論恐怖のあまり近づきたがらない。祖父だけが、そんな気難しい加藤さんの唯一の外との繋がりだったようだ。

 その祖父が亡くなってから大分元気がなくなっていると話では聞いていたが、祖父が亡くなってもう十年にもなるのだ。もう、祖父のことなど気にしてはいまい。表向きは。

「そうだ、奴だ。あいつなぁ、もう俺が死んで十年にもなるのに他に友達一人作ろうともせん。まぁ、今更友達を作る必要もないのかもしれないが、あの年になるしな、あいつは一人暮らしだし、周りを寄せ付けないでは何かあった時が心配なんだ」

 実際の年齢は知らないが、大分歳を召しているのは窺える。確かに昨今お年寄りの一人暮らしも増え、それゆえ孤独死というのも珍しくなくなってきてしまった。イヤな世の中になったものだ。

「確かに心配だよねぇ」

「そうだろ。お前ならそう言ってくれると思っていたぞ。じゃぁ、頼んだな」

「ちょっと待って、おじいちゃん。頼むって何をよ」

「鈍い奴だな。あいつが孤独死しないように、たまに見に行ってやってくれ。さすがにお前に友達になってくれとは言わないが」

 加藤さんと一切の接点のない私が突然訪問したら、いったい何と言われるか。門前払いされるのが関の山だ。

「友達にはなれないだろうけど、まぁ、行ってはみるよ。だけど、期待はしないで貰いたいな」

「イヤ、お前は出来る子だ」

 調子の良い時だけ、おだてても仕方ないのだが、如何せん祖父はおだて上手なのだ。

 気乗りはしないものの、加藤さんを孤独死させたなんてことになったら夢見が悪い。

 そんな無茶な願いを残し、祖父はのほほんとあの世へと帰って行った。


「大丈夫? みどり。なんか緊張しているみたい」

 私の隣りを歩く蒼大は、私の心中など知る由もなく二人で歩いていることが嬉しいと言いたげに足取りも軽い。

「だって、加藤さん怖いんだもん」

「みどりは、その加藤さんに怒られたことがあるんだ?」

「うーん、ないなぁ。けど、色んな人から怒鳴られたとか叱られたとか聞いてたから、加藤さんは怖い人だってインプットされちゃってるみたい」

 私の右手には、庭で取れたきゅうりとトマトが入っている。

 お裾分けという名目でもないと、突然あの加藤さんの家を訪問することなんて出来なかった。

 加藤さんの家には、すぐについてしまった。

 一人で暮らしている加藤さんであるが、その庭はとても奇麗に片付いていた。意外なことに加藤さんは家庭菜園を行っているようだ。

 はて、このきゅうりとトマトはどうしたものか。

 加藤さんのお庭にも、立派なきゅうりとトマトが実っているのだ。わざわざ私が持ってくるまでもなく。

 引き返そうと踵を返そうとしたその時、降ってきた声に肩が震えた。

「そこで何をしておる」

「いえ、あの、その、お裾分けをって思ったんですけど……、いらなかったみたいで」

 加藤さんは縮み上がる私に近付いてくると、私の手にあったビニール袋を奪い取り袋の口を広げて覗き込んだ。

「なかなか立派に育ったな。奴が残した菜園で育てたのか?」

「あの、私がおじいちゃんの孫だって知って?」

「知らんことがあるかっ」

 突然怒鳴られて縮み上がった私を見て、加藤さんは今度は大きく笑った。

「え? あの?」

「知らんわけがあるか。あいつはお前のことをいつもいつも、しつこいぐらいに話しておったんだからな。……暇なら上がっていけ」

「いいんですか?」

「二度は言わん」

 怒鳴り声に驚いたものの、その直後に見た加藤さんの笑顔はとても優しかった。

 確かに怒鳴られた時は怖かった。けれど、加藤さんはただ単に声が大きいだけなんじゃなかろうか。そんな風に思えた。

「ほれ、これでも飲めっ」

 この真夏の中、出されたのは湯気の立ったお茶だった。

女子おなごは腹を冷やしちゃいかん。夏場でも熱いお茶が一番だ」

 私の困惑を察したように、そう言ってお茶を啜った。

 加藤さんの家は、うちと同じように縁側があり、そこを全開にすると風のとおりが良い。エアコンなどがなくてもその風だけで心地が良かった。

「おじいちゃんは、良くここへ来ていたんですか?」

「あいつは心配性だったからな。わしが他の誰とも付き合わないことを心配してしょっちゅう見に来ておった。いらん心配だというのに」

「きっと今もおじいちゃんは心配しているんじゃないですか?」

「してるじゃろうな。あいつのことだ」

 加藤さんは祖父の話になると、とても良い顔をする。祖父も加藤さんの話をするとき一見顰め面をしているようで、楽しそうに口元が緩んでいるのを隠せていなかった。

 お互いとても大事な存在だったのだろう。

「これから、たまにここへ来ても良いですか?」

「そんなものはいらんっ」

 私から視線をそらして、怒鳴りつけた。けれど、心なしか加藤さんの耳が赤くなっているのを発見してしまった。

「解りました。加藤さんのお許しが出たので、これからちょくちょく寄らせてもらいますね」

「いらんと言っておる」

「そうですねぇ」

 なんとなく加藤さんが解ったような気がした。自分の感情を表に出すことがとても苦手な人だ。素直に出せない想いを怒鳴りつけることで放っている。しかも、反対の言葉で。かなりの天邪鬼なのだ。

 それを知ってしまえば加藤さんの怒鳴り声も何の恐怖でもない。加藤さんが怒鳴れば怒鳴るだけ、こちらに興味を持っているのだと解るから。好かれているのだと解るから。

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