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第3話

たけるの奴信じられないでしょっ?」

 鼻息荒く彼氏の文句を言い募るえくぼは何だかとても可愛らしい。私の部屋に、夏休みの宿題を一緒に片づけるという名目で招かれたえくぼは、プリントを広げたはいいが、その後延々と彼氏への鬱憤を撒き散らしていた。

「まぁ、それは寂しいね」

 えくぼの彼氏健さんは、この夏休みを利用して語学留学のためアメリカへと旅立っていったらしい。その語学留学は丸々一か月を要し、旅立つことを告げられたのは出立の前日だったという。

 寂しいということにプラスして、それを直前まで話してくれなかったことが許せないらしく。なんだかんだと空港に見送りにいったものの、不満は収まらないようだ。

「どうして教えてくれなかったのよ」

「えくぼに反対されたり、寂しがる姿を見たら後ろ髪引かれちゃうからじゃないの?」

 健さんとは面識はない。他校生で、えくぼのお兄さん(高校三年生)の友人らしい彼は、高校卒業後は留学することが既に決まっている。語学留学プログラムに加えて、事前の下見などを兼ねたこの渡米は前々から決まっていたことのようだ。

「そうかもしれないけど」

「えくぼは健さんが留学したらどうするの?」

「どうするって」

 途端に口が重くなるえくぼにそれでも問いかけた。これまで、健さんが留学した後のことを聞いたことはなかった。

「健さんの夢を応援しながら、遠距離恋愛するの? それとも、卒業するまでにお別れする?」

「別れなんてっ、……したくない。だけど、遠距離恋愛する覚悟もないの。だって、会いたくてもすぐに会えないのよ?」

「でも、今はスカイプとかあるし、見ようと思えば毎日だって顔を見ることは出来るよ」

「好きになったら、傍にいたいって思うでしょ。隣りにいるだけでふんわりと温かさを感じたり、その肌に触れただけで好きだなって実感出来たり、幸せだなって感じたりできるんだよ。それがなかったら、悲しくて苦しくて寂しいよっ。……あっ」

 そこまで言った後に、私の視線に気づいたのだろう。恐らく自分の胸の苦しみだけを見つめていたため、私への配慮も出来なかったのだ。配慮なんていらないのだけど、そんな風にされたら余計に傷つくものなのだ。

「私はいいんだよ。最初から解っていることだから。そういうのちゃんと覚悟の上だから」

 努めて明るく振舞ったつもりだが、えくぼの顔が泣きそうに歪んだ。そんな顔をさせるつもりはなかったのだが。

『みどり、彼女と話がしたい。いいかな?』

 今まで姿を隠していた蒼大が不意に現れてそう言った。

「ああ、うん。えくぼ、蒼大が話がしたいって。私が通訳するから、いい?」

「うん」

『はじめまして。俺の話はみどりから聞いているんだと思う。俺も君のことはみどりから聞いている。俺がこんなだから反対しているんだよね?』

 私が蒼大の言葉をえくぼに寸分違わず伝えると、えくぼはキョロキョロと辺りを見回した。ここにいるよ、と私の隣を指差すと、そこに向かって軽く頭を下げた。

「こんにちは。みどりの親友を自負しています、えくぼです。あなたのおっしゃるとおり、私はあなたとみどりの交際を反対しています。みどりはとても良い子だから、何もしなくても良い男は寄ってきます。なにもあなたのような幽霊じゃなくても、いいえ、幽霊じゃない方がみどりは幸せになれるんです。こんな関係が長く続くわけがない。それが解っているのに付き合うことは不毛ではないんですか?」

『じゃあ、君は留学することが決まっている健さんとやらとどうして付き合っているのかな? 君が言ってることと、君が抱えている問題とあまり変わらない気がする。別れなきゃならない、放れなきゃならない、それが解っていても気持ちを抑えることが出来ない。それを知っている君が俺たちを反対するの?』

「私とあなたとでは問題が違います。私の場合は、本当に会いたいと思えば物理的に不可能じゃない。金銭的なことや色んな事、問題はあるかもしれないけど不可能じゃない。二人の心が強くあれば、距離なんて些細なことにすぎないっ。私は、そんな距離ドンと来いなんですっ。私は彼と別れたりしません。大好きですからっ」

『ほら、解決した。ね、みどり』

 私に向かって微笑んだ蒼大はとても良い顔をしていた。私と蒼大の問題で興奮していたえくぼは、自分の問題もあっさりと解決してしまった。恐らくそれを目的として、少しキツイことも言ったのだろう。

「頑張りなね、えくぼ。気持ちを強く持てば大丈夫だよ。蒼大も笑ってるよ」

「わざと私に発破をかけたのね? 気持ちが上昇してきたし、やれるって気がしてる。感謝してるわよ。だけど、蒼大さん、私はあなたとみどりの関係を許したわけじゃありませんから。今のところは様子見とします」

 私は蒼大と目を見合わせてくすりと笑んだ。

「ところで、蒼大さんてどんな顔してるの?」

「えぇ、どんな顔って。うん、格好良いよ」

 私がそういうと隣りの蒼大は少し照れたように頭を掻いた。

「それじゃ解らないじゃない。特徴よ、私が絵に落としていくから」

「輪郭は丸顔でもないし、逆三角でもないし四角でもないよね。うーん、普通かな。髪の毛はね、黒くて柔らかそうで少しくせっ毛かなぁ。長さは短すぎず長すぎずちょうどいいくらい。眉毛はきりっとしてて、目は大きいの。鼻は高い方で、唇は下唇だけほんの少し厚い。そんな感じかな」

「どう?」

 私の解りにくい説明から書き上げられたとは考えられないほど、そっくりな似顔絵が出来上がっていた。

「わぁ、そっくり。えくぼって凄いね」

「そんなことはないわよ。それにしても……蒼大さんって、男前なのね」

 確かに蒼大は男前だと思う。出会ったあの時は、子供ながらに綺麗なお兄さんだって見とれたものだった。

「うん、そうだよ。もし、蒼大が同じ高校にいたら私なんか相手にしてくれなかっただろうなって思うよ」

 物理的に私と蒼大が同じ高校になることはないだろう。蒼大は十年前に命を落としたのだから、今生きていたら27歳になっているだろう。立派な大人だし、高校生を相手にするとは到底思えない。

 蒼大が幽霊でなかったら、二人の関係はありえなかったのだ。

 

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