第2話
私と蒼大の恋はあってないようなもの。
私と蒼大の心の中には確かに大切なものとして温かく息づいている。けれど、はたから見ればそれは全く存在しないものなのだ。私はきっと恋に恋したお嬢ちゃんとでもいったところなのだろう。
それでも私は、間違いなく恋をしている。今まさに初恋を。
蒼大と私の間にデートという観念はない。私とて女の子だ。好きな人とデートの一つもしてみたいと思う。けれど、考えてみてほしい。私と蒼大が定番のデートスポットにいったとして、他の人から見た私は明らかに一人で来た寂しげな女の子なのだ。そんな女の子が思い切り楽しそうに笑っていたら、しかも空に向かって色々と話しかけていたら、それは一種のホラーだと思えるのではないだろうか。
架空の彼氏とデートを楽しむ頭のねじの緩んでしまっている女の子にしか見えない。
いくらなんでもそれは避けたい。
私はロマンチックなデートが出来なくても、いつも傍に感じる蒼大がいるだけでいいのだ。
「強がりね」
そんな自説を論じた私に短い言葉を投げつけたのは、親友の玉井えくぼだ。学校内で唯一私の力を知っている存在である。
えくぼは中学校の頃からの付き合いで、最初は全く接点のなかった二人だが、霊関係の事件をきっかけに交流を深めた。私が初めて心から友達だと言える存在だ。
「強がってはいないよ。本当だよ?」
「今の気持ちが本当だとしても、これから先はそうとは限らないでしょ」
えくぼには、蒼大のことも話してある。
私との関係をあまり良く思ってはいないようで、ことあるごとに別れさせようとしている。蒼大を成仏させるためにあらゆる本を調べてもいるようなのだ。
「そんなに私たちのこと反対?」
「反対よ。大反対っ。今すぐ別れて、新しい男を見つけなさい。いいこと? あなたたちがこれ以上関係を深めたところで何も生まれないの。デートをすることも手を繋ぐことも、キスをすることも、ましてやそれ以上の関係に発展することだって出来ないの」
えくぼの言葉は、痛いほどに真実で私の心を深く抉った。
学校では決して姿を現さない蒼大も恐らくえくぼの言葉を聞いている。
「解ってるけど……」
「解ってんならお止めなさいよ」
俯いて黙ってしまった私に、えくぼは苦笑する。
「心配なのよ、あなたが。あの男があなたを攫って突然いなくなってしまうような気がして。取られたくないのよ。生きていてほしいのよ」
「そんな心配いらないよ」
「だけど、考えたことくらいあるんじゃない? あの男の魂が蘇ることなんてない。ならば私が死ねば一緒にいられるんじゃないかって?」
口を開いたけれど、言葉は何も生まれなかった。何を言っても嘘だとえくぼには解ってしまうだろう。
えくぼの言ってることは、的を射ていた。確かに私は、私が死ねば、と考えたことがあった。一度ばかりじゃない。これまで何度も何度も。けれど、そんなことをしても蒼大は喜ばないし、きっとその時点で私たちの関係は終わってしまうだろう。そんな気がした。
「これだけは言える。私は自ら命を絶つことはないし、蒼大が私を引き摺りこむことは絶対に有り得ない。その点だけはそれこそ命を懸けて言えるよ。私は病気や何らかのトラブルに巻き込まれない限り、寿命を全うするよ」
「……それならいいけど」
いつか私が寿命を全うして命の火が消えたら、その時一緒に蒼大も成仏して一緒に転生できたらどうだろうと考えたことがある。それまで、私は誰かと心を通わさずに生涯蒼大だけを想い続けていく。一人で生きていくことは寂しさと不安の連続ではあるけれど、傍に蒼大がいてくれれば十分だ。おばさんになっておばあさんになった私の傍に蒼大ははたしていてくれるだろうか。
そんな壮大な人生設計をしているなどと、蒼大にもえくぼにも言えない。えくぼに言ったら強制的に彼氏を作らされそうだし、蒼大には怖くて言えない。笑顔で、そこまで付き合えないな、って言われたら苦しくて寝込んでしまいそうだ。
「ねぇ、蒼大。今度ね、えくぼを家に招待しようと思うの。その時には会ってくれるでしょう?」
「会うのは構わないけど、彼女には俺は見えないよ?」
「見えなくてもいいの。紹介したいの。えくぼは蒼大のこと誤解してるのよ。私が通訳に入れば、お話くらいは出来るでしょ? 私たちのこと認めてほしいとまではいかないけど、解っては欲しいの」
夏の夜、両親が部屋に引き上げた後、縁側で夜空を見上げるのが私の習慣だ。そして、その隣には必ず蒼大がいる。
蚊取り線香の香りが風に流れて届くと、夏だな、としみじみと思うのだ。からりとコップの中の氷が融けて良い音がなる。どこかの家の風鈴がちりんと涼を呼び寄せている。
「もうすぐおじいちゃんが帰ってくるんだね」
「また、説得されるんだろうな」
「わしが連れて行ってやるから成仏しようって?」
私の母方の祖父は10年前に亡くなった。その祖父の葬儀が執り行われているその日に私は蒼大と出会ったのだ。蒼大と祖父の命日は同じ日なのだ。
祖父は私と同じように人ならざるものを見ることが出来る人だった。もっと長生きしていてくれれば、色んなことを相談できていたのにと思うこともしばしばだ。けれど、毎年盆になると帰ってきて、蒼大を連れて帰ろうとする。
蒼大のことが心配というのもあるだろうが、私が人としての道を踏み外すのを見てはいられないのだろう。
「うん。でも、あのじいさんのことは好きだよ」
「私も。小さい頃からじいさんっ子だったもん、私」
「ああ、あの日大泣きだったもんなみどりは。俺はみどりの泣き声に惹きつけられてここに来たのかもしれないな」
普通の子だったら、死というものにあまり実感がわかないかもしれない。けれど、私は私だけがあの時、成仏していく祖父を見送ったのだ。
去りゆく祖父の笑顔を見ながら、もう二度と会えないのだと強く思った。
しかし、その翌年に笑顔で帰ってきた祖父を見て、あの時の涙を返してくれと思ったものだ。毎日会えなくはなったが、私にとっては二度と会えない存在ではなかったのだ。