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第17話

 夏が終わり、秋の初めは夏の名残を存分に残したためにうんざりとしていたものだが、カレンダーを捲るたびに冬の気配が一歩ずつ近づいて来ているのを感じた。

 蝉の鳴き声がいつの間に聞こえなくなったと思ったら、秋の虫たちが盛んに鳴き始めていた。日の暮れるのが日に日に早くなり、夕方になるともう暗くなり始める。半袖でも汗ばんでいたのが、今では朝晩には上着を着なければ鳥肌がたつくらいに冷え込むようになった。

 学校では新学期が始まり、体育祭も無事に終わり、もう明後日には文化祭が待ち構えている。衣替えも終わり、ブレザーが漸く体に馴染んできた最近、私は心を痛めていた。

 原因は簡単。蒼大があまり姿を現さなくなったことだ。

 いつでも、その存在を傍に感じていた。今までずっと。だが、ここ最近蒼大の姿を見ないことは勿論、その存在が私の近くにいないことが多いことに気付かないわけにはいかなかった。

 毎晩、縁側に並んで座って語り合っていたあの夏が懐かしく感じられる。夏の終わりのころからだった。少しずつ、きっと私に気取られまいと蒼大なりにゆっくりと私から距離を置いていったのだと思う。探してもどこにもいない。呼んでも出てきてくれない。連絡手段を持たない蒼大と自由に会うことの出来ない毎日に不安を感じていた。

「みどり? 手、止まってるけど? どした?」

「ん? えぁ? ああ、ごめん。なんでもないの」

 放課後、迫りくる文化祭の準備を大勢の生徒たちが分担しながら進めていた。とは云っても私たちのクラスは個々不要なものを持ち寄ってのフリーマーケットなので、大して大変でもない。教室内をそれらしく飾り付けするだけだ。だが、それをいいことに重い腰を中々上げることが出来なかったため、今になって焦ってやっているという始末なのだ。

「なんでもないことないでしょう? 最近ずっとそうだもん」

 えくぼに覗き込まれて、つい目を逸らすと、やっぱりなんかあったんだ、と畳み掛ける。

 確かに何かはあった。いや、何もないことが問題なのだ。

「蒼大にね。最近、会えてないんだ」

 散々どうしたどうした、と騒いでいたえくぼの口がぴたりと止んだ。えくぼが考えていることなんて容易に当てられる。もしかして蒼大は成仏してしまったんじゃないか。そう考えているのだろう。

 私も、毎日それだけが怖くて仕方がないのだ。何も言わず、蒼大が去っていくわけがないと信じているつもりでいるが、いざそうなってみて信じ切れていないことを知る。蒼大との別れが想像以上に怖い。

「それって……」

「まだ、行ってないと思う。だけど、私避けられてるのかな」

 ひと月くらい前に、一度だけ直接本人にぶつけてみたことがある。

 どうして最近あんまり姿を見せてくれないのか、と。

「みどりが忙しそうだから、控えているだけだよ。もう少し落ち着いたらゆっくり色んな話をしよう」

 笑顔の蒼大はそう言った。その笑顔が優しくて、いつも通りで嬉しくて不安など一瞬のうちに消し飛んでしまった。現にその頃私は、いつまでも続く秋らしからぬ暑さと、その中で進められる体育祭の準備で体に疲労を感じていた。家に帰ると宿題もままならないほどにダウンしていた。だが、体育祭が終わった後も蒼大が現れる頻度は変わらなかった。イヤ、増えるどころか減っていった。文化祭の準備にさほど忙しさは感じていなかったし、私自身学校生活のリズムも取り戻せていた。私としてももうすでに落ち着きは取り戻していたのだ。

 それ以降蒼大にそれについて問えないのは、イヤな返答が返ってくるような気がしてならないからだ。来年の夏を待たずに私は蒼大から離れなければならなくなってしまったら。そう考えただけで、体が恐怖に震えた。

 文化祭が終わったら、これまで通りに毎日会えるのだろうか。このまま自然消滅のように消えて行こうと考えているんだろうか。

 文化祭が終わるのが怖い。


「今だけはさ、蒼大さんのことは忘れて文化祭楽しもうよ。ね?」

 文化祭当日を迎えても表情の冴えない私を、えくぼが懸命に励ましてくれた。その励ましを無碍には出来ないので、無理にでも微笑むことを心に誓った。

 私とえくぼの当番は午前中で、午後は自由行動になっている。当番と言ったってただの店番、特に大変なこともない。値切られることも多々あるけれど、適当にバンバン値切っていいように最初の値段を少し高めに設定してあった。

 時折他校の生徒が、声を掛けてくる。

「ねぇ、当番何時まで? 良かったら俺たちを案内してくれないかなぁ」

 大抵そう声を掛けてくる男の子たちは、チャラついて見えた。外見も勿論、中身もチャラついていそうで好きになれない。なので、笑顔を心がけながらお断りさせてもらっていた。

「おいっ、いつまで当番なんだ? 俺たちを案内しろ」

 横柄に話しかけられびっくりして顔を上げれば、そこには侑大さんが立っていた。その隣にはにっこり笑顔の蒼大母が並んでいた。

「侑大さんっ、お母さんもっ。どうしてここに?」

「母さんがどうしてもお前の文化祭に連れて行けって煩いから来たんだよっ」

「もう、侑大はそんな言い方しないの。ごめんね、みどりさん。私、文化祭にどうしても来て見たかったの。侑大の時は、絶対に来るなって脅されてたから行けなかったし」

 今日も蒼大母は優雅で綺麗だ。

「みどり。もう当番も終わりだし、案内してあげなよ」

「でも、まだ当番時間残ってるよ」

「たった10分くらい誰も文句言わないよ。行っといで」

 えくぼの言葉に他の当番たちも次々に言葉を掛けてくれたので、私はありがたく行かせてもらうことにした。

「ありがとう。行ってくるね」

 着けていたエプロンをえくぼに渡して、私は二人と一緒に教室を出た。えくぼには侑大さんの存在のことは話してはあったから、きっと私がそう呼んでいたのを聞いてすぐに蒼大のお兄さんだと気付いてくれたのだろう。そして、蒼大のお母さんだと。

 友の気遣いに感謝した。

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