第14話
二階建ての年季の入った一軒家。外見はそうでも、中は新築かと疑いたくなるほどに綺麗で整っていた。リフォームした美しさというよりも、蒼大のお母さんがこまめに清掃していた賜物のようだった。
無遠慮にあちらこちらを眺めまわしていた私は、くすりと笑う声に我に返った。
「あの、すみません。じろじろ見てしまって」
「別に構わないわ。自慢の我が家だもの、いくら見てくれてもいいの。さあ、座って。冷たいものでもだすわね」
少女のような笑顔で座るように促した蒼大母は、キッチンへと消えていくその単純な動作さえも優雅に見えた。蒼大母は、どちらかといえば蒼大によく似ていた。いや、似ているのは蒼大の方なのだろうが。
穏やかなところとか、優しく包み込むような笑顔とか、相手に不快を抱かせない話し方とかそういったところが。勿論、顔も良く似ている。あの兄弟は二人とも母親似なのだ。
「アイスティはお好きかしら?」
「はい、大好きです」
なんかアイスティと聞いただけでお洒落な感じがした。うちでいつも飲んでいるのも、加藤さん家で出される飲み物も専ら麦茶な私の日常にアイスティは存在しなかった。友達と喫茶店でお茶をするときには飲むことはあるけれど、家で飲むことはない。
「ミルクを入れる? それともレモンがいい?」
「じゃぁ、ミルクがいいです」
たったそれだけのことで、私はセレブな家にお邪魔してしまったような気がして、気後れしていた。普通のお宅なはずなのになぜだろう。
「さぁ、どうぞ」
出されたアイスティは間違いなく美味しく、さらに出された茶菓子は加藤さん家で出される饅頭などの和菓子ではなくて、見るからにおいしそうな洋菓子だった。しかも、手作りっぽい。
「美味しいです。これは手作りですか?」
「そうなの。お気に召して良かった。私は少し体が弱いから家にいることが多いの。あんまり暇なものだからお菓子を作るのだけど、誰も食べてくれなくて寂しいの。今日はあなたが来てくれて良かったわ」
そうか、確か蒼大母はあまり体が強くないのだった。そのために今も侑大さんはこの家で暮らしているのだ。
蒼大母が穏やかに見えるのは、体の負担にならないようにゆっくりと動かしているからそう見えるのかもしれない。うちの母のような豪快な動きをしないからなのだ。
「今日は体の調子は大丈夫ですか? 急にお邪魔してしまって……、もし調子が悪いようでしたら出直しますので」
「大丈夫なの。今日はとっても調子が良いのよ。きっとあなたが来るのを予期していたのかもしれないわね」
嬉しそうに微笑むと、グラスを傾けてアイスティを口に含んだ。
この人が蒼大のお母さんなんだ。
しみじみとそう思いながら、蒼大母を凝視していた。
「何かついてる?」
あんまり私が凝視しているものだから、頬に何かついているものと勘違いしたのか、手で擦ってといかけてきた。
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「それにしても、蒼大のお友達だったのでしょ? 随分歳が離れているように思えるけど」
「昔、本当に昔私がまだ小さい頃に、蒼大に慰めてもらったことがあるんです。私は盛大に泣いていて、その理由は今では覚えていませんけど、たまたま通りかかった蒼大が優しく頭を撫でてくれました」
半分の真実と半分の嘘。私が小さな頃に蒼大に慰めてもらったのは真実。けれど、その理由を私は覚えているし、蒼大が私の頭を撫でてくれることはなかった。
「まぁ、そうだったの」
「はい。それからは、懐いてしまった私を嫌がらずに相手してくれました。私の大好きなお兄さんだったんです」
今でも大好きなんです、彼が。
嘘をついていることに罪悪感を感じる。侑大さんに嘘を吐くよりも何倍もその気持ちが強かった。この純粋そうなお母さんを騙していると思うからだろうか。
「もしかして、蒼大があなたの初恋だったりするの?」
「……実は、そうです」
蒼大は私の初恋で、今もその気持ちは継続中だ。ずっと長いことこの想いと向き合ってこなかったけれど。
「だけど、蒼大が死んでいたなんて知らなくて。この間、初めて侑大さんを見てびっくりしてしまったんです」
滑らかに、侑大さんに会うまで蒼大が死んでいたなど知らなかったように、私の口から嘘が飛び出す。
「そうね。あの二人は顔だけはそっくりだったから。ちょっと待っていてね。アルバムを持ってくるわ」
そう言って立ち上がった蒼大母の背中を見送った。
大事な人のお母さんに嘘を吐くのは、想像以上に辛いことだったのだ。もう、このまま帰ってしまおうか。そうも思ったが、突然挨拶もしないで帰るのも失礼だし、蒼大の幼い頃の写真を見たい好奇心もあったため実際に動き出すことは出来なかった。
「うわぁ」
蒼大母に手渡されたアルバムを早速開き、完成の声を上げる。そこには、本当に小さな小さな双子の赤ちゃんが写っていた。
「こっちが蒼大でこっちが侑大さんですか?」
「ええ、そうよ。よく解ったわね」
本当にそっくりな二人だったけれど、なんとなく解った。それぞれが纏うオーラのようなものが違うせいだろうか。
ページを捲るごとに次第に大きく表情が豊かになる二人に、知らずに口元が綻んでいく。幼稚園ぐらいの歳になったあたりから、二人の間に女の子の姿が現れるようになった。どの写真にも写っている可愛らしい女の子。
「涼音さん」
「涼音ちゃんを知っているの? この間、結婚したのよ。二人とも涼音ちゃんのことが大好きで、どちらかと将来結婚するものと思っていたけれど、結局別の人と結婚してしまったわ」
真ん中に佇む涼音さんに両隣からほっぺにチュウをする蒼大と侑大さん、という衝撃的な写真まであった。幼稚園時代の写真で、今更やきもち妬いてもしかたないのだけれど、胸がざわつくのは恋が実ったばかりだからだと思いたい。
「はい、知っています。ウェディングドレス姿を見てきたんです、侑大さんと」
「そう。侑大ももう少し積極的にいけば今頃隣りに並んでたのは、あの子だったかもしれないのに」
「そうですね。でも、凄く幸せそうでした」
蒼大母は、涼音さんをこの家のお嫁さんに来てほしかったようだ。そうならなかったのは、運命のいたずらとしか言いようがない。




