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オワリ  作者: 白猫ノ夏
4/4

恋愛劇の結末

夕日がオレンジ色に染めた、知らない道を僕ときりか切花は平日にもかかわらず学校へ行かないで自転車のペダルを漕ぎ、寝袋と二人がやっと入れるほどの小さなテントのばらしたやつが入ったリュックを背負って、ただひたすら南へと向かっているのだった。

そろそろ寝る場所を確保しなければいけないと思うが、よく考えて見たら都会から少し離れたからと言って、テントを張って野宿ができる場所があるわけがないのだ。かといって、中学生二人が泊まれるホテルなんてあるわけもなく、とりあえずは寝床を探しつつ、銭湯も一緒に探すことにした。

それから夜はすぐに訪れ、少し焦りを感じた僕は、さっきから時々目に入っていたホームレスたちを思い出し、そしてひらめいた。

自転車のブレーキを踏み、止まった。

切花は突然の僕のブレーキに驚いて追突しそうになったが、危ないところで止まる事ができた。

「ちょっと!止まるなら止まるって言ってよ!」

彼女のそんな言葉を無視して、僕は考えを話した。

「百鬼夜行って感じの作戦♪」

そんな前置きから僕の作戦は始まった。



まずはホームレスの一人に話しかけ、それから一つの提案を持ちかける。

「僕らの今夜一晩、寝る場所を教えて欲しいのですが、とにかく人に見つからない場所がいいです。それで、僕らの提供できるのは十五人くらいの銭湯代と、少しの食事代くらいなんですが・・・どうでしょう?」

橋の下の一角に、三人のホームレスが居た。

最初は、聞く気がない感じでそっぽを向いたまま聞き流してる様子だったが、諦めずに銭湯代と食事代のフレーズまで言ったときだった。一人の新入りらしき三十代手前の男が、乗った!と、言った。あとの二人も少し悩んだのち、十五人だな?とだけ訊いてきたので、はい、と頷き答えた。

「よし!何とかしてやる!その代わりラーメン、奢ってくれ!」

そう言ったリーダーっぽい四十過ぎであろう髭をボーボーに生やしたおっさんは活き活きとしていた。

ホームレス三人は、それぞれ仲間を四人ずつ呼んできたときには八時を回っていた。

普段は静かであろう橋の下は、今は髭をボーボーに生やしたおっさんたちで賑わっていた。そこは酷い臭いだったが、みんな何が食べたいか言い合って楽しそうにしていた。

そして何人かは、僕らの寝る場所を考えてくれていた。

「あの三丁目の、橋の下の窪みってどうよ?あそこなら警察にも見つからないぜ?」

「いや、最近あそこはパトロールの対象に入っちまったよ。たしか、どっかの高校生がヤってたのを通報されたんじゃなかったっけ?」

「はんっ、お盛んなこって、で、俺が思うに二丁目の空き地ってのは?周囲からは壁があって見えないし、背の高い草も生えてるから、どうにか」

「いや、あそこもダメだ。近くに高層マンションがあってそこから丸みえだ。」

「あー、上は見落としてたなぁ」

彼らは凄かった。きっと町の役所の人よりも町に詳しくて、学校のクラスより団結力があった。

さっきコンビニで買ってきたお菓子類は見る見るうちに食い尽くされ、あとから来たおっさんが、これ俺の好きなやつなんだぞ!と言ったので僕はコンビニに買いに行ったりもした。

戻ってくるころには、切花はおっさんたちに混じって会話を楽しんでたし、他のおっさんたちはまだ、あそこはどうだ?あそこなんか良いんじゃないか?と、話し合っていた。

しばらくして、一人の髭ボーボーのホームレスのおっさんが言った。

「俺らが適当にかくまえば・・・」

「「それだっ!!」」

全員の声が重なった。

僕と切花はその声にビクッとしたが、心強い、そう思えた。

お腹がすいて、お風呂にも入れなくて、一般の生活とは月とすっぽんくらいの違いがあって、それでもラーメンと銭湯のためだけに僕らにこんなにも協力してくれて、本当に優しい人たちだった。

「ありがとうございますっ!」

僕は頭を下げてお礼を言っていた。途端に静まり返って、すぐにまた笑い声や早く銭湯行きてぇ~と言う声が戻ってくる。

頭を上げ、そんな夏のお祭りみたいな賑やかさに向かって、僕は言い放った。

「銭湯に行こうッ!それからラーメンだッ!」

その声にもう一度静かになったおっさんたちは、せーの!で一斉に声を上げた。お腹がすいて、お風呂にも入れなくて、一般の生活とは月とすっぽんくらいの違いがあっても、こんなに活き活きとしてて、楽しげな声を上げることができるのか、と、驚いた。

「「オォォオォォォォッ!!」」

月が綺麗な夜の空に、雄たけびとも、咆哮とも言えるような低い声が響き渡ったのだった。



ホームレスの一人が近くの銭湯を紹介して、みんなそこへ僕と切花を先頭にしてむかうのだった。

そこの銭湯の番台のオバちゃんは目を丸くして、僕から全員分の代金を受け取っておっさんたちにこう言った。

「身体をちゃんと洗ってから入るんだよッ!わかったかい?」

男が十六人、女が一人の百鬼夜行は一旦、銭湯で休憩だった。

「ふぅ~生き返る~一ヶ月ぶりかなぁ~」

湯船に浸かった最初に僕の話を聞いてくれた若い新入りっぽいホームレスがそう言った。

次々に湯船に入ってくるホームレスたちに、他の人たちは皆驚きを隠せずに居た。

「そういえば坊主、あの子は彼女か?二人で家出か何かか?」

あとから加わったホームレスの一人が突然僕にそんなことを訊いてきた。

素直に答えるか悩んだ末、素直に答えることにした。

病気のこととかは全部省いて、今回の家出旅行の話だけをした。病気のことを話したら、のぼせてしまうくらいに話がややこしくなるだろうと思ったからだった。

まだこの旅行が始まったばかりだと知ったおっさんたちは、最初からこんなんで大丈夫か?と心配してくれた。三日くれれば色々教えてやるぞ!と言ってくれるおっさんも居た。

その申し出を丁重に断ったあとは、もうめちゃくちゃだった。

手を繋ぐだの、膝枕だの、キスだの、と、次から次へと言葉が銭湯内を飛び交っていた。

おっさんたちは全員、僕を含めて当たり前のようにのぼせた。

先にあがっていた切花には、バッカじゃないの?と罵倒され、番台のオバちゃんには大人が揃いも揃って、と、呆れられた。

ぞろぞろと、夜風が涼しく感じられる銭湯の外へ出たのは、十時過ぎだった。

今度はラーメン屋の番だった。

この辺に、こんな時間までやっているラーメン屋は無いと言う事なので、今度もホームレスのおっさんが、よく行く分けでもない顔見知りのラーメン屋台に案内してくれた。

ここでも銭湯のときと同じ反応が返ってきた。

驚いた屋台のオヤジは一瞬怯んだものの、何にするんだ?そうホームレスたちに訊いた。

「みそ!」「しお!」「しょうゆ!」「しょうゆ!」「しょうゆ!」「しお!」「みそ!」「しょうゆ!」「しょうゆ!」「しお!」「みそ!」「しょうゆ!」「みそ!」「しお!」「しお!」

十五人が一斉に言うもんだから、屋台のオヤジは怒鳴った。

「順番に言えッ!!」

ちなみに僕と切花は、みそにした。

次々と出てくるラーメンにがっつくおっさんたちは、やっぱり活き活きとしていた。

ラーメンを食べ終わる頃には十二時を過ぎていた。

ホームレスたちは少しずつ自分たちの寝床に帰っていき、最後には、僕と切花と最初に話しかけたホームレスの三人の計五人だけになっていた。

必然的に最初の橋の下で寝ることになり、ダンボールで作られた家を一つ借りて、もう一度お礼を言ってから、おやすみなさいと続け、僕と切花は借りたダンボールの家の中へと入り、リュックから寝袋を出すと、それに入って、眠りについた。



次の日の朝はとても騒がしかった。

「おい!起きろ!ヤバイ!お前らを探して警察がこの辺をうろついているんだッ!」

そんな目覚ましで起こされるとは思っていなかった。僕はすぐに起き上がると、隣を見た切花はまだ寝ていた。寝顔が可愛いと思いながらついつい見とれてしまう。

「そいつも起こして早くしたくしろッ!俺が仲間に知らせて騒ぎを起こすから、な?早くしろッ!」

僕は慌てて彼女を起こそうと揺する、まだ食べれるよぉ~♪どうでもいい寝言が返ってきた。ダメだった。とにかくしたくだけでもと自分の使った寝袋を畳んでリュックに詰め始めた。

ホームレスになりたてっぽい髭ボーボーの人が戻ってくるころには僕らの準備は終わっていた。まだ眠そうに目を擦っている切花はほっとくとまた寝てしまいそうで心配だった。

「ほら、準備できたんなら行くぞ!みんなが待ちの外まで誘導してくれる!」

気付けば、もう既に他の二人のホームレスは居なくなっており、僕たち三人だけに、なっていた。

切花を連れてダンボールハウスの外へ出る。

自転車を急いで橋の上まで髭ボーボーに手伝ってもらいながら押して行き、準備が整った僕らに髭ボーボーは言った。

「いいか?ここをまっすぐ行けば、最初の誘導に会えるはずだ。あとはそいつらの指示に従え、わかったな?」

うん、と頷いた。

「なら、早く行け!」

自転車を漕ぎ出し、振り返ってお礼を言おうとして気付く。

「名前はーッ?」

すると、ちゃんと答えが返ってきた。

「木下だーッ!木下つとむーッ!」

改めて御礼を言った。大きな声でお礼を言った。

「木下さーん!ありがとうございましたーッ!」

そこがスタートだった。

次々と誘導のホームレスが、昨日お世話になった人たち意外の人も居た。

それぞれ名前を訊いて、お礼を言っていった。

途中、警察に見つかって逃げていたところを二人のホームレスに助けられた。その二人は、昨日、銭湯とラーメンの屋台を教えてくれた人たちだった。

最後の誘導はラーメンを奢ってくれと言ったリーダーのような人だった。

「ところでお前ら、昨日、俺たちにあんなに奢って大丈夫だったのか?」

それに僕はニコッと笑って言った。

「僕の彼女の苗字は刈風って言うんですよ♪」

それを聞いて安心したのか、そうかそうかと言ってから続けてこう言った。

「あんまり彼女を頼りすぎるなよ?あくまでも彼女の金だ、頼りすぎるのはダメだ。でも、俺たちにあそこまでしてくれたことには、感謝している。と、まぁ、説教なんてもんは、俺にはにあわんよなぁ~」

最後のは、照れ隠しみたいなものなのだろうと思う。

じゃあな、その声を背中に受けながら、僕と切花は家出を再開した。



「残りのお金はざっと八十九万ちょいだね」

そう言ったのは家出開始から四日目の夕方のことだった。

警察をやり過ごすために昨日一日を費やしたのが痛かった。目指すは、南の海で海水浴!と、そもそもの目的と言うのはそれだった。

ただ、今も海に入れるかは分からなかった。最悪、夜に入ればいいだけなので、問題が無いと言えばなかった。

そして何故、電車という移動手段を封印したのかと言えば、実にくだらないものだった。

「野宿って夢があるよねぇ~」

そんな僕の理想がいけないのである。

だいたい、電車でも野宿は可能であり、自転車で行く必要はどこにもなかった。

そして今居るのは人が来ないであろう山の中、自転車を茂みに隠して野宿の準備である。

今日も一日、昨日あまり移動できなかった分を取り戻すかのように全力で漕いだので足が凄く疲れていた。

幸いにも吐き気やめまいに立ちくらみと言う症状が家出してから一度も出ていないのが唯一の救いだったのかもしれない。

「今日は何にしようかな?昨日はマーボー丼だったし・・・う~ん」

そう言いながらテントの中で封筒から千円札を二枚ほど出してひらひらさせつつ悩む僕と、同じように悩む切花はこの時間が一番の楽しみなのだった。

十分ほど悩んだ末、出た答えは、とりあえずコンビニに行ってから決めるというものだった。ちなみにいつもこんな感じでコンビニに向かうのだ。いわゆる一種の儀式のようなな物だと思ってもらっていいと思う。

「さてと、コンビニって、どっちだっけ?」

まずはそこからである。



コンビニは少し遠かった。

歩いて二十分くらい掛かったが夕食のためなので、しょうがない。

コンビニは二十四時間営業ではなかった。十時には閉まってしまうらしい。さすが、田舎と思えるコンビニだった。

店内は薄暗く、人が客が一人と店員が一人と言う寂しさ半分怖さ半分の光景だった。

それでいて、なぜか品揃えがいい所がさらに不気味さを煽る。よく潰れないな、などと思いながら店内奥に入っていった。

弁当やおにぎりなどが並べられている棚はすぐに見つかった。が、何故か血で書かれたような値札が食欲を失わせた。

それより何より一番に目に入ったのは値札なんかではなかった。店員の書いたであろうキャッチコピーの紙が一番、目を引く。

スパゲッティは、血に飢えたミミズたちの舞い踊るさまが華麗だ!とか、サラダだと、草を掻き分けた先には色とりどりの虫たちが・・・!!とか、極めつけは焼肉弁当で、人浪が置いていった、ささやかな夕食!というやつだろう。こんなのを見て誰が食欲をそそられるというのだろうか?なにせ食いかけである、まったくもって理解不能であった。

とりあえず、一番マシな大盛りチャーハンに決めた。ちなみにキャッチコピーは炒められた虫たちの末路!だったりした。

ついでにミネラルウォーターも一緒に買う。

切花は、と言えば、ゾンビの脳みそは激辛風味!そんなキャッチコピーのつけられた麻婆豆腐と、蛆虫は何の味?米の味!がキャッチコピーのただのご飯を買うことにしたらしい。

それらをまとめて買うと、僕はさっさと店の外へ出た。

本当によく潰れないな、と、再度思いながらテントへと急いで戻るのだった。



テントへ戻り、夕食である大盛りチャーハンと麻婆豆腐、ついでにただのご飯を取り出すと、いただきます!ちゃんとそう言ってから蓋を開け、スプーンでチャーハンをすくって口へ運んだ。

美味しかった。

噛めば噛むほど旨みが湧き出てくるような、凄く美味しいチャーハンだった。

もしかして!と思い切花の即席マーボー丼をスプーンで一口頂いた。

「ああぁぁぁぁあぁあああ」

切花は僕のスプーンがマーボー丼を奪い去ったのを目で追いかけながら、そんな声を出して、それから別れを惜しむような感じで、なーむー、と僕にむかって両手を合わせていた。

なんでだ?と思ったが、それよりもマーボー丼がチャーハンと同じで美味しかったことに驚く、昨日食べたマーボー丼は偽者だったのだろうか?そう思えるほどの違いがあった。

そして分かった。あのコンビニが潰れない理由が・・・。

きっと近所の人たちが夕食のおかずとかに買っていくのだろう。高校生たちには豪華なお昼ご飯になるし、それは先生たちも例外ではない。

あっという間に消え去ったプラスチックのトレイを見つめ、ごちそうさまでした、二人で声をそろえて言った。

食べ終わる頃には日は完全に暮れて、テントの中を手探りで出しておいた寝袋を探し、さっさと潜り込むと、おやすみ、そう言って眠りについた。

ここ最近はずっとこんな生活である。

日が暮れたら眠りについて、日が昇るころに起きて自転車を漕ぐ、きっと最後までこれは変わらないだろう。

「おやすみ」

もう一度、呟いてから瞼を下ろした。


次の日の朝、家出旅行開始から五日目の朝、天が味方してくれているみたいに晴れていた。この家出を始めてから今日まで雨に降られたことが無かった。

僕が起きたとき切花は既に起きて携帯を弄っていた。これで何本目だろう?と思えるほどの乾電池を既に消費している携帯で、いったい何をしているのか僕は知らなかった。

たしか遊園地でも同じように携帯を弄っていたなと思い出す。

何度か訊いてみたり、覗き込もうとしたが、その度、女の子の秘密を安く思わないで!とか、エッチ!とか、いつも明らかに関係ない罵倒が返ってくるのだった

だから今日は何もせず、ただ携帯に文字を打ち込んでいく彼女の姿を眺めていた。

十分ほどして、一段落着いたのか、彼女が携帯をパタンと閉じ笑顔で僕に言った。

「今日で終わらせよう?リスト全部にチェックをつけよう?」

「うん・・・そうだね」

何も知らずに僕は答えていた。

終わりと言うのはあっけなく訪れるものだと、知らされることになる。

それまであと一日も無かった。



かなり自転車を漕いだと思う、昼食はあまり時間をとらずに済む、ゼリー飲料で済ませて、漕ぎ続けたのだ。

海が最初に見えたのは三時ごろだったと思う、ただそれだけで、はしゃいではいられなかった。

誰にも見つからない浜辺を探すのに苦労した。途中で、もう自転車は使えないと持ったとき、適当なところに置いて、今度は走って探した。

日が暮れて、夜が訪れ、一時間くらい経ったころだった。地元の人にも忘れ去られたような浜辺を見つけた。

流れ着いたゴミの化石たち以外に真新しいゴミも見つからないので、ここで泳ぐことに決めた。

お互いに背中を向けて着替えを始めた。ずっと同じ服で、いるのも嫌だろうと思って途中で下着類と一緒に買った服を脱ぎ捨て、素早く海パンを穿いた。

僕の準備は終わったが、まだ振り返ってはいけない、いいよ、と言われるまでは、このままでいないといけない。暗黙の了解と言うやつであった。

「いいよ・・・」

少ししてそう言われたので切花の方へ身体を百八十度回転させた。

最初に目が映したのはスクール水着の紺色に、これからが期待の星である薄い胸だった。ついついショボッ!と言ってしまいそうになるが何とか堪えて、目線を下へずらす。

いい感じに緩やかな、くびれを通り過ぎ・・・目線は上へと急上昇した。

切花は顔を赤く染め上げ、僕も同様の反応をしているであろうことが分かった。

つまり、恥ずかしかった。ここまで相手に露出したところを彼女は見られた覚えが無いのだろうと僕は推測した。

恥ずかしさを紛らわす為に、僕は慌ててあさっての方向を見ながらこう言った。

「と、と、とりあえず、海、入ろう?」

動揺しすぎだと思うが、心臓がこれでもかと言うくらいに鼓動を早めていたせいで、ますます恥ずかしさは増し、動揺が酷く悪化していくのだった。

でも、それらは思っていたよりも早く、僕らから居なくなった。

海へ入って最初の感想が「寒い!」だったというのは、当たり前だった。

今は何月?と、問われれば十一月と皆答えるだろう。つまり、寒いのは当たり前、ならなんでこんなことをした?そう思ったら僕と切花はお互いに笑い声を口からこぼしていた。

もう夏は居ないのだ。

ただ、南のほうだから少し暖かかった、それだけのことだった。

つめたい海に慣れてくると僕は海月のように漂いながら星空を見上げた。そこには都会とは違う星空が広がっていた。

指で星と星を線で結んでいき星座を作る。

切花を呼ぼうとして気づいた。彼女が居ないことに・・・。その次の瞬間であった。

いきなり海の中から抱きつかれた、わあっ!と声を上げてしまうくらい驚いて、パニくった。バシャバシャと水を叩く音が聞こえたり聞こえなかったりを繰り返す。抱きついた彼女が離れるまでそれは続いた。

「ごめんなさい」

海から上がって彼女はまず謝った。それからまだ濡れている身体を砂浜に寝かせて、さっき僕がやっていたように空を指差し、星と星を線で結ぶようにして星座を描いていった。

彼女の横に座った僕は終わってしまうのが嫌で口にした。

「時が止まってくれたら良いのになぁ」

その言葉は夜空の月と星たちに照らされた波に溶けて消えていった。

「でも、私は嫌だなぁ~、―――に知らないうちにエッチな事されるのは」

「ち、違うっ!そういうんじゃなくて!」

慌ててそう答えたが、彼女が笑っているから、どうやら冗談を言われたらしい。

彼女はひとしきり笑い、終えると、

「ごめんなさい、つい可笑しくて・・・でもね、時が止まっちゃうのは本当に嫌なんだ。だって、生きてるって気がしないじゃない?」

キ―――――――――――ン

身体が思い出したかのように、突然、吐き気にめまい、それに酷い耳鳴りを訴えた。

寝転がっていた彼女は起きあがって、今までとは比べ物にならないくらいの状態で、今すぐにでも死んでしまいそうに見える僕の姿に、慌てた様子で何かを取りに荷物のところまで走っていった。

僕は綺麗な砂浜に思いっきり吐き出した。全て吐き出しても治まらない吐き気に、息が詰まる。

苦しかった。吐いても吐いても、もう胃液くらいしか吐くものが無くなっても、吐き続けた。

「大丈夫!?大丈夫!?大丈夫!?」

彼女の声が耳鳴りの向こうで聞こえた。

「大丈夫なわけ無いだろ!見えないのか!お前の目の前で今にも死んでしまいそうな人間の姿が見えていないのか?見えないなら、そんなことは言わなくていい!消えてくれ!僕の目の前から消えろよッ!!」

ドサッ、砂浜に何かが突き刺さった音がした。音が聞こえた。いつの間にか耳鳴りは治まっていて、少し残るめまいと吐き気もすぐに治まった。

それから気付いた、短時間のうちに何があったのか分からないが、周りには黒服でサングラスの男たち三十人くらいが居て、僕らを取り囲んでいた。

そして僕の目の前には大きなナイフが突き刺さっていた。

彼女がナイフのすぐ近くで力が抜けたかのように座っていた。

夜の砂浜に黒服たちの声が飛び交う。

「少年、異常なし!繰り返す!少年、異常なし!」

「お嬢様の自殺阻止完了!繰り返す!お嬢様の自殺阻止完了!」

意味が分からなかった。

本当に意味が分からなかった。

目のまで起こっている事が理解できずにただ座っていると、黒服の一人が砂浜に刺さったままのナイフを取るついでに、ナイフを拾ったのとは別の手で拳を作ると、思いっきり僕の顔面をぶん殴る、そんな軌道だったはずだ、少なくとも途中までは。でも最終的に僕の顔の横をぶち抜いた。クソッ!と、怒りを抑えきれないといった感じで吐き出して、他の黒服にまぎれてしまった。

その後、まぎれてしまった黒服と入れ替わるように、別の黒服が切花に近づき言った。

「さぁ、帰りましょう。皆さんが待っていますよ・・・お嬢様。」

そんな台詞を間違えることなく三回言い終わったときだった、切花が逆鱗に触れられて怒った竜のように、浜辺に居た黒服全員に聞こえるような大きな声でこう言い放った。

「私には、もう一つ叶えなくてはいけない願い事があります!皆さんには明日には帰ると言ってください!それとあなたたちはもう帰っていいです!監視なんて真似は許しません!次、同じことをやったら死にますから、そのつもりで・・・以上です!」

一瞬、場の空気が凍りついたように感じられた。

だけど、黒服たちは流石で、既に撤収を開始していた。

一分も経たずに、浜辺にまた波の音が戻ってくる。

いつまでもボーっと座っている僕に手を差し伸べた切花は言った。

「行こう?」

どこへ行くのか分からなかった。

でも、僕の最後の願いを彼女は叶えると言った。だから、知っているのだろうか?僕の死ぬまでにやりたいこと行きたい場所リストに書かなかった事を・・・。

知っててそんなことを言ったのだろうか?



服を着た僕たちは、来た道をゆっくりと歩きながら戻っていた。

さっきからずっと沈黙が続いていたが、手を繋いでいるだけでよかった。会話は必要ないと感じた。

三十分くらい歩いただろうか?明らかに目立つピンク色のネオンを掲げたホテルを僕らは目の前にしていた。

そして僕は切花のほうを向いて訊いた。

「ここ?僕の最後のやりたい事って・・・ここで?」

彼女は答えなかった。

二週間ぶりにあったときの、あの無表情な顔がじっと入り口を見ているだけだった。

そして僕の手を引いて中へ入ろうとした。だけど、僕はそれに抵抗した。なんで?と言いたげに彼女は僕の方を向いて見つめてきた。

僕は何も言えなかった。

抵抗することをやめて、僕たちは中へ入っていた。

ピンクのネオンが僕をあざ笑うかのように一回点滅した。



ラブホテルの中は、元は綺麗な赤の絨毯だったであろう、今は黒ずんだ赤の絨毯が敷かれており、蛍光灯は一つが切れかけており、点滅を繰り返していた。

入り口正面にあるカウンター向こうの五十過ぎたオバちゃんに諭吉を差し出した。

ここに来るまでに使ってきた諭吉は十枚を超えていた。始めは百枚あったはずなのに、すでに八十八枚を下回っていたのだ。

たった、五日でこんなにも使えるのもなんだと封筒から諭吉を一枚出しながら考えていた。

諭吉と引き換えで渡されたお釣りと304と書かれたキーホルダーの付いた鍵を受け取り、切花の手を引いてエレベーターのボタンを押した。

少ししてきたエレベーターは空っぽで、僕らはすぐに乗り込むと三階のボタンを押した。

ドアが閉まり上へ、三階へ上がっていく。

数秒後、三階に着いたエレベーターは、僕らを吐き出すためにドアを開ける。

今度は人が居た。

スーツ姿の男性と、茶髪で見るからに高そうなコートを羽織った胸の大きい女性だった。

二人は何か喋っていた、が、僕らを見るなり女性は笑みを浮かべ、横に退いた。

僕は切花と繋いだままの手を引いてエレベーターを降りる、後ろを振り返ることなく、すぐ近くにあった304の数字が書かれた扉の鍵穴に、お釣りと一緒に握られている、さっき渡された鍵をねじ込んだ。

後ろでエレベーターのドアが閉まる音が聞こえる。

ガチャ、鍵が開いた。

扉を押して切花と一緒に部屋に入った僕は、何かに怯えるように急いで扉に鍵を掛けた。

心臓の鼓動がさっきから早いままだった。治まれ!そう頭に念じても無理な話で、諦めて部屋の明かりを点け、綺麗に見えるダブルベッドの横まで行くと背負っていた重たいリュックを下ろした。

切花も無言で僕と同じように荷物を下ろす。

それから切花は無表情で服を脱ぎ始めた。

これから何をするのか分かっていたのに、僕は見てはいけない気がして切花に背を向け、ベッドに顔を埋めた。

布と布が擦れる音、そのあとに布が床に落ちる音、それらを僕は聞いていた。また、心臓は鼓動を早めた。

音が消えた。気付いたのは音が消えてから数秒後だった。顔を上げ振り返ろうとしたとき、振り返るよりも先に抱きつかれた。

切花を背負っているような感じだった。

僕の顔の横を彼女の腕が横切り、着ている服の中へと侵入してきた。

彼女の指が僕の身体をなぞるように這う。くすぐったかった、同時に、彼女の汗の臭いが鼻まで達した。

嫌だとは思わなかった。むしろ興奮させる臭いだった。

指が這うのを飽きたのか、一旦、切花の身体が僕から離れる。

僕は立ち上がり振り返った。

其処には、当たり前のように彼女の裸体があり、彼女の目が僕をじっと見つめていた。

動けなかった。まるでメデゥーサに見つめられて石になってしまった人のように、あるいは金縛りにあったかのように、動くことができなかった。

切花がゆっくりと近づいてくる。僕は後ずさり、すぐに足がベッドにぶつかり倒れた。

彼女は、ベッドに背中を預けた状態の僕の上に馬乗りになると、囁くような小さな声で訊いてきた。

「私がしてあげる・・・」


10


卑猥な音だけが部屋に溢れていた。

正直言うと、気持ちよかった。でも、心は全然満たされる気配がなかった。

裸の僕の上で、裸の彼女が上下する様に、お世辞にもエロいと言う言葉は似合わなかった。

これならきっとAVの、偽りだらけの映像の方が、正しく映りそうだと思った。

なんでこんなことになってしまったんだろう?僕がいけないの?僕が我侭で、自分勝手で、他人に甘えてばかりだから?切花に、乱暴に怒鳴りつけたから?感情が爆発する寸前だった。

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんだッ!

もうダメだった。機械的に上下し、表情を一切変えない彼女を見ていられなかった。

気がついたら僕は、彼女のことを力いっぱい突き飛ばしていた。

ごめんなさいと、ただひたすらに謝っていたかった。それで許してもらえるのなら、どんなに楽だろうか。反省するだけで、謝るだけで、そんなことで許してもらえるのなら、僕は幾らでも謝って、謝って、地面に顔が埋まるまで擦りつけ謝って、自分の首を切り落として差し出そう。そんなことで許されるのなら、喜んで死のう。

「なんでだよ・・・なんで、こんなことしたんだよッ!」

怒鳴っていた。ベッドから今にも落ちそうなところで、泣きそうな彼女にむかって僕は怒鳴っていた。

心の中に渦巻いている感情を全て吐き出すように、彼女を怒鳴りつけた。

「なんで僕と付き合った?なんで僕の願いを叶えようとした?なんで僕と家出なんかした?なんで僕と・・・くそッ!なんでだッ!なんでだよッ!・・・答えろよッ!!」


「・・・だから」


「え?」

俯いている彼女に聞き返した。

すると彼女は顔を上げた。泣いていた。いつの間にか無表情はどこかへいなくなり、涙を流す彼女が居た。

彼女は言った。涙をいっぱい流しながら叫ぶように、言い放った。

「好きだから・・・大好きだからッ!・・・―――を愛してるからッ!!・・・好きになっちゃったんだからしょうがないじゃない・・・全部、叶えてあげたい、そう思っても、いいじゃない・・・」

もうめちゃくちゃだった。何もかもがめちゃくちゃだった。だいたい、

「だいたい、僕の最後の、リストに載せなかったやりたいことは、こんなんじゃないッ!だって、僕の言わなかった、死ぬまでにやりたいことは、切花の願いを叶えることだから・・・」

恥ずかしかった。首を切り取ってボールのようにどこかへ蹴り飛ばしてやりたかった。

でも、彼女の顔を見ていたかった。

涙を流して、鼻水も流して、顔をぐしゃぐしゃにして、それでも笑顔を作ろうとして、寂しそうな笑顔が出来た。そんな出来損ないのような笑顔で言った。

「そう、だったんだ・・・」

それから後は語る必要なんて無いだろう。

彼女がシーツの端で涙と鼻水を拭いた後のことは・・・。


11


「これで終わりだよね?」

彼女は僕の横で余韻を楽しむかのように熱くなった身体を丸めて、微笑みながらそう訊いてきた。

僕は大の字でベッドに突っ伏した。我ながら情け無いと思う。とりあえず突っ伏したまま頷いて答えた。

「そっかぁ~じゃあ、ここが終点だね?」

僕は彼女の言っている意味が、家出旅行の終点の意味で、明日になったら電車で帰ろうっていうことだと思って、うん、そうだね、と答えていた。

帰ったらきっと凄く怒られるだろうな、五日とは言え置手紙もなしに居なくなったからなぁ~心配してるんだろう・・・きっと。

唐突に彼女が起き上がる音がする。気になったけど、起き上がって確認するようなことでもないだろうと思ってそのままの状態で音だけ聞いていた。

「ねぇ」

突然呼ばれた。

上半身だけ起こしてベッドの上に座ったまま声がした方を向いた。

彼女が自分の顔よりも長いナイフを手に立っていた。

さっき黒服が持っていったはずのナイフだった、意味が分からなかった。

そんな僕の心を見透かしたように彼女は言う。

「ここが私の、人生の終点の駅・・・本当は一ヶ月前に終点に着いてた筈なんだけどね♪」

彼女は遠くを見るような目でナイフの刃を見つめていた。

「どうして?・・・好きって言ったじゃないかッ!」

「だからだよ・・・好きだから、あなたより先に死にたいの・・・もう・・・もう、好きな人が死ぬのを見たくないのッ!」

ますます僕には意味が分からなくなっていく、まるで考えの底なし沼に沈んでいくような、そんな感じに思えた。

「最初、自殺しようと思ったのは、おじいちゃんが死んで一気にお金持ちになった私を妬む親戚たちが嫌だったから、私の味方がみんな死んじゃったから・・・でも、今度はあなたが助けてくれた。私にはお金がある。あなたのことを少しは幸せにできると思った・・・けど、すぐにあなたは自分の死を告げたわ。でも、少しの間でも味方になってくれる人だと思って付き合うのを了承した。でもね、遊園地の観覧車、あそこが始めてだと思う、あなたを好きだと思った。」

もうよかった、聞かなくてもよかった、早く動けばよかった、さっさと彼女に飛びついてナイフを奪い取ればよかった。彼女の話は止まらない、終点に向かってスピードを上げた。

「すぐに会えたのに、二週間もの間を考えるために使った。きっと気のせいだったんだってことを証明したくて、馬鹿みたいに色んなことをやった、ゲームに料理にボディガードと鬼ごっこ、本当に色んなことをやって、結局わかったのは、あなたのことが好きだということだけだった。だからあの日、さよならを言いに言ったのに、途中で涙が出て、もう嫌だった。感情が抑えられなくて、夜中、全部教えた。あのときから後戻りができないように、後ろの道を消し去ったの・・・これで、おしまい」

彼女は左手で持ったナイフを首に突き付け最後の言葉を紡いだ。

「私の人生の最後を鮮やかな色で染めてくれて、ありがとう、ね?あと、願いを叶えてくれるんだっけ?・・・じゃあ、さ、これを刺したあと、抜いてくれないかな?出来れば楽に死にたいから・・・」

何も言えなかったし身動き一つ取れなかった。

嫌だった、僕は放って置いても半年は生きるのに目の前でまだ何十年も生きられる命を絶とうとしている彼女を見ていられなかった、止めずには、いられなかった。でも、身体が動かない。僕が死ぬわけでもないのに走馬灯のように彼女と過ごした短い日々が頭の中を駆け巡る。

時間が止まったのかと思うほどにナイフはゆっくりと彼女の首へと向かっていっていた。

そんな永遠にも似た時間の流れは当たり前のように脆くすぐに崩れ去った。

しっかりと力の込められたナイフを握った左手は、驚くほどのスピードで首まで刃を届けると、薄い首の皮を貫いて、そして・・・。


12


そのあとのことはよく覚えていない。

結局、首からナイフを抜けなかったことと、死んだ瞬間に彼女が凄く重く感じたこと、それだけは覚えていたが、それ以外はよく覚えていなかった。

それから怖くなって僕は服を着ると彼女を置いて逃げ出していた。

その後、一ヶ月の間、警察から殺人犯として追われ、色んな裏の世界の人たちに助けられながら過ごした。

僕は彼女が死んでから一ヶ月くらい経ってから自殺した。あの思い出の観覧車、黄色の小さな密室の中で頭を拳銃で打ち抜いて、死んだ。

僕は一ヶ月というとても短い、最初で最後の恋をして、死の宣告を受けてから約二ヶ月後に自殺した。

日常なんてあっけなく終わってしまうものなんだと、死ぬ直前に・・・僕は感じた。

そして全て夕日に溶けて消えてしまった。

思い出なんて、もうどこにも残っていなかった。

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