都市曼荼羅
掲載日:2026/09/27
江戸時代、現在の手野市で構想されていたもの、とされている。
現在は金元寺に文書として残されているだけであるが、江戸時代の金元藩を中心として村内、そして近隣の村も組み入れて、あちこちにお社を建てる計画だ。
これらを含めて全体で見れば曼荼羅図のようになり、それによって曼荼羅の世界をここに出現させようとしたという計画である。
実際途中までは進んでいたようで、今でもその名残ともなっている寺社が手野市の中には散見されている。
ただ途中でその計画の推進をしていた金元寺の住職が遷化し、計画もそこで中断、今に至るそうだ。




