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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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このひと、痴漢です

作者: 遥(はるか)奏汰(かなた)
掲載日:2026/08/16

満員電車の日常が、一瞬で狂気へと塗り替わる——。

日常のすぐ隣にある怪異を描いた、少し奇妙でぞっとするショートショートです。どうぞお楽しみください。

「このひと、痴漢です。触られました。間違いありません」

 叫び声が上がった。

しかし、叫んだのは女性ではなかった。野太い男性の声だったのだ。それは今では、ジェンダーの属性もさまざまな方がいるので、男性が被害を叫んだからといって、おかしいことは何もない。

 しかし、一体どんな状態で犯罪行為が行われたのか、それは事実なのか誤認なのか興味があったので、ちょうどの同じ車両の乗客のトラブルらしいし、少し様子を見てみるか……、 という思いに駆られたのが間違いだった。

 列車は 事後処理と警察官対応のためにしばらく停車するようだった。これは痴漢容疑者に、遅延損害金の請求を行うべきではないのか━━。

 そんなことを苛立(いらだ)ちまぎれに考えていた時であった。

 視線を感じて振り返ると、声の主——野太い声を出した男と目が合った。

 男はニヤリと口角を上げると、そのままゆっくりと自分の胸元を指差した。

「ほら、ここ。あなたの手が、ずっと僕の胸にめり込んでいますよ?」

 ゾッと息を呑む。自分の右腕を見下ろすと、腕の先が男のスーツの胸元へ、まるで底なし沼に沈むようにめり込んでいた。引き抜こうとしても、ぬちゃりと嫌な音が響くだけでビクとも動かない。

「逃がしませんよ。あなたが触ったんだから」

 男の顔がぐにゃりと歪み、あり得ない角度まで口が裂ける。

 車内の乗客たちは誰一人こちらを見ようとせず、死んだような目で虚空を見つめていた。電車は二度と動かない深海へと、どこまでも落ちていく最中だった。


     【了】

最後までお読みいただきありがとうございました!

日常のふとした違和感から始まる恐怖を描いてみました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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