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覚醒したアジェに魔力を吸われるギルバルス

「ほう、歩くのも大変だろうに……それでも私に向かってくるとは大したものだな 」


 魔王は妖術を掛けられた僕が感覚の希薄化の影響を受けてもなお向かって来るのを見て感心する。

 彼には未だ僕とアジェが入れ替わった事には気が付いてないらしい。


「だが、その状態でどう戦う気だ?」


 自信満々の表情で僕に向かいあうと最後に止めを刺すための妖術を詠唱する。


「くらえ、最後の呪いを!……視覚、聴覚も遮断してしまえ!」


 魔王が叫ぶと、僕の視界は真っ暗になり何も見えず音も聞こえなくなる。

 そして、アジェに体を操られているとはいえ全ての感覚が無くなり僕は立っているのかさえ分からない状態になっていた。


『アベル……大丈夫?』

(うう……目も見えないし音も聞こえない)

『あたしが何とかしてあげる……だから安心して!』


 一瞬、歩みを止めるがそれでも魔王に向かってゆっくりと歩きだす。

 そして、僕の行動にギルバルスは訝しげな表情をする。


「なんだ? 何故まだ歩ける……完全に感覚がないはずだぞ?」


 だが、アジェは意に介さず魔王に向かって歩んでいく。


『お前の魔力……全部、あたしが……食べてあげる』

「何?」



 不敵な笑みを浮かべ、口角を上げると急に手を前にかざしながらギルバルスの胸元に向かって踏み込んでいく。

 いくら魔王であっても感覚を失わせた相手が突然襲い掛かってくるとは夢にも思わず油断していた。

 そして、彼の胸のど真ん中にズブッと指がめり込むのであった……。


「がっ!」


 アジェは魔王の胸に指を突き入れ、笑いながら小馬鹿にしていた。


『あはは……大した事ないじゃん! すぐ傍まで来ても無防備だったし……魔王も底が知れてるね~』

「き、貴様ぁ~!!」


 魔王は怒りに我を忘れ、自分の胸に突き刺さっている彼女の手を掴む。

 そして、そのまま握りつぶそうと力を込めるのだが……。


『無駄よ……そんな程度じゃ、あたしを止められないよ!』


 彼女はそう呟くと、掴んできた手に反対の手で握り返し始める。


「な、なんだ……この握力は? これが人間の力か!?」


 魔王は握り潰されそうな彼女の力に驚きを隠せなかった。

 アジェの指から徐々に力が入り始めると、彼の腕はメキメキと音を立て始める。


『ほらぁ~もっと強くしたら折れちゃうよ!』

「うがぁぁぁ!」

『あはははは!』


 魔王は必死に抵抗を見せ顔を赤くして何とか逃れようとするが彼女の掴みを外せなかった。

 そして遂に……。


「うがぁあ―!!」


 彼の悲鳴と同時に手首がバキバキッと音を立て握りつぶされる。

 そして、断末魔の様な叫び声があがるのであった。


 魔王は苦痛の声を上げながら、咄嗟に後方に跳躍し彼女と距離を取る。

 彼の右手首は骨が折れブランブランと力なく垂れていた。


『あ~あ……右手が使えなくなっちゃったね? 残念ッ!』


 アジェはクスクスと笑いながら、折れた手首を真似てプラプラさせて見せる。

 そんな余裕を見せる彼女に魔王は恐怖心を抱き始めるのである。


「馬鹿な!……この私が人間に怯えているだと……お前は本当に人間か!?」

『人間じゃなかったらどうなのよ?』

「ぐっ……化け物め!」

『失礼ね!……あたしはレディよ!』


 魔王の言葉に彼女は怒り、一瞬の内に近寄ると彼の胸倉を掴んで引き寄せる。


「むうっ!!」


 この時になってアベルの瞳を覗き込むと、その瞳の瞳孔は縦に割れており瞳が赤く輝いていた。

 それを見て魔王は思わず目をギョッとさせる……そして同時に背筋が寒くなっていく。


「ま、まさか!……アベルの体に別の存在が居たのか!?……」

『だから言ったでしょ……人間じゃないけど、化け物でもないからねっ!』


 そう言い胸倉を掴んでいた彼をポイッと投げ捨てる。

 彼は地面に転がり落ちるが、よろよろと立ち上がりアジェに向かって呟く。


「化け物め……アベルの体を使って私をどうしようというのだ?」

『別に~……殺す気はないよ。ただ、あなたの魔力を食べさせて欲しいだけだから……』

「何だって?」

『だって、あたしは魔力喰らいの女神なんだからね!』

「お前は、この世界の神でない筈だ……私に魔王としての力を与えたのは元より存在する神なのだから……」


 ギルバルスはアジェの言葉が理解出来ず困惑する。

 そんな彼に向かって彼女はニィッと妖しく微笑みながら言う。


『もちろん、この世界の神でないよ……あたしは数百年前に、異世界から召喚されたの……』

「えっ、異世界の女神!?」

『そうだよ!……あなたに力を与えた神は、古いしがらみに執着する堕落した神……』

「まさか、そんな……」


 魔王は彼女の正体を知り呆然とする。

 その隙に彼女は彼の傍に行くと耳元で囁くのであった。


『じゃあ、始めようか……魔力を吸い取ってあげる』


 そして、一瞬のうちにギルバルスの顔まで近づき彼の唇を奪うと舌を絡ませていく。


「んぐ! うむむっ!」


 彼は抵抗しようとするのだが、瞬く間に魔力を吸い取られ体に力が入らなくなる。


(こ……これが女神の力!?)


 そんな事を考えつつ、自分の体から女神へと魔力が奔流の線となり流れていくのを実感する。

 そして、その魔力は彼女の体へと流れ込み力となっていく。


『ん……んん……こんなに膨大な魔力は初めて、ああ……美味しい』


 彼女はギルバルスから魔力を吸い上げながら恍惚な表情をしていた。

 彼も女神から魔力を吸われていく度に魂を吸われていくような感覚に恐怖を覚え始めていた。


 その反面、力を吸収され魔王としての力を失っていくが同時に解放されていくのも感じていた。

 だから、恐怖より魔王としての束縛から放たれるという感覚に心が軽くなっていく方が勝っているのであった。


『ああ、美味しかった……ご馳走様』


 彼女は満足すると唇を放し魔王から離れる。


「はぁ……はぁ……」


 彼は息も絶え絶えにその場にへたり込んでしまう。

 そして、アジェはそんな魔王を見下ろしながら言うのである。


『これであなたはただの魔族よ! でも、この事が神からバレたらあたしを全力でもって排除してくるでしょうね……」

「こ……これで魔王でなくなったのか?……」


 彼は自分の掌を見つめながら不可解な面持ちで呟く。

 魔王としての力を失い、ただの魔族になったという現実に戸惑っているようだった。

 だが、それ以上に魔王という役目を失い肩の荷が下りた事に安堵しているようである。


 今まで虚無感を漂わせて魔王という務めを負ってきた彼にとって、その感情はとても大きなものだった。

 そんな彼の姿を見てアジェはクスッと笑う。


『でも……これで良かったんじゃない? あなたは魔王という役割から解き放たれたのだから』

「そうかもしれんな……これからは神から選ばれた勇者や聖女と戦う必要がなくなるのだからな……」

『それに、あなたは神への信仰を普遍にさせるため人間の敵として選ばれたのよ』

「何? どういう事だ?」


 ギルバルスはアジェの言葉に驚きを隠せず問い掛ける。


『だから……神は信仰の為に魔王と勇者という駒を選び力を与え、イタチごっこを永遠と続けていたのよ』

「そんな……」


 女神の答えを聞き彼は言葉を失い愕然とする。

 今まで神の駒として戦う運命を辿っていた事に気付きショックを受ける。


 更に自身が神に踊らされていたと知り怒りがこみ上げて来るのである。

 彼の姿を見てアジェは言い聞かせるように話し始めるた。


『でも、あなたはもう魔王じゃないの……神とは無関係になったの』

「ああ……そうか……もう神とは関係無くなったのだな……」


 彼女の言葉に魔王は自分の中で今までの葛藤や苦悩に終止符を打つ。

 そして、自らの変化を認め女神の言葉を噛み締めるように頷きながら呟く。


『そう!……あなたは、これから自由よ!』

「ああ、私は魔王ではない……ただの魔族だ」


 そんな2人のやり取りを僕は黙って見守っていた。

 この時は既に視覚と聴覚は回復し、アジェの話に聞き耳を立てていた。

 そして、彼が神から魔王の役目を負わされているのを知った時、僕は何とも言えない気分になっていた。


『アベル……元に戻った?』


 僕が複雑な感情を抱いているとアジェが心配そうに声を掛けてくる。

 そんな彼女の声で我に返り、慌てて取り繕う様に言う。


「あ……ああ! 大丈夫だよ! これからどうするの?」

『そうね~これからは、あたし達が神から狙われる立場になったよ』

「えっ? それは、神と敵対するという事だよね?」

『うん!……だから、より一層用心してね』


 彼女の話を聞いて不安になると同時に何故そんなに落ち着いていられるのか心配でたまらなくなるのであった……。

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