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追放された魔力解除士

 ここダルグの街の宿屋での夜、寝室で鈍い衝撃音と男の悲鳴が響き渡った。

 部屋の壁に叩き付けられた戦士である大柄で筋肉質の男は、突如襲った全身の痛みに悶えている。


 彼は胸から腹を手で押さえて悶絶していた。強烈な力でもって正面から弾き飛ばされ壁に背を打ち付け呻いている。

 彼ことウェイドを、このような目に遭わせた犯人はすぐ傍に佇んでいた。その人物は女性的な風貌であるが中性的な顔つきをしている。


 しかし、服の上からも胸は出ており尻も丸味を帯び女性的なフォルムなので女性であろう。

 しかも特異的なのは髪の色は多元色で、色々な色が混ざり合いマーブル模様を描いている。


 瞳の色も赤く、果たして女が人間であるかどうかも判断しかねる。

 そして、彼女は自分の取った行動が理解できていないようで面食らっていたのである。


「……あ、あ……。違う、僕は……」


 アベルは、自分が何をしたのか理解していなかった。自分の震える右手を見詰める。

 自分の突き出した指先からは極彩色の澱みが陽炎の様に立ちのぼっていた。


 ただ、女の脳裏には、直前の光景が思い浮かぶのである。

 酔っぱらって部屋に戻って来た、ほろ酔い気分のウェイドが入ってくる。


 彼は酔うと女に対して手が早いタイプなのである。

 だが、その矛先が自分に向くとは思わなかった。

 そして、相部屋に居た僕を見るなり言葉を投げ掛けてきた。


「うぃ~、アベル……お前部屋に居たのかぁ~?」


 ウェイドは呂律が回っていなかった。酒臭い息を吐きながら僕に絡もうとしている。

 大男の強面の顔で僕の姿をイヤらしい目で全身を舐め回すように見ている。

 そんなウェイドの下品で不快な態度に嫌悪感をあらわにした。


「何ですか? 僕に近づかないでください」

「なんだぁ~? 触っても減るもんじゃないし……ちょっとぐらい触らせろよ!」


 彼は卑猥な事を言うなり僕の膨らんだ胸を服の上から乱暴に掴み、あろう事か尻も揉まれたのだ。


「や……やめろぉ!!」


 僕は思わず悲鳴を上げた。触られたショックで、自分の中の何かが弾けたのである。

 そして、右手を突き上げると指先から極彩色の光が溢れだしていた。


「な……なんだ?」


 ウェイドが変化に驚愕する。僕は力を制御できずウェイドに向かって放つ。

 そして、彼の身体は衝撃波によって吹き飛ばされ壁に叩き付けられたのである。

 その結果が彼が床に倒れ悶えている理由であった。


 間もなくして部屋のドアが勢い良く開かれリーダーである魔剣士レムルスと妹で魔術師のシャノン、女神官のレイラが姿を現した。

 彼とシャノンは兄妹なので顔付きは似ている。2人とも髪は金髪で兄は精悍な面構えであり妹の方は美しく綺麗である。どちらも目つきは鋭いが……。


「何事だ、この騒ぎは!?」


 レムルスの鋭い声が部屋に響き渡りジロリと僕とウェイドを見る。


「ウェイド、大丈夫ですか?」


 レイラが床に倒れているウェイドに駆け寄り介抱する。


「アベル! あなた、何をしたの?」


 シャノンが僕に向かって非難の言葉をぶつける。


「ぼ……僕は……」


 僕は自分の仕出かした事に恐怖し震え、レムルスに救いを求めるように彼を見る。

 しかし、彼の目に宿ったのは助けでなく明確な嫌悪だった。


「レムルス……ウェイドが急に部屋に来て……僕の胸と尻を……」

「アベル、お前は……。もういい」


 レムルスは僕の言葉を遮り、軽蔑の眼差しで僕を見詰める。そして、追い打ちをかけるようにシャノンとレイラの辛辣な言葉が続く。


「最低! ちょっと体を触られたからといって仲間に暴力を振るうなんて……」

「本当は……自分から女の色香を使ってウェイドを誘ったんじゃないんですか?」


 彼女達の言葉に唖然としてしまった。シャノンとレイラは口元を覆い軽蔑の眼差しを向ける。


「違う……僕はあの日、あの森で……!」

「黙れ、役立たずが!」


 レムルスの容赦ない一言が僕の胸にナイフのように刺さったのである。


「魔力が使えなくなった、お前は『魔力解除士』としてもはや使い物にならん。いや、それ以前に気色悪いんだよ」


 彼の妹であり、非凡の魔術師と謳われるシャノンも兄の影から侮蔑の視線を送る。


「あははは……本当、兄さんの言う通り。あの瘴気の森に封印された箱を解除したら女になるなんて……。マジ、キモイ」

「それに……その髪の色と瞳、聖職者の私から見ればまるで化け物じみた異端者そのものです……」


 レイラも嫌悪感を露にしながら、僕の髪と瞳を見て言う。

 彼女だけでなくレムルス、シャノン、セクハラをしてきたウェイドさえゴミを見るような目で僕を見下している。


「もうこれ以上、荷物持ちとしても使えない無能のお前を『終焉の刃』に置いておけない……アベル、貴様を追放する」


 リーダーであるレムルスは僕に対して追放を宣告する。


「そんな……待ってよ! 本気なのか!?」

「黙れ! 役立たずなど、『終焉の刃』には必要ない」


 彼は僕の言葉を遮るように一喝し、さらに追い打ちをかける。


「……手切れ金だ。明日の朝、宿を出ろ。……いいや、今すぐ消えろ。その顔を見ているだけで反吐が出る」


 彼は懐から一袋の銀貨を僕の足元に投げ捨てるように放る。

 捨てられた銀貨がチャリンという乾いた音を立て静かな部屋に虚しく響き渡る。


 かつて、頼れるリーダーだった男の瞳には、もう僕という存在は映っていなかった。

 元仲間達は、まるで汚物から逃げるようにレムルスに寄り添い僕に背を向けて部屋を出ていく。


「これで赤の他人だな……俺も酔っぱらって変な気になっただけだ。正直、元男だと思うと気持ち悪いぜ……」


 部屋に残されたウェイドが僕を見下しながら吐き捨てるように言う。


「……」


 僕は無言で落ちた銀貨を拾い荷物を纏めると、何も反論せずふらふらと部屋を出る。

 宿の外は雨がザーザーと降り始めていた。多色の髪を濡らしながら夜の闇を歩き出す。


(……ああ、捨てられたんだな……僕の居場所は、どこにもないんだ)


 背後に写る宿に2度と戻る事はない。アベルは世界から完全に放逐されたのである……。




 彼が女体化した理由は数日前、とある貴族からの依頼を受け町の近郊にある瘴気が辺りを漂うベソルフィの森に足を踏み入れた事だった。

 その森は古代魔法王国時代の魔術師達が何か悍ましい実験をしていたという伝承が語り継がれ、溢れ出た瘴気が森の生けるもの全ての命を蝕んでいた。


 人々はその森を死の森として恐れ長らく近付く事はなかった。

 だが、噂話に尾ひれがついて、その森に不老不死の素材があるというデマが流れたのである。

 無論、レムルス達もその噂を聞きつけ近くにあるダルグの街に滞在していた。


 彼等の評判を聞いた貴族が不老不死の素材欲しさに依頼する。レムルス達も名を上げる為に依頼を引き受けたのだった。

 そして、アベルは『魔力解除士』というマイナーな職業である。その為、封印や結界の解除にレムルス達に重宝されていた。


 その能力とは、魔力を解除する力であり、魔法で封印された物や結界などを無力化する事ができるのだ。

 アベルはレムルス達と共に森に入って行く。瘴気から身を守るため神官のレイラが神聖魔法で全員に護りの結界を張る。


「これで暫くは瘴気を防げるはずです」


 彼女は綺麗な顔で自信ありげに答えるが、アベルには嫌な予感しかしなかった。

 そして、ベソルフィの森の奥深くに辿り着くと、そこには洞窟がある。

 洞窟の外からでも目に見えるように瘴気が渦巻いて、不気味な気配が漂っている。


「ここに目的の物がありそうだな……」


 レムルスが呟くと躊躇することなく中に入っていく。他のメンバーも彼に続いた。

 奥に進むほど瘴気が濃くなり視界が悪くなる。しかし、アベルは無言で仲間の後を付いていく。


 そして、奥に進むと大きな空洞に出たのである。そこは今まで以上に瘴気に満ち溢れていた。

 空洞には黒い結晶体の様な箱が存在している。その箱は様々な角度から見れば三角型や四角型にも見えた。


 大きさも人が1人入れるぐらいの物で外装には何も装飾は施されておらずシンプルである。

 レムルス達はこの箱のあり得ない形に錯綜し頭が混乱しているようであった。


「この……箱の中身に不老不死の素材が!?」

「色んな角度で見ると形が違う……気味が悪い」

「ずっと見てると気持ち悪くなってくるぞ……」

「背徳的で冒涜的な形……禍々しい」


 シャノンは綺麗な顔を歪めウェイドも気持ち悪そうにし、レイラは聖職者らしく秩序に反する物に悪態を吐く。

 そんな中、アベルだけは興味深げに箱を観察していた。


「……ふっ……あはは……」


 彼の口から漏れたのは笑い声だった。その笑い声は抑えられない歓喜の喜びであった……。

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