表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

希少な優しさに包まれて

作者: P4rn0s
掲載日:2026/01/09

子供の頃、世界はだいたい善意でできていると思っていた。

誰かが何かをしてくれるのは、ただ優しいからで、理由なんていらなかった。

理由を探すという発想自体がなかったのだと思う。


商店街の角にある肉屋では、揚げたてのコロッケを半分に割って、紙に包んでくれた。

熱いから気をつけてね、と言われて、ふうふう息を吹きかけながらかじる。

油とじゃがいもの甘さが口いっぱいに広がって、胸の奥が少し温かくなった。

この町の大人は、みんな優しい。

それが、あの頃の結論だった。


テレビの中でも同じだった。

芸能人が訪れた店で、店主が笑顔で料理を差し出す。

こんなに美味しいものを、こんなに気前よく。

世の中には、見返りを求めない優しさが溢れている。

本気で、そう思っていた。


大人になった今、その映像を見返すと、違うものが見える。

カメラの位置。

店名が映るタイミング。

「宣伝になりますから」と言わない代わりに、言わなくても成立する暗黙の了解。

誰も嘘をついていないのに、真実だけが少しずつ違っている。


あの肉屋のコロッケも、きっとそうだったのだろう。

子供に優しくすれば、親もその店を選ぶ。

町の中で評判が広がる。

半分のコロッケは、広告費としては安すぎるくらいだ。


そう気づいたとき、胸の奥で何かが冷えた。

裏切られた、というほど大げさな感情ではない。

ただ、世界の表面が一枚、静かに剥がれ落ちたような感覚だった。


学校で勧められたボランティアも、

「みんなのため」という言葉の奥に、評価や実績があると知った。

ポイントカードは親切ではなく、囲い込みであり、

管理であった。

無料のものは、無料である理由を必ず持っていた。


それに気づいてから、私は人の行動をすぐに疑うようになった。

これは誰の得になるのか。

どこに利益が発生しているのか。

そう考える癖は、大人としては正解なのだろう。


けれど、時々思い出す。

あのコロッケをかじっていた時の、自分の顔を。

理由も計算も知らず、ただ美味しいと感じていた時間を。


利益があったからといって、優しさが消えるわけではない。

そう頭では分かっている。

双方に得がある関係のほうが、むしろ健全だということも。

それでも、完全に割り切れるほど、私は賢くなれなかった。


ある雨の日、駅前でティッシュを受け取った。

反射的に、だ。

広告を見て、苦笑いする。

またか、と思いながらも、捨てずに鞄に入れた。


その時、ふと気づく。

それでも私は、受け取ったのだ。

理由を知っていても、損得を理解していても、

差し出されたものを、拒絶しなかった。


大人になるというのは、

優しさの裏側を知ることではなく、

裏側を知ったまま、どう振る舞うかを選ぶことなのかもしれない。


無償の優しさが希少だと知ったからこそ、

それに出会ったとき、ちゃんと大切にできる。

打算の混じった親切であっても、

それが誰かを救うなら、無意味ではない。


子供の頃の私は、世界を信じていた。

今の私は、世界を理解しようとしている。

どちらが正しいかは分からない。


ただ一つ確かなのは、

理由を知ってしまった今でも、

あのコロッケの味を、私はまだ覚えているということだ。


それを覚えていられるうちは、

きっと、完全に大人にはなりきれていない。

あるいは、それでいいのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ