乙女ゲー転生、4番手のショタ男子の嘆き
上級生の卒業パーティーで、婚約破棄。
あれ、コレってもしかして乙女ゲー?僕って乙女ゲーに転生してたの?
男性目線のお話です。
よくあるご都合主義ストーリーです。初めて書いてみました。
温かい目で読んでくださると嬉しいです。
「マリステラ、お前との婚約は破棄する!」
ダンスホールに若い男の声が響いた。
その場でダンスをしていた男女も、そして演奏していた者も、談笑していた人々も、一瞬にして静まり返る。
なぜなら声を張り上げたのは、この場で一番身分が高い王族、この国の第2王子だったからだ。
卒業パーティー真っ最中の出来事である。
あれ、もしかして…コレってアレでは?
今現在繰り広げられている場面からは少し遠い場所で、僕は頭を抱えた。
(ヤバい、僕!何かの乙女ゲーとかに転生してるかも?)
僕には以前から前世の記憶があった。
しがない一般家庭で育った、日本人の男子高校生の記憶が。
しかし、特に料理が得意でも無く、石鹸やら化粧品やらを手作りした事もなく、何ならお茶だってよく知らない。知識チートやら能力チートもない。
こんな役に立たない記憶があっても、意味がない。
人より世渡り上手でラッキーって位にしか考えていなかった。
計算だけは例によって異世界でも共通なので、子供の頃は天才扱いされてドヤァ出来る程度だったのだ。
――今の僕の評価?
それなりに勉強出来る子息程度に認識されているんじゃないかな。
前世は庶民の僕に、貴族特有のプライドなんてある筈もなく、平民にも使用人にも優しく人当たりが良い貴公子なんて言われている。
…恥ずかしいけど。
スペックだけ見ると、僕は小柄で愛嬌があるショタ枠かも。
金髪碧眼で童顔。王子とその婚約者の下級生で爵位は伯爵。微妙に旨煮がない4番手。
でも甘え上手で乙女ゲーには欠かせない弟ワンコなキャラ。もしかして、ぴったり当てはまっていないだろうか。
しかし、ショタ枠って…。
人気投票では下位に位置する、数合わせで居るキャラじゃん。
あーーー!
よく考えたら、今断罪シーン真っ最中の男爵令嬢にやたらと話しかけられたな。
ちょっとグイグイ来すぎて怖かったから逃げ回っていたけれど。
僕は、持ち前の要領の良さで殿下にも覚えがよろしく、生徒会の一員にもなっている。
コレは間違いなく攻略対象なのでは?
流石に自意識過剰か?いや、でもでも…。
しかし乙女ゲー疑惑に、上級生の卒業パーティーでようやく気づくなんて。
隣にいる僕の婚約者が、オロオロと僕の顔を窺う気配がする。
ふんわりとしたミルクティー色の髪に、新緑を思わせる澄んだ緑の瞳。
こんなに可愛い婚約者が物語では悪役令嬢だったのかもしれないのかな?
いやいや、思考が逸れてしまった。
今は傍迷惑な殿下の事を考えるんだ。
殿下の側近達があの場に集合して、公爵家のご令嬢に暴言を吐いている。
僕も一応は側近候補なのであの場に立たないといけない筈だけれど。
乙女ゲーなら大丈夫。
…でもラノベなら身の破滅なんだよ。
しかも、殿下にもその側近にもなんの話も聞いていなかった。僕はどうすればいいんだ、この状況?
このままなら王族の不興を買うかもしれない。出世は出来ない。婚約者の彼女としても不安だろう。
――というかあの馬鹿殿下!
心の中の前世の僕が言っていたんだよ。あのヒロイン顔の令嬢は所謂ビ◯チだって!
苦言もしたじゃん(泣)
魂胆が見え見えで距離を置いたほうが良いって。
断罪の最中も、男爵令嬢はチラチラと僕を見ている。もしかして僕は逆ハーレムの一員なのか?
ふざけるな。
僕には可愛い婚約者が居るんだ。来年僕たちが学園を卒業したらすぐに結婚するんだよ。
隣の不安げな彼女に話しかける。
「リジー、僕は君と結婚したい。間違ってもあの子と疚しい関係は無いよ。…そしてね、こういう事をやらかす殿下の未来が明るいとは思えないんだ。今から僕がちょっと無茶しても見捨てないでいてくれるかな…?」
祈る気持ちで彼女の手を握る。
やっぱり、女性を公衆の面前で吊るし上げるなんて前代未聞の醜聞だし、紳士としても見過ごせない。
「まぁアレク!私の気持ちは変わらないし、なんなら今惚れ直しちゃったわ。私ってワンコ系男子とかショタが大好きなの!一途で不憫な男の子が好きよ…………。でも、うーん、でもショタ攻略対象ってこんなキャラだったかしら…?ヒロインがアレクの好感度を上げてないからかしら。結局、殿下と脳筋馬鹿とメガネのハーレムエンドになったのかな…?」
後半は早口でよく聴き取れないけれど、前世にしか無い単語が出ているよ、リジー!
え、もしかして君も転生仲間だったの?やけに食も趣味も価値観も合うと思ったよ。
でも、妙に距離を置かれていた理由がわかった。
君にとってはヒロインに惚れてうつつを抜かすショタ(屈辱)キャラだったんだね、僕は。
泣きたい。好きな女の子に浮気性な男と思われていた時点で泣きたい。
「殿下、私との婚約は王命であり貴方の後ろ盾の為の政略です。よろしいのですか?」
公爵令嬢の冷静な声で現実に引き戻された。
婚約破棄イベントは続いている。
男爵令嬢が声を張り上げた。
「マリステラ様!私が殿下を愛してしまったばかりに、貴女に様々な悪行をさせてしまいました。でも、全て私が悪いんです…。この場で身を引いてくださるなら、全てを明らかにはしません。糾弾もしません!だから私と殿下をお許し下さい…」
そっと目元にハンカチを当てる。
「シンディ…。なんてイジらしく可憐なんだ!」
王子の側近2人は大丈夫か?
いやいや、糾弾してるし。なんなら周りの想像をかき立てて煽っているじゃん。
フロアは静まり返り、皆この成り行きを息を殺して見守っている。正直関わりたくはないよねぇ。
王子か公爵家か。どちらかに目を付けられるなんて地獄だ。
でも、転生者ならわかる。コレは逆ザマァだと。
寧ろこの場で公爵令嬢を庇わなければ身の破滅だと。だって、この男爵令嬢絶対に3股してるよね??
絶対に頭が軽い女の子で、ザマァされちゃうパターンだよね。
僕は意を決して声をあげた。
「殿下!恐れながら申し上げます!この場でのこれ以上の騒ぎは、多方面から考えても宜しくないかと…」
「アレク=サイフォール伯爵令息!貴様の発言は許していない!」
側近の眼鏡が声を荒げる。
おい眼鏡。フルネームで呼ぶんじゃない!
そこで、公爵令嬢は少し意外そうな目で僕を見た。
この目、この表情。やっぱり、この人は馬鹿王子より何枚も上手じゃん。
コレって殿下の側近も諸共に破滅させる手段をお持ちなのでは無いでしょうか。怖い。
渦中の王子は苦しげに胸を押さえて語りだした。
「いいんだ。私は真実の愛に目覚めた。これまで尽くしてくれたマリステラには申し訳ないが、私は愛に生きる!勝手に婚約を破棄する責任は全て私が取ろう!公爵家にも謝意を示し廃嫡されようではないか!」
「「は?」」
彼は、更に声を張り上げて語る。
「ここから私のスローライフが始まるんだ!田舎の男爵領?最高じゃないか!私は廃嫡されて自由に生きたいんだ。シンディ!私と一緒に農業改革をして男爵領を盛り上げよう!」
ギュッと両手を握り込まれた男爵令嬢は、この展開について行けてないらしく表情が凄い事になっている。
「殿下!?廃嫡って!え、男爵領?うちに婿入りする気なんですか?うちは何もない田舎で、カツカツの生活なんですよ?素敵な宝石もドレスも買えない、高位貴族の夜会にも参加できない男爵家ですよ!?」
「でも、夢に見たスローライフがある!王都では出来ない、畑仕事が出来る!」
男爵令嬢が仰天している。
あ〜、もしかしてここにも転生仲間が?
そっか、確かに前世が小市民だと王族ってキツイかも。
スローライフで田舎に移住が夢だったんだ、王子。
混迷を極めた場で、公爵令嬢がパチリと扇を閉じた。
「殿下にはそこ迄のお覚悟がありましたのね。ならば、これ以上は何も申しません。私は、今後の対応を相談する為に御前失礼します。後ほど、父と王宮に参内したく存じます。詳しいお話はその場で」
綺麗なカーテシーを披露して公爵令嬢は去っていった。
うん、未練なさそう。寧ろ堂々と会場を出て行ってしまった。
残った男爵令嬢と側近は顔を真っ青にしているが、王子は清々しい笑顔だ。
今度僕の愛しい彼女と廃嫡予定の王子と3人で話をしてみようかな。合言葉は何にしようか?乙女ゲー?和食?
殿下は今回、馬鹿な事を仕出かしたが、人となりは嫌いでは無かった。
婚約者と馬鹿王子で擬似的な同窓会を開くなんて楽しそうだ。
「え、コレってバッドエンドなの?というか、あの王子、ヒロインよりスローライフ目当てじゃないの。ええ?スローライフって言葉ここにあったっけ?」
リジーは深刻そうな顔をして、独り言をつぶやいている。
ふふふ、普段はあまり隙を見せてくれないから、こんな癖があるなんて気づかなかったよ。
――真実の愛。
当て馬かハーレム要員にしかなれないショタ枠の僕が見つけてしまったかもしれない。
隣のリジーは昔から愛しいけれど、彼女の真実を知ったんだから『真実の愛を見つけた!』なんて言っていいのは僕じゃないか?
それが王子の婚約破棄の現場なんて、ね。
そして更に懐かしい前世の事すら共有出来るかもしれないなんて。
もしかしたら馬鹿な王子とも親友になれるかもしれない。
「こんなのストーリーに無いわ!私が王子妃になるんじゃないの!?」
ヒステリックに王子に掴みかかる男爵令嬢。
「え…、王子が廃嫡されたら俺たちはどうなるんだ…?」
混乱しつつも、ようやく自分達の未来が心配になってきたらしい側近の眼鏡と脳筋。
今更遅いよ。お前らは破滅一直線でしょう。
王子はヘラヘラとした顔でヒロインを宥めている。
随分周りに迷惑をかけたな、王子。
しかし、高位貴族の令息を次々に籠絡した問題の女性を片田舎に送り返し、自分は廃嫡される覚悟まである。
そして、ヒロインのハーレム要員で、無能な側近の未来も潰した。
王家には王太子を筆頭に、3人の王子がいる。
第2王子が廃嫡されても、国は揺るがない。
まあ、公爵家の出方にもよるが、幽閉や毒杯等の過激な罰は無いだろう。
何せ、王子自体は断罪シーンで婚約を破棄する旨しか話していない。後は周りが暴走しただけだ。
コレって計画的なのか?しかし、しがない伯爵家の僕が知ることは無いだろう。
最終的にもヒロインのハーレムに参加してないしね。
藪蛇は御免だし。
ホールの入り口から、騒動に加担した人々を取り囲む様に近衛兵が現れ、速やかに全員を連れ出した。
これで一件落着か。明日から各要所で大変な騒ぎになりそうだな。
周りは既にさっきの一幕について興奮気味に話されている。明日の朝は、この話題一色だな、きっと。
せっかく今日のパーティーの為に彼女にドレスを贈り、バルコニーで乾杯しつつ良いムードで褒めちぎろうと思っていたのにな。
…キスなんて出来たらいいのになぁなんて期待してたのにな。
ふと隣で、まだ何やら独り言を呟く彼女に意地悪をしてみたくなった。
全然僕を見ない彼女の耳元に口を寄せる。
「ねぇ、リジー。この乙女ゲーの前世の推しって誰だったの?僕だったら嬉しいんだけど」
「!?」
可愛い婚約者の仰天した顔を見ながら頬に口づけた。ほら、僕って小悪魔ショタ枠でしょ?(笑)
コレで、僕が転生者だって気付いてくれたかな?
宛が外れた男爵令嬢と脳筋と眼鏡には悪いけど。
ニンマリと口元が緩んでしまう。
公爵令嬢も気の毒だけど、アレはきちんとやり返してザマァしそうだから気にする必要は無いかな?
この場で僕は、本当の真実の愛ってやつに目覚めちゃったかも。
前からずっと好きだったけれど、前世を語り合えるなんて、なんて運命的なんだ。
「リジー、愛してるよ」
腕に閉じ込めた彼女は真っ赤になっている。
前世の推しは僕じゃなくても、今世では君の推しになれるように頑張ってみるよ。