第4話 暗雲
少年と別れたシャックスは、その場に倒れるがすぐに起き上がる。
数分後意識を取り戻したシャックスは、頭の中に疑問府をたくさん浮かべた。
たまに意識が途絶える事があるが、その後自分が移動しているためだ。
理由が分からない点を、戸惑い、不気味に思う。
こんな症状が出るのは、毎朝森に入っている時だけだった。
普段寝ている時や、屋敷の中で頭を打った時は、普通に眠っていたり、気絶したままだった。
シャックスは、一度医者に診てもらった方が良いかもしれないと思った。
そんな事を考えながら屋敷へ歩いていると、途中で服の中に何かが入っている事に気が付いた。
それは水晶のかけらだった。
向こうが見えるほど透き通ってはおらず、黒っぽい色をしているため、鏡のように使えるものだ。
それは、何かの拍子で割れたものを、後から整えた物だった。
成形した後があった。
シャックスはこのような物を手に入れた覚えがないため、首を傾げる。
しかし、形が綺麗だった事や、どことなく手放しがたく思えたため、そのまま所持する事に決めた。
それに加えて、前世で見た事のある魔道具に似ていたため、それもあった。
自分の生活地域から出てきたらしい存在ーー鬼族という角の生えた種族と交流した際、彼らから家宝だと言われて見せてもらった事がある。
屋敷に戻ると、シャックスの父ワンドと母レーナが言い争っていた。
白い髪に赤い目をしたワンドは、憤りと怒りの視線を向ける。
黒い髪に青い目をしたレーナは、悲しみと不安そうな視線を向けているのが対照的だ。
シャックスはこっそり様子を窺う。
ワンドは子供達に何かの試験を課そうとしていた。
しかし、レーナはまだ時期が早すぎると主張している。
「もう十分に待った、私の子供達に試練を課しても良いだろう。誕生日から一か月後だ、それ以上は伸ばせん。本来の予定なら誕生日前にやるはずだったのだぞ。分かり切った事のために、無駄な時間を費やさせるな!」
「そこをどうか。せめて、あと一年待ってくださいませんか。お願いします!」
「その間に俺を説得できるとでも? 時間の無駄だ」
レーナはひたすら頭を下げているが、ワンドの気持ちは変わらないようだった。
シャックスは、どうするべきか迷った。
声をかけて、二人の仲をこじらせたくないからだ。
両親の仲が悪いのは分かっていたが、だからといって進んで悪化させたいわけではなかった。
ワンドは最低な父親であったが、母であるレーナにはある程度優しいため、レーナを悲しませたくなかったのだ。
シャックスが悩んでいる内に、話が終わった。
ワンドがその場を去っていく。
レーナも悲しそうにしながら、どこかへ歩いていった。
その後、シャックスはニーナとフォウを部屋に呼んで、今朝あった事を話した。
すると、二人は何の事なのかをしっかりと知っていた。
フォウが最初に話す。
「試練って言うのは、当主の座をかけた争いの事だろうな」
ニーナが補足するように続けた。
「とっても厳しいのよ。本来は、誕生日の日にやるみたい。前にこの家の歴史をまとめた本で調べた事があるわ」
二人は、試練についてシャックスに話す。
試練は、この家の子供達が7歳になった誕生日に行うもので、当主にふさわしいかどうかを見るためのものだ。
ふさわしくないと判断されたら、養子を迎えると言う。
しかし、今のこの家には双子ばかり。
だから、双子同士を競わせて、より優秀だった方を当主にするという判断らしい。
試練が行われるなら、ニーナとアンナの出番だろうとフォウが言う。
女性より男性を当主にしたがる事が多いが、ワンドは性別についてこだわりがないようだった。
ワンドはこの屋敷にたまに客人を招待する事があるが、その顔の中にもちらほら女性がいた。
女性を男性と同等に扱う事は珍しい事だが、ワンドはそういった事に対し何とも思っていなかった。
むしろ、女性を女性だという理由で蔑む者達を軽蔑している節がある。
数時間後。
レーナは自分の部屋で悩んでいた。
ここのところ、彼女は子供達にかまってやれなかった。
それは、試練が近づいていたせいだった。
レーナの部屋は書物で溢れかえっている。
家の書庫にあった本を数十冊運び込んだせいだ。
普段は綺麗に整頓されているが、今はそんな様子は見る影もなかった。
レーナは今までにクロニカ家で行われた試練を調べている最中だった。
「どうにかして、ニーナやフォウ、シャックスを守る方法を考えないと。それにアンナたちにも、これ以上練で家族と対立させたくはないわ」
レーナは真っ青な顔になりながら、書物を睨みつけるように呼んでいく。
その様子は疲労こんぱいで、今にも倒れそうだった。
ふらついた彼女は、積んであった本に手をぶつけてしまう。
そのせいで本の一冊が床を転がった。
レーナはその本を拾おうとして手を止める。
彼女は、とある書物のページに目を止めた。
それは、書庫から運び込んだ書物ではなかった。
最初の子供達が生まれた時に書いたレーナの日記だった。
アンナとニーナを抱いているレーナの絵が書かれていた。
その絵には温もりがあった。
それを描いたのはワンドだ。
レーナは涙をこぼす。
小さな水の雫が日記に落ちた。
「どうしてこんな事になってしまったのかしら。昔はあんなに幸せだったのに」
悲哀に満ちたレーナの言葉を聞くものは誰もいなかった。
レーナは、幼い頃から蝶よ花よと育てられた貴族令嬢だ。
両親も彼女を溺愛し、レーナはそんな両親を大切にしていた。
そのため、家のためになら好きでもない男と結婚する事も厭わなかった。
しかし、出来る事なら名のある家の当主と結婚し、両親の助けになりたかった。
レーナの実家は、ほとんど名前の広まっていない地方の家だったからだ。
社交界に出る度に、誰と結婚するのか考えない日はなかった。
そんなレーナが出会ったのはワンドだ。
レーナはワンドと結婚する事になるとは思わなず、話しかけられる事などないと思っていた。
しかし、ワンドはレーナに話しかけ、他の令嬢たちと過ごすよりも、レーナを優先して多くの時間を共に過ごした。
時折、冷たい顔を見せる時もあるが、ワンドはレーナには常に丁寧な態度だったため、うまくやっていけると思っていたのだ。
今では、ワンドと話す時間はなく、禄に顔を合わせる事もない現状だった。




