第3話 クロニカ家それぞれ
シャックスは自分のお皿の中に残した、二粒の豆粒を見る。
片方は歪な豆粒で、もう片方は綺麗な楕円系の豆粒だった。
シャックスの世界では、双子は忌むべき物として扱われている。
だから、双子として生まれてきたら、どちらかを殺さなければならなかった。
しかし、クロニカ家はそれをあえて利用してきた。
双方を競わせ、劣っている方を七歳になった夜に殺す事にしていたのだ。
豆粒を見つめていたら、ニーナが「好き嫌いをしていたら大きくなれないわよ」と言って、それを横から食べた。
シャックスは少し残念そうな顔になる。
シャックスは豆が嫌いなわけではなく、ただぼうっとしていただけだったからだ。
成長のため栄養を欲するお腹がぐうと鳴った。
朝食後。
自分の部屋に戻ったシャックスは、目を閉じて集中する。
それは、魔法の練習をするためだ。
シャックスが集中すると、火の玉が同時に百個程、室内に作られる。
しかし、その火の玉で部屋の壁や床は燃えたりしない。
魔法の火が燃え移らないように、部屋の壁には水の魔法のシールドがつくられていたからだ。
部屋の隅には、いざという時のために大きな水の塊も作られている。
それらができるシャックスは魔法の天才だった。
つまり、シャックスは本当は落ちこぼれなどではなかった。
その世界の創作物にたまにある「魔法のない世界」に生まれていたとしたら、シャックスは無能だったかもしれない。
しかし、シャックスは幸運にも、魔法のある世界に生まれおちた。
シャックスは特異体質で、たくさんの魔力を体の中に貯める事ができる。
幼い頃にそれに気づいたシャックスは、今まで内緒で魔法の練習をしてきたのだった。
アンナやサーズにバレると、嫌がらせが苛烈になると考えていたからだ。
それに加えて、自分に親しくしてくれている人達に話すと、何かが原因でフォウやニーナに嫌がらせが飛び火する可能性もあったため秘密にし続けていた。
だが1番大きな理由は、別にある。
シャックスは最初は本当に落ちこぼれだったから、打ち明けるタイミングを逃してしまっていたという事だ。
喋れなかった点や、その事実を知った直後に重い病にかかっており、何か月も療養していた点のせいだ。
シャックスは、ある日を境に自分が転生している事に気づき、前世英雄だった記憶が蘇った。
その日から、魔法の才能が芽生えたが、逆を言えばその日までは落ちこぼれだった。
環境が変わる事がこわかったという気持ちもあった。
しかし、話さない理由はそれだけではない。
クロニカ家の後継者になりたくないから、でもあった。
間違って後継者になってしまい、クロニカ家のために尽くすくらいなら、シャックスは平民になって生きていく方がましだと考えていた。
レーナとニーナとフォウ。
四人で平民として慎ましく平穏に暮らしていくのが、シャックスの望みだった。
平民として生きるためにシャックスは、色々な準備をしてきた。
外で生きていくためのお金を稼いで、秘密の隠し場所に埋めたりした。
逃走先の町や村を探して、良い場所のリストアップなどもしていた。
鍛錬も欠かさず、森の中でモンスターと戦い、ワンド達に妨害されても切り抜けられるように日々励んでいたのだ。
最初は雑魚と呼ばれる植物型のモンスターにも苦戦していたが、今では数メートルほどのある巨大なモンスターとも渡り合えるようになった。
カマキリのような姿のモンスターー、フォレストリッパ―を十体同時に仕留めた事もあった。
その日の夜。
クロニカ家に使える使用人達は、夜食を食べながら話をしていた。
業務日誌を書き込む使用人が、同情の色を込めた瞳で呟く。
「ニーナお嬢様もアンナお嬢様も、例のあれがもうすぐね」
その言葉を聞いた他の使用人達が、顔色を暗くする。
ニーナを冷遇している使用人の何人かも、この日は顔を俯かせていた。
「きっとニーナお嬢様はアンナお嬢様に負けてしまうわ。可哀想に」
「クロニカ家に生まれなければ、双子だったとしても、どうにかその事実を誤魔化せたかもしれないのに」
「平民だったなら、どこか別の町や村に移り住んで、新しい人生をやり直せたかもね」
彼等は少し未来の事を考えながら、二人の少女の事について思いを馳せながら、夜を過ごした。
同じ頃。
とある町の中。
月夜に照らされる裏路地に、ワンドが立っていた。
彼は裏路地の先に視線を注ぐ。
すると、武装した人間が焦った様子で彼が立っている方へ逃げてくる。
「チクショウ、兵士にかぎつけられていたなんて!」
「逃げるのは遅れていたら、捕まっていた所だ!」
「せっかく大量の薬が手に入ったってのに、これじゃあ大損だ!」
逃げる者達は薬を秘密裏に売り払っていた者達だった。
ワンドは国の要請を受けて、彼らを捕まえるために行動していた。
逃走者たちは、ワンドの姿に気づく。
「邪魔だ! 退け!」
ワンドの事を大した事のない人間だと思った彼らは、そのまま彼に向かって走り続ける。
しかし、ワンドが氷の魔法を使って、彼等の足を地面に縫い付けた。
地面と共に凍ってしまった足は動かず、彼らは怒りの形相でワンドの顔を見つめた。
しかし月夜に照らされた顔を見て愕然とした。
「クロニカの、当主だと!」
真っ青になった彼らは、それ以上身動きできずにその場で凍り付いていった。
それを見届けたワンドは、不快そうに眉を顰める。
そして「つまらん」と一言吐き捨てて、その場を去っていった。
凍り付いた者達は、別の方面から薬の密売人を追い立てていた兵士達が、回収していく。
ワンドはここの所、国からの依頼に不満があった。
なぜならどれも簡単にできるものばかりだった。
しかし、名家の当主であっても国に楯突く事はできない。
そのため、ワンドは内心で苛立っていた。
ワンド・クロニカは、幼い頃から欲しいと思った物は何でも手に入れてきた。
思い通りにならない事など何もなかった。
ワンドには才能があり、名家の縁や血があったからだ。
しかし、成長したワンドは、思い通りにならない事もあると知ってしまう。
ワンドの頭に浮かぶのは、国王の顔とレーナの顔、そして子供の顔だった。
一番ワンドの心を苛立たせるのは、子供の事だ。
優秀な自分の血から、落ちこぼれという存在が出る事が許せなかった。
裏路地を出たワンドは、近くに止めてあった馬車に乗って、クロニカ家へ帰る。
腕の良い御者と質の良い馬車のおかげで、中はほとんど揺れない。
ワンドはいつしか眠りについていた。
ワンドはほとんどいつも夢を見ずに、ただ眠るだけだが、たまに起きたときにワンシーンだけ夢の光景を覚えている事があった。
それは、角の生えた自分が、レーナとそっくりの女から手当てされている光景だった。
レーナそっくりの女が「お守りよ」と言って、光る石のかけらを渡してくる。
彼女はそれが、「体を守ってくれる魔道具」なのだと説明しながら。
ワンドが夢に見たのは、たったそれだけの短い光景だった。
翌日、自分の部屋で起きたシャックスは、家の外に出る。
早朝の早い時間、誰も起きていないだろう時間に、シャックスは家の近くにある森で走り込みをしていた。
森にはモンスターが生息していて、よくいる狼型モンスターのフォレストウルフが襲ってくるが、風の魔法で切り裂き、なんなく倒した。
シャックスには大体の魔法が使えるため、不便はしなかった。
しばらくした頃、シャックスは森の中で一人の少女と出会った。
光石族と呼ばれる希少な種族の者で、額に宝石のような石が埋まっている。
光のエネルギーを取り込んで生きているため、生存のために何かを殺生して食べなくてよいらしい。
その事から彼ら独自の価値観が築かれ、生き物を食べる者たちとは距離を置いている。
しかし見た目がよいものが多いことから、裏社会で奴隷として富裕層に売りつけられる事もあった。
だから彼らはまとまりながら、各地を絶えず移動している。
そんな種族の子供がいたので、シャックスは接触せざるを得なかった。
身振り手振りで会話をしようとするがうまくいかない。
「?」
クロニカ家のものも前世の王家のものたちも全員手話ができたし、歩いていどが表情や状況からシャックスのことを読み取ってくれた。
しかし目の前のものに、その技術はなく、親しんだ時間もないため、意思疎通が困難だったのだ。
光石族の少女はそれでもシャックスがしゃべれないのだと悟り、自己紹介してくれる。
「私、プラムレ。森の中で木の実を拾ってたら遠くに来ちゃって、みんながいる場所。わからなくなっちゃった」
ほっとしたシャックスは地面にもりの地図を描く、しかし少女プラムレは首を振った。
「詳しくないの」
シャックスは困ったなと思いながら考えを巡らせる。
プラムレは不安そうにしながら、しゃくすの顔色を窺った。
彼女の事情に構えば、家に帰るのがおそくなるが、見て見ぬふりはできなかった。
水辺の位置を思い描いて、プラムレの手を引く。
「一緒に探してくれるの?」
うなずくシャックスを見て、少女は少しほっとした。
前世の知識で桜の国での出来事がよみがえる。
ほとんどが記憶から消え去っているが、森の中で探し物をする記憶は少しあった。
ほか種族の子供たちと追いかけっこをして遊んだ記憶だ。
あれで足腰がかなり鍛えられたなと懐かしい思いが沸き上がる。
そんな行動と知識が功をなしたらしく、光石族の拠点はすぐに見つかった。
人間のシャックスが近づくと面倒になるので、そこでお別れだった。
「ありがと」
嬉しそうにするプラムレを見ると、シャックスも自然と同じ気持ちになった。
それから帰るまでに、どうせ遅くなるならとモンスターをいつもより多めに狩っておくことにした。
しかしそうやって他のモンスターとも戦っているうちに、森の中で襲われている少年らしき人物を発見した。
少年はフードをかぶっていて、顔がよく見えない。
そこでトレントという名前の、木のモンスターがシャックスの背後から忍び寄る。
思わぬ一撃を受けて、シャックスは気絶した。
しかし直後、起き上がって炎の魔法で反撃。
シャックスは意識を失っていたが、当人は危険を察知し、排除するために行動していたのだった。
ややあって、炎で焼き、モンスターを撃退する。
「あの、ありがとうございました」
助けられた少年らしき人物はお礼を言って、シャックスの体を案じる。
しかしシャックスは「大丈夫」と言って、少年を森の外まで送り届けた。




