第2話 落ちこぼれの味方
サーズがシャックスに悪口を言い、離れていった。
その光景を見ていたのはフォウだ。
黒い髪に青い目をした六歳の少年が、廊下の角から出てきて、シャックスに近づく。
フォウは、シャックスより一つ年上で、クロニカ家の四番目の息子だ。
サーズとセットで記憶される事が多いが、その際にはいつも無能な方と覚えられている。
フォウはシャックスを見て、「まったく」と呟き、話しかける。
「少しは言い返せよな。相手にする価値がないっていっても、何もしない事で逆上する奴もいるんだから」
シャックスはフォウの言葉を聞いて頷くが、素直に言う事を聞くつもりはなかった。
シャックスが言い返した結果、サーズやアンナの嫌がらせの矛先が、他の人間に向くことが多い。それが嫌だったからだ。
シャックスは、それなら自分が嫌がらせされていた方が良いと思っていた。
フォウはシャックスの手を引いて、浴室のある部屋まで連れていく。
途中で使用人の一人に声をかけてから向かった浴室で、泥団子攻撃を受けたフォウを洗った。
「ただの土だったら良いけど、サーズの事だから何かやばいもん混ぜてるかもしれないし、念のためにしっかり洗っておかないとな」
念入りに洗われ過ぎて、シャックスはすぐに泡に埋もれた。
シャックスはフォウの事を過保護だと思ったが、口を開いても何も言葉は出なかった。
なぜなら、シャックスは喋れないからだ。
喋ろうと思って口を開いても、言葉が出てこない。
それはシャックスの前世が関係しているのだろうと、当人は考えている。
前世のシャックス、つまり英雄ゴロも喋る事ができなかったからだ。
シャックスは他人に話したことはないが、転生者であり、前世の記憶を持っている。
その事が何らかの形で影響しているのだろうと、シャックスは推測していた。
サーズがシャックスの体を洗い終わった頃、浴室に入ってきたのはニーナだった。
黒い髪の青い目をした、クロニカ家の二番目の子供で、七歳だ。
一番最初に生まれた双子の片方で、シャックスより二歳年上である。
同時期に生まれたのはアンナという少女で、白い髪に赤い瞳の少女だ。
やはりニーナとアンナも同じ顔付きをしてるのに、正反対な見た目をしているため、他の者達からセットで記憶される事が多かった。
しかし、ニーナもアンナも互いに似ている事が心の底から嫌だったため、「全然似ていない」と人に言う事が多い。
そんなニーナはアンナと直前まで口喧嘩していたらしい。
開いた浴室の扉の向こうに、顔を真っ赤にしたアンナの姿が一瞬見えた。
アンナはなぜか、クリームパイのクリームまみれになっていた。
そのためシャックスは、厨房で何かしらのケンカが起きたのだろうと考える。
ニーナは、少ししか使えない炎魔法を役立てるために、厨房で使用人の料理を手伝う事があるからだ。
その途中で、アンナがちょっかいをかけて、やり返されたのだった。
ニーナはよくオリジナルレシピの七色のクリームを使ったパイを焼くため、今日がその日だった。
ニーナが扉を閉めてシャックスの元へ歩いてくる。
使用人から受け取ったタオルをシャックスに差し出す、自分もタオルでシャックスの体を拭いてやった。
「はい、タオル。またサーズに絡まれたの? さっきサーズが泥のついた手を洗っていたから、こんな事だろうと思ったわ。二人とも朝から災難ね。昼食の時間もう終わっちゃうから、ご飯なら私の部屋に運んでおいたわよ。覚めちゃう前に食べましょ」
元気な声でそう言ったニーナは世話焼きで、シャックスやフォウの面倒をよく見ている。
ニーナは、母親の性格を強く受け継いだ子供だ。
母親も世話焼きであるため、母親に懐いているニーナの性格が似るのは必然だった。
着替えたシャックスは、ニーナの部屋へ向かう。
歩いていくと、使用人たちからの冷たい目線を感じた。
クロニカ家で働く者達は、一部を除いて、落ちこぼれであるシャックス達に冷たい態度だった。
シャックスは、ニーナの部屋で朝食を食べる。
部屋の中は狭く、家具も最低限しかない。
しかし、シャックスの部屋とは違って、綺麗に掃除されていた。
綺麗好きなニーナの性格が反映された部屋だった。
朝食が置かれているテーブルとは違う、小さな台には新聞が置いてあった。
その新聞には、クロニカ家の記事が載っている。
それは、ワンドが凶悪犯罪者を捕まえたという内容だった。
見出しは「クロニカ家の当主ワンド・クロニカ。数々の町を脅かす凶悪犯罪者を捕まえる!」という文字だ。
国王からの言葉も載せられていて、「貴族はみな、ワンドのような貴族であれと」他の貴族に向けたメッセージがある。
その他には、最近発見された未開の大陸に、探索隊が向かったという内容がある。
「新発見の大陸へ! 探索隊が向かう」
探索隊のメンバーの似顔絵も掲載されていた。
厳つい男性の顔ばかりだったが、ところどころ女性の顔もあった。
シャックスはそれらの顔に目を通していく。
似顔絵の下には名前が書いてあり、クロニカ家を訪れた事のある人間のものもあった。
シャックスは今までに家にきた者達の事を思い出しながら、探索隊の記事を読み終えた。
クロニカ家の存在は国の重要人物であるならば、無視できない存在だ。
なぜならクロニカ家は、国で知らない者などいない名家だからだ。
それは数百年前に建国した際、クロニカ家の人間が当時の王様の忠臣だった事が影響している。
そのため、クロニカ家の人間は代々王の寵愛を受け、様々な面で優遇され続けていた。
しかし優遇するだけでなく、有事にはしっかり労働を要請しているため、雨と鞭を使い分けている。
国の王は、代々切れ者ばかりで、実力のあるクロニカ家の手綱を上手く引いていた。
しかし今代の王は、少しだけクロニカ家に向ける目が甘かった。
今代の王がワンドの性格を知っているのか、シャックスには分からない。
だが、頼りにする事が多いため、信頼を寄せている事は明らかだった。
世間の人間は、確実にワンドの事を立派な人物だと思っている。
新聞の内容に書いてある民衆の声は、褒めたたえるものばかりだったからだ。
「ワンド様はとても立派な貴族です。国のためになくてはならない存在だ!」
「見た目も恰好よくて、素敵ですわ。旦那がいなかったら結婚したいくらい」
「多くの人々を導いていける貴族の中の貴族だ。クロニカ家の当主様はとても素晴らしい」
これらの内容に目を通したシャックスは複雑な気持ちになる。




