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5 腰と骨盤

 

 簡素な黒いシャツと短パンに着替えたルピア。

 目の前でゆさゆさと揺れる黒い馬の尾(ポニーテール)を追いかけるように、森の中へと向かって歩く。


 何故か突然ルピアに呼び出され、ただ一言「付いてきて」と言われたのでとりあえず付いて来た。

 小屋から数分程の距離を歩き、小岩が椅子代わりになりそうな場所まで来ると、そこで止まる。


「あ、あのねっ! 少し話があってね!」


 うん、それはさっき聞いたよ。

 なんて茶化すのは流石に空気が読めていないだろう。黙って首を振るだけに留めて、続きを促す。


「……魔王を殴り飛ばした時も、他の魔者の時も、凄い力だったよね」


 暫く無言で言葉を選ぶように悩んだ後、少しだけ小さな声で、俯きがちに言葉を紡ぐ。


「まぁな。それで?」

「凄いなーって思ってね、ボクちょっと、憧れちゃったの……かも」


 ……ふむ?


 つまりはなんだ、俺の力を見て、拳をメインの武器にしている武道家少女(ルピア)は同じ戦法で全く違う結果を齎す俺に、俺の力に憧れた訳か。


「それは何というか、ありがとう?」

「なんで疑問形なのさっ!」


 どう返していいか分からず、曖昧な返事をすると何故か怒られてしまった。

 少し少年のようなところもある元気な少女は、ぷりぷりと可愛らしくその場で地団駄を踏み鳴らして怒りを表現する。


「それで、話はそれだけ?」

「あ、いや、それでね、少しボクの(けん)を見て欲しいんだ」


 あー、つまり格闘技術が自分より優れている俺にアドバイスを求めてるのか。

 ……困ったな、俺殴るのが好きなだけで技術とか全く知らないんだけど。


 固まったままの俺の表情を察して、頭の中に「やれやれ」という思念が届く。呆れるならお前がやってくれよ。


「……グー」


 背負っていた人物が居なくなったので、再び肩に乗っていたグースが頭の上にピョンと飛び移り、五体を投げ出して俺の頭にしがみついた。


「おい、何やってんだよグース」


 問いかけても応える事は無く、ルピアも不思議そうに俺たちの行動を見ている。

 しかしすぐにグースの思念が頭に大量に流れ込み、何をしたいのかを察した。


 古今東西、ありとあらゆる拳術の知識が脳裏に過る。

 中国拳法、空手、ボクシング。etc…… 拳を用いた技術の随意が今、全て俺の頭にある。


「よしルピア、何とかなりそうだ」

「ホントっ!? ありがとうケンセイ。それじゃあ基本の型を見せるから、アドバイスお願いね!」


 まだ傷も癒えていないし体力もカラカラだろうに、元気っ娘属性のありそうな少女がピョイと小岩から飛び跳ねる。

 比較的開けた平らな場所を探し当てると、目を瞑って一、二度ほど深呼吸を繰り返し精神を武へと切り替えていく。


 構えは、半身(はんみ)。左半身(はんしん)を前に膝を深く落とし、右腕を腰溜めに置いて左手を開いて正面に向ける。

 それはグースから送られたどの知識にもない、今初めて見る構えだぅた。


 構えたまま静止するルピアの正面に回り込み、少しでも多くの情報を仕入れる為に目を凝らす。

 彼女にもそれが伝わったか、俺に分かりやすいよう仮想の敵と俺の影を重ね、まるで相対しているかのような雰囲気すら感じられる。


「ハァ!」


 鋭い掛け声が、突然、切り取られたのかと思う程突然聞こえた。

 そしてそれは掛け声だけではない。気迫の声を出すと同時に、右半身を前に突き出しながら、右の拳を正面へと突き放ったのだ。


 少し離れていても伝わる衝撃、圧。

 彼女の拳は紛れもなくホンモノだ。基準が難しい所ではあるが俺が道中倒して回った魔者程度ならこの一撃で致命傷とする事も可能と思える圧があった。


「ふぅ…… どうかな、ボクの武術は!」


 先程までの鋭い目付きはどこへやら、元の人懐っこい笑顔を湛えて聞いて来る様はどこか子犬を思わせる。


「そうだなぁ、右の拳はぎゅんって感じで悪くないし、敢えて言うなら胴体と足がもっとシュンとなればもっと良くなると思うぞ」

「え、えぇっと……」


 パっと見ただけなので深い事は言えないが、今頭にある全ての知識を総括しての判断だ。きっと間違ってはいない。

 しかしルピアは納得がいかなというか、まるで言っている意味が分からないとでも言いたげな顔でもじもじしている。


「その、もうちょっと分かりやすく教えてもらえたらなー、なんて」

「……なるほど」


 どうやら俺の中での知識は完全らしいが、それを説明するのは俺自身の力でなけらばならないらしい。


 ……めんどくさい。


 もう、そこまでしなくてもいいかな、なんて思い始めている自分が居るが、折角グースから知識を貰ってこんな場所まで来たんだ、心の底から面倒だが、最後まで付き合うか。


「それじゃあ実践で教える事になるけど、それでもいいか?」

「ふふん、そうこなくっちゃ! これでもボクは実戦派の天才型だからね! ……ひゃっ!?」


 言質は取った。後で何を言われても俺は悪くない。


 口で説明できないのであれば、直接手で触れて型や力の流れを説明するしかない。

 まずは問題点として一番気になった腰を後ろから両手で掴み、位置を調節する。


 格闘技術に置いて腰の位置や角度は要だ。ここを疎かにすれば他の何を鍛えても効果は半減と言っても過言ではない。

 その僅かなズレをぐにぐにと弄って調整し、最も合理的な形へと作り変える。


「ぴゃあ! 待っ、どこ触っ…… んひゃあ!」


 次は脚の付け根、腰が最も打撃系格闘技に置いて重要であれば、それを支えるのが骨盤だ。

 打撃――パンチとは、元来腕や肩で打つと思われがちだが、そうではない。


 足の力、地面を蹴った際に生まれる反作用を身体を通して拳に届け、そのエネルギーを相手へと打ち込む。


 先程ルピアが見せたそれも、分かりやすい例だろう。

 後ろに置いていた右足を蹴って前へと半身を出し、その時に生まれた回転の力を合わせた突きを繰り出す。


 その際に骨盤の力が弱ければ、エネルギーは体を通る事無く離散する。故に着手したのが、腰と骨盤。


「ちょっと、待ってって…… くすぐったい、からぁ……」


 しゃがみ込んで頼みを聞く為に色々やっている中、上から高い抗議の声が上がる。

 しかし今はこれしか手段がない。あれ程の熱量で頼み込んできた少女の願いをここで無下にするほど、俺は鬼じゃない。


「よし、次は肩周りだ」

「ハァ、ハァ…… まだやるのぉ……?」


 何故かただ骨の位置を調節しているだけなのに、ルピアの息が上がって汗も大量までかいていた。

 その様子を不思議に思いながらも、肩に手をやりゆっくりと揉み解していく。


 ルピアの体は柔らかい。先程の演武を見ただけでも分かる程柔軟だったが、肩に力が入り過ぎている。

 折角柔らかいのに、あんなに力んでいては十全な威力は絶対に出せない。打撃には脱力が必要なのだ。


「あっ、これはちょっと気持ちいいかも」


 頭に流れ込んで来る種々様々な武芸の知識から整体の技術を引っ張り出し、手際よく体を解き解していく。

 これにはどうやら気に入ってもらえたようで、緊張からなのかずっとガチガチだった体も次第に弛緩し始めた。


 肩を重点的に揉み解し、余分な力が入る分凝りやすい鎖骨周りも順次解す。

 そのまま下へと、縁をなぞるように降って行き、マッサージには邪魔な、中途半端に膨らんだ脂肪へと辿り着く。


 流れに従い、どこもかしこも凝っていた事からきっと大胸筋もそうであろうと当たりを付けて、邪魔な脂肪の抵抗を押し退けて解す為にグッと力を入れて揉み込むと――


「きゃあああ! 何すんのさっ! えっち!!」


 突然俺から飛び退き、胸を片手で覆い隠すようにしながら思い切りのビンタを放たれ中途半端に終わる。

 その際に頭にへばりついていたグースが「グーッ!?」と鳴きながら飛んで行ってしまい、今まで頭の中にあった知識の全てがスッポリと抜けた。


「ちゃんとしてくれると思ってたのに! バカぁ!」


 真っ赤に顔を怒らせたルピアは、それだけを言い残すとすごすごと小屋の方へと帰ってしまった。


「……グースが頭にいる間しか、知識は入って来ないんだな」

「…… グー……」


 地面に座ったままのグースが、俺の顔を見て「あんなことがあって最初に考えるのがそれ?」と言っている気がした。思念が伝わった訳ではないが、顔がそう言っている気がした。

読んでいただきありがとうございます!

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