2 どっちを殴ればいい?
「フハハハっ! 勇者よ、貴様の運命もここまでのようだな」
「ぐぅ…… クソォ……!」
薄暗く、広い空間。そこにある石造りの大きな玉座を背にした異形の男――魔王が、力の殆どを使い切り膝を付く僕を真っ直ぐに見下ろす。
背後からはここまでを苦楽を共にした仲間たちの声が忙しなく響いてくるが、応える余裕すらない。
どうやら僕は……人類の命運を託された勇者はここで終わりのようだ。
長かった。国王陛下に見送られ、魔王の元まで辿り着くまでの二年間を、一瞬としか言えない時間で思い返す。
辛かった、痛かった、何度も血反吐を吐き、時には涙を流して心が折れそうにもなった。
だけどここまで来られたのは、未熟な僕を支えてくれるパーティーの仲間たちの存在があったからこそだ。
ぶっきらぼうで、だけど身の内には強い正義の信念を持った武道家の『ルピア」。
ルピアの実の兄にして、女好きだがその実誰よりも気遣いの出来る兄貴肌の盾戦士、『ブロガード』。
こんな最悪な旅の中、少しも変わることなく僕たちを鼓舞してくれる魔女の『カリーナ』。
全ての生き物へと思慮を向け、平和を愛する神官、『ミミーミア』の必死の声が耳に響く。
皆、僕には過ぎた仲間たちだ。そんな彼らと共に戦ってこられた事に、心からの感謝と喜びが溢れ出す。
しかしそれと同時、最後まで旅を続けられなかった事への申し訳なさと、自分の力不足を呪った。
「ライア……! ライアァァァ!!」
既に力尽き、動く事すらままならない仲間たちが僕の名を呼ぶ。
こんな状況になっても変わらず身を案じて名を呼んでくれる出来た仲間の存在に、知らず笑みを作って喜んでしまう。
「ふむ、別れの挨拶は済んだか? まずは勇者、貴様から殺してやろう」
僕の直ぐ傍から、退く口の底から這い出たような声が聞こえる。
「そして次はあの女だな。いつまでもキーキーと喧しい事この上ない。まずは喉を潰し、息が出来ぬ中で仲間が死ぬのを見物させてやろう」
奴のおぞましい言葉に、ピクリと動かなくなったはずの体が動く。
「次はそこの魔女だ。ゴブリンにでもくれてやり苗床にでもして、壊れるまで使うというのも面白い」
既に手からすり落ちた剣を、いつの間にかボロボロの手が握る。
「それからそこの武道家と戦士は…… そうさな、人間の生殖に少し興味がある。こいつらを使って死ぬまで交配実験を繰り返す事にしよう」
折れたはずの心が沸き立つ。屈したはずの膝に力が灯る。
「死んだ後は全員の首で酒を飲むとしよう。散々手間取らせた貴様らの首だ。さぞや美味い酒と成ろう」
奴はまだ、気が付いていない。
既に折れたはずのただのちっぽけな人間が再び立ち上がり、自らの喉元までその刃を突き付けている事に。
「ラ、ライア…… お前……」
後ろでブロガードが息を飲む声が聞こえる。しかし僕はもう止まらない。残った命の全てを以て、この邪悪の魔王を討つまでは……!
「うおぉぉぉ!!」
僕の仲間の元へ行こうとしていた魔王の背後から、王より託された聖剣を真っ直ぐに突き立てる。
命を燃やし、今までの何よりも強い意思を持って放たれた僕の一撃は、今までで一番の威力と精度を誇っていたと自負できる。
踏み込んだ足が石の床を砕き、全ての力を収束した全身からは触れただけであらゆるものを消し飛ばせると確信できるエネルギーが満ちる。
僕の想いに応えて、聖剣が白い光を辺りへとばら撒きながら、途轍もない力を放つ。
魔王の肉と臓腑に確かに食い込んだ剣に更に力を込めて、僕はもう力尽き死んでもいいという覚悟すら抱いて最後の一撃を終える。
「素晴らしい、実に素晴らしいぞ! やればできるじゃないか。ライアよ」
未だ食い込んだ感触を手に残しているというのに、聖剣が背後から突き刺さり聖なる光を放っているというのに、奴は変わらぬ態度で僕に話し掛ける。
油断して聖剣を握る力が弱まっている所へ、魔王が僕の方へと振り向くのに合わせ剣が僕の手から離れる。
腹を少し突き破っているというのに、奴は変わらぬ嘲笑を浮かべたまま、僕の背後までゆっくりと歩き、背中を蹴飛ばした。
「がっ……!」
蹴りの威力は思ったよりも強く、離れていたはずの仲間の元まで蹴り転がらされ、受け止められて漸く止まる。
痛みと眩暈を誤魔化しながらも何とか奴を視界に捉えると、本来魔の者は触れただけでもダメージを受ける聖剣を自らの背中から抜き、柄を確かに握って刀身を興味深く眺めていた。
「……ほう、これが聖剣か。近くで見ると大したことは無いな」
暫く観察してから、既に興味は失せたと言わんばかりに僕の方へと適当に放り、まるでそれを持ってもう一度立ち上がって見せろと言われているようだった。
「ライア…… もう、もういいのよ。私たちで時間を稼ぐから、あなただけでも逃げてちょうだい……」
「なっ……! 馬鹿言うなよ! どうして君たちだけを置いて逃げられるって言うんだ!」
いつもは気が強く、弱気なところなんて絶対に見せないカリーナが、既に半ばから折れてしまった杖を握りしめて僕へと懇願する。
他の皆もそうだ。口々に僕にだけ逃げろと、自分たちは勇者の命を繋ぐための捨て石だと、強い意志の宿った瞳が何よりも心に伝える。
既に装備は全て破壊され、残っているのは碌に動かせない体のみ。
しかし僕たちにはもう一つだけ、確かに残っているものがある。
「……僕たちはここまで一緒に来たんだ。誰も、誰一人見捨てない。皆で生き残るんだ、ここで、全員で……!!」
最後に残ったもの、それは決して何者にも奪う事など出来ない、絆だ。
僕たちが過ごし、共に戦ったこの数年間の絆は、折れない心となり、皆に強い力を与えてくれる。
「……ッ! そう、その通りだよ。皆で勝つ。あんなデカいだけのバケモノなんて、きっと力を合わせれば倒せるよ……!」
砕けた手甲にグッと力を込めて、いつもの快活さを取り戻したルピアが僕の言葉に続く。
やがてその熱は折れかけていた仲間全員の心に伝播し、再び立ち上がる糧となる。
「人間らしいことだ。目に見えぬ空想に縋り、有りもしない可能性の為に徒労を演じる。実に愉快で、実に――」
魔王が、目の前から消えた。
「実に不愉快だ」
僕たちの間に、テレポートと紛う速度で接近した魔王が、全員を散り散りに吹き飛ばす。
輪の中で全方位にばら撒く魔力という暴力を等しく僕たちへと叩き付けた魔王は、それだけでは止まらない。
「まずは厄介なヒーラーから潰すとしよう。いつまでも死に体で挑まれ続けるのもいい加減に鬱陶しいのでな」
「ま、まずい……! ミミーミアッ!」
叫びは一瞬、遅かった。
いや、そもそも声が届いていたとしても、神官職で体力の無い彼女にはもうどうする事も出来ない距離まで、既に奴は肉薄している。
「ミミーミアァァ!」
恐れていた、この旅を始めてからずっと恐れ続けていたことが目の前で起ころうとしているのに、僕の体は動かない。
その場で何をする為なのかも分からずただ我武者羅に碌に上がらない腕を伸ばして、この手から最も大事なものを取り零さないようにと願いを込めるだけ。
(神様…… どうか一度だけ、一度だけでいいんです。彼女を守ってください……!)
未だ倒れ伏して動かぬ体でこちらを見つめるミミーミアと目が合う。
魔王の凶腕がその身を貫こうと迫る中で、彼女の唇がハッキリと紡いだ言葉。
『お慕いしておりました』
それを間違いなく認識し、旅の途中に何度も感じていた彼女からの好意をやっと自覚できたと思った時には、視界の全てが途轍もない力によって生じた土埃で閉ざされていた。
「ああ、ああぁ……!」
タイミングは、完全だった。
あそこで助けに行けるだけの力を残した仲間は居ない。手段も無い。
彼女は、僕へと……僕なんかへと恋愛感情を抱き慕ってくれた可憐で優しい女の子は、今、死んだ。
それを理解すると同時、僕の心は砕けた。
堰を切って溢れる嗚咽を抑えもせず、敵前にも拘らず涙と鼻水をむしろ望んで吹き出しながら声を上げて泣いた。
しかし、何かがおかしい。
一度吐き出した感情分の冷静さを取り戻してからもう一度彼女へと視線を送ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「えーっと、とりあえず誰を殴ったらいい?」
魔王とミミーミアとの間に突然現れた見慣れぬ黒髪の少年の腹に、絶死としか思えぬ拳がふわりと触れていた。
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